半年間不当に拘禁された陳艶秋さん、3度裁判にかけられる
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 【明慧日本2025年3月29日】河北省承徳市高新区に住む58歳の法輪功学習者・陳艶秋さんは、連行されて5カ月間にわたり不当に拘禁された。2024年12月27日、双橋区裁判所で開廷され、1時間後、さまざまな理由で裁判が成立しなかった。その後、陳さんに対して今年1月7日と2月10日に再び不当に開廷された。

 陳艶秋さんは2024年7月12日、自宅で弁当を作っていた最中に、承徳市公安局、高新区支局、承徳県公安局、憑営子派出所の警官ら一団によって不当に住居へ押し入られ連行された。警官らは陳さんの両手を後ろにして手錠をかけ、私用車に担ぎ込んで連行した。この時、彼らは警察の制服を着用せず、警察証、捜索令状、逮捕状、立件決定書、物品押収リストのいずれも提示しなかった。

 陳さんは2024年11月12日、双橋区裁判所に起訴された。裁判官は、「彼女はすでに成人なので、家族に開廷日を通知する必要はなく、本人に通知すればよい」と主張した。

 2024年12月27日、陳さんは双橋区裁判所で不当に開廷された。元々の予定は午前9時だったが、その日の順番で4番目に回され、午後4時過ぎまで引き延ばされてからようやく開始した。開廷から1時間後、さまざまな理由で裁判が成立せず、その場で閉廷となった。

 家族は弁護を準備していたが、裁判官は陳さんの子どもがすでに供述したからということを理由に弁護を許さず、「あなたは証人なのだから弁護はできない」と言った。これに対し、子どもは「誰が母の証人になったのですか? 証人になることを私が同意したのですか? これはあなたたちの詐欺行為だったのです」と反論した。これを聞いた裁判長は閉廷を宣言してその場を去り、「無駄な開廷だった」と言い残した。

 当日は午前9時開廷と通知されており、家族は早朝から待っていたが、結局裁判が始まったのは午後4時半だった。その間、陳艶秋さんは食事や水を求めたが許可されず、1日中空腹のままだった。

 今年1月7日、2回目の開廷が行われたが、傍聴を許可されたのは1人だけだった。弁護士は強く交渉し、「初回と同じように規律を守り、騒がないようにする」と約束したが、それでも許可されなかった。その後、陳さんは体調が悪化し、心臓病が再発して裁判は成立しなかった。

 家族は陳情部署に状況を訴える手紙を提出した。弁護士もまた、「公開審理であるはずなのに、家族は半年以上も面会しておらず、なぜ傍聴を許されないのか」と問題を指摘した。

 3回目の開廷で、弁護士は無罪の弁護を行った。まず、法輪功に関する手紙に違法性や犯罪性は何もないと主張した。次に、自宅で使用している書籍や拾ってきたプリンターがいわゆる「証拠」とされており、また、家族は何も知らないまま「証人」として出廷されており、これは完全に詐欺による誹謗中傷であり、善良な人を陥れようとするものだと指摘した。さらに、弁護士は工事現場の人々に調査したところ、作業者たちはご弁当を販売している陳さんを陥れる証言を誰も提供していないことが分かった。つまり、警官が法廷に呈示した証拠は偽証ではないかと疑われた。証拠が不足していたため、当局は陳さんが2016年に連行された際の事件記録を今回の案件に結びつけた。

 陳艶秋さんは1967年に生まれ、承徳市高新区憑営子村に住んでいる。陳さんが幼い頃に母親が病気で亡くなり、多くの兄弟姉妹がいる家庭で、食事もままならない時代には誰も面倒を見てくれなかった。陳さんは兄夫婦からの罵声と暴力の中で育った。結婚後も姑や夫の弟たちとの関係が悪く、不満があれば口汚く罵り、手を出すこともあった。その後、家族が分かれることになり、陳さんには薄い碗2つ、盆2つ、そして2ムー(約0.13ヘクタール)の土地が与えられた。ようやく借金をかき集めて家を建てたものの、夫が30代半ばで突発的な病に倒れ、亡くなってしまい、数万元の借金が残された。

 陳艶秋さんは、2人の子ども(上の子は13歳、下の子はまだ1歳3か月)の養育費を稼ぎながら、外部の借金を返済しなければならず、昼夜を問わず働かざるを得なかった。その結果、体調は次第に悪化し、さまざまな中西医の治療や漢方薬を試みたものの、陳艶秋さんはリウマチ性関節炎、坐骨神経痛、肺結核、婦人科系の病気、胃病など多くの病気を抱えていた。胃の痛みが起こる際には、手で押さえていなければ少しも楽にならず、口内炎がひどいときは流動食しか摂れなかった。さらに、便秘がひどく、1カ月に1度しか排便できないこともあり、これらが原因で深刻な不眠や激しい頭痛にも苦しんでいた。

 家計の負担を少しでも軽減しようと再婚を選んだものの、新しい夫はわずか2年で体調が急激に悪化し、糖尿病の合併症を患い、正常に働けなくなったうえ、度重なる救急搬送を余儀なくされた。その結果、経済状況は改善するどころか、さらに悪化してしまった。陳さんは、これまで弁当の販売で家族の生活を支えてきたが、夜中の2時まで翌日の食材を準備し、朝の3時に起きてお粥を作る生活が続いた。

 陳さんは法輪大法を学んだ後、「真・善・忍」の原則に従って良い人になるよう努めた結果、体の多くの病気が治り、笑顔を取り戻した。法輪大法を学ぶ前は、義父母との仲が悪く、3日に一度小さな言い争いをし、7日に一度大きな喧嘩をしていた。しかし、大法を学び始めてからすぐに、老人たちへの態度を改め、過去のすべての確執を気にすることなく、2人を実の両親のように大切に扱った。さらに、その後に新しい家庭を持つようになった後も、以前の義父母や義姉妹たちとは睦まじい家族の関係を保った。

(注:法輪功学習者を迫害している主要な責任者らの情報は、中国語のページを参照)

 
翻訳原文(中国語):https://www.minghui.org/mh/articles/2025/3/17/491715.html
 
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