文/中国の大法弟子
【明慧日本2025年3月30日】師父は最近、『肝心な時人の心を極めている』という新しい経文を発表されました。
師父はこう説かれました。「ですから、どんな状況においても修煉者の要求を基準にし、法をもってすべてを量るべきです。末後、法を正し人を救うというこの重要な歴史の時期において、現れたすべての問題に対していっそう、修煉者の自覚をもって対処すべきです。法を最優先にし、大法のプロジェクトをしっかり守ることによって、大法のプロジェクトが人を救うことの役割をしっかり果たすことを唯一の考えるべきこと、取り組むべきことにしなければなりません。肝心な時においてどんな私心と私念でも持ち込んでしまえば、邪悪が望む作用を働くことになります。プロジェクトの内部で撹乱しているのは『誰』ですか? 神々は見ており、旧勢力も赤い魔も見ています」(『肝心な時人の心を極めている』)
この経文の一節を通して、私は、師父の救い済度に協力し、大法を擁護するという、学習者の人生の根本的な目的について触れています。旧勢力は私たちの感情や観念を利用し、分裂させようとします。ですから、私たちは彼らの策略に警戒し、騙されないようにしなければなりません。
私は、修煉者の視点から、私たちの地域の学習者がどのように意見の相違に対処したか、二つの例をお話ししたいと思います。
数年前、私ともう一人の学習者が人を救う方法について意見が合わなかったことがありました。地元の学習者は二つのグループに分かれました。もう一方のグループの学習者の中には、私と私の味方の学習者を批判し、噂を流した学習者もいました。彼らは文化大革命のときの闘争集会のように、私たちに人を救うこととは全く関係のない過去の過ちを暴露するよう強要しました。その時、私は自分の内面を見つめることができず、私たちの間に不和の種がまかれました。
それから間もなく、警察は私たちの地域の修煉者を大量に不当連行し、多くが不当判決を受けました。今も刑務所にいる人もいます。私たちは厳しい経験を通して教訓を学びました。
二番目の例は、ある同修が数人の同修にメッセージを送り、私の心から魔が生じていると伝えました。私はとても動揺し、2週間グループでの学法に参加しませんでした。私は自分を見つめる代わりに、その同修の間違いをすべて列挙し、自分は彼よりも優れていると自分に言い聞かせました。すぐにそれが間違っていることに気づき、自分を見つめ始め、ついに試練に合格しました。同修が私の修煉を助けてくださったことに心から感謝しました。
師父はこう説かれました。
「特にこの状況下で皆心を同じ方向に向かわせ、法を最優先にし、修煉者の基準で自らを律し、人を救うためのプロジェクトが損害を受けず難関を乗り越えるようにすることこそ修煉者としてのあるべき姿です。これは威徳なのです。なぜならば、これは皆さんが必ず乗り越えなければならない関だからです」(『肝心な時人の心を極めている』)
大法弟子は皆同じ使命を持ってこの世に生まれ、迫害を受けた経験を経て、お互いを大切にすべきです。たとえ同修は間違いを犯したとしても、私たちは忍耐と慈悲の心で同修と接すべきです。