文/アメリカの大法弟子
【明慧日本2025年5月9日】私は1999年より前に修煉を始めた大法弟子です。2010年に縁あって海外に渡り、学び、働き、生活することになりました。ここでは、海外で真相を伝える中で得た体験を、師父にご報告するとともに、同修の皆さんと分かち合いたいと思います。もし法に沿わない部分がありましたら、どうか慈悲をもってご指摘ください。
一、RTCプラットフォームでの真相伝え
学法・煉功、発正念、真相を伝えることは、大法弟子が行うべき「三つのこと」です。2017年、私はRTC第一ライブ配信グループに参加する機会を得ました。最初は同修たちが真相を伝え「三退」を勧める様子を聞くだけでしたが、やがて自分自身で電話をかけるようになりました。この7年間、師父のご加持と同修の励ましのもと、私は心性を向上させると同時に、電話で衆生を救う過程で多くのものを得ることができました。
最初は話す勇気もなく、一人でこっそり電話をかけるのがやっとでしたが、やがて当番としてグループにも参加し、自然体で真相を語れるようになっていきました。この間、数々の試練と成長がありました。資料を提供してくださった研修チーム、そして発信ツールの開発と改良をしてくださった技術同修たちにも心から感謝しています。第一ライブ配信グループでは、最初は順番に電話をかけていましたが、やがて同修が通話をサポートする形となり、より多くの同修がその過程を聞けるようになりました。その後は心性交流の時間も設けられ『洪吟』の「比して学び比して修す」の雰囲気が形成されました。
真相の電話をかける中で、さまざまな感動的な「三退」の物語を耳にし、人を救うことの緊迫感も強く感じました。たとえば、2020年に四川各地で山崩れや土砂災害、水害が起きた際、衆生が同修と電話している最中に濁流に飲まれ、通話が突然途切れた出来事がありました。その瞬間、真相を伝える使命の大きさと、人を救うことの切迫さを痛感しました。また、その後の中国共産党(以下、中共)による3年間のコロナ封鎖期間中にも、多くの人々が「法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしい」と聞いたことで救われ、それによって私の講真相(真相を伝える)への信念はますます固まりました。
電話の中で出会ったのは、体制内の官僚、大学教授、農民、子どもたちと、実にさまざまでした。ある日、電話をかけた相手に20分以上話しても何も返答がありませんでしたが、ようやく彼が口を開きました。彼は警察隊の隊長で、法輪功案件を専門に担当しているとのことでした。私は、大法の素晴らしさや「天安門焼身自殺事件」は中共の捏造であること、海外での大法の広まり、中共が法輪功学習者(以下、学習者)から臓器を摘出していることなどを話しました。長い沈黙の後、彼は「分かりました」と言い、三退に同意してくれました。彼は「1999年に江沢民が法輪功を弾圧して以来、自分の仕事は大法書籍やCDを焼却処分することだった」と打ち明けました。しかし「こんなに多くの人が煉功しているのは何か理由があるに違いない」と思い、こっそり『轉法輪』とCDを1つずつ保存していたとのことでした。ただ、これまで読むことができずにいたそうです。しかし、50分にも及ぶ対話の中で「この本を読んでみたいと思います。今の仕事もやめ、学習者を守る側に回ります」と決意してくれました。
もちろん、電話をかける中では、罵る人、結婚相手を探す人、お金を求める人もいました。けれども、そうした人々の姿もまた、自分の執着を映し出す鏡のようでした。私は、真に人を救うためには内に向けて自分を探し、執著を取り除き、衆生の表面的な反応に振り回されず、正念をしっかり発する必要があることを学びました。
二、地域社会での真相伝え
家族の仕事の都合で、2019年に私は小さな地方都市へ引っ越しました。そこには同修がほとんどおらず、私はほぼ独修状態でした。そんな中で偶然、映画『馬三家からの手紙』の上映権を購入できることを知り、縁のある人たちに映画を観てもらいながら講真相ができるとわかりました。そこで、私は大学街や図書館にポスターを貼り、小冊子を配りました。その過程で、図書館の職員であり『大紀元時報』の熱心な読者でもある中国人の女性と出会いました。
彼女の紹介で、私はいくつかの地域の社交団体に参加するようになり、自由に発言できる時は中共による生体臓器摘出の犯罪を勇気をもって暴露し、法輪大法の素晴らしさを皆に伝えました。その後、これらの団体から正式に法輪功に関する講演の依頼を受けるようになりました。師父のご慈悲によるご加護で、多くの縁のある人々と出会い、彼らに真相を伝えることができたことに深く感謝しています。中にはベトナム系の団体や共和党系のグループ、大学教授など、様々な方々がいました。
さらに、師父の慈悲深い導きにより、上層社会の団体ともつながることができ、将来的に神韻の紹介・推進にもつながる土台が築かれました。図書館では計3回にわたって、大規模な『馬三家からの手紙』の映画上映会を開催しました。観客の中には、信仰を貫いたために馬三家労働教養所で中共から迫害を受けた主人公の実話に涙を流す方もおり、中国で今も続く臓器狩りという恐るべき実態に衝撃を受ける方もいました。
やがて、この図書館の管理人の方も大法に興味を持ち始め、煉功を始めるようになりました。私は彼女に『轉法輪』をプレゼントしました。彼女が修煉を始めることになったのを、心から喜んでいます。
三、議員や市政府への真相伝え
毎年、7.20の反迫害の時期になると、私は州内の議員事務所と連絡を取り、法輪功についての真相を伝え、法輪功を支持し、迫害をやめるよう声援をお願いしています。議員事務所のスタッフは頻繁に入れ替わるため、私はメールを通じて継続的に連絡を取り、オンラインで面会の予約をして、各議員の事務所にいるスタッフに真相を伝えるようにしています。
また、世界法輪大法デーが近づく頃になると、各都市の市長事務所と連絡を取り、大法への表彰をしていただけないか申請しています。初めの頃は、公式ウェブサイトを通して申請書類を送り、資料を提供するだけでした。しかし、しばらくしても何の反応もありませんでした。そのとき、私は自分の中に「自分を証明したい心」、「人から賞賛されたいという心」、「早く成果を得たいという心」、「面倒を避けたい心」などの執着があることに気づきました。そして私は「たとえ市政府側が法輪大法を表彰しなくても、自ら政府機関に対して真相を直接伝えるべきだ」と悟りました。
それからは、私は自ら資料を1件1件、市役所や関係機関に直接届け、職員の方々に面と向かって真相を語りました。しばらく経ったある日、ある市の市長オフィスから電話があり、法輪大法に対して表彰が決定されたこと、さらに私を表彰式のゲストとして招待するという知らせを受けました。5月13日が「法輪大法の日」として制定され、市長代理が直接表彰を行い、その様子はテレビ中継もされました。その時、私は言葉にできないほどの感謝の気持ちでいっぱいになりました。これは法輪大法への公的な評価であると同時に、師父が私に与えてくださった修煉と向上の大切な機会でもあったのです。
四、仕事や日常生活の中で真相を伝える
仕事の関係で、私は出張が多く、そのたびに多くの人々と接する機会があります。講真相を始めた頃は、いつも緊張してしまい、うまく話せませんでした。ある日、飛行機の中で中国人の方がたまたま隣に座ったのですが、心臓がドキドキしてしまい、どう切り出せばよいのか分からず、結局、飛行機が着陸するまで話しかけることができませんでした。とても後悔と落胆の気持ちでいっぱいでした。帰宅後、私は師父の法像の前にひざまずき「次こそは正念を保ち、身近な縁のある人々を救う努力をする」と誓いました。
数週間後、また飛行機に乗ったとき、隣の席に中国人女性が座りました。話してみると、なんと同郷出身であることが分かり、私は心の中で発正念をし、彼女が救われるのを妨げる要因を取り除くよう願いました。そして自然な流れで故郷の話をし、その会話の中で真相を伝え、彼女に三退を勧め、お守り付きのしおりも手渡しました。この経験が私に大きな自信を与えてくれました。
それ以降、出張のたびに真相の小冊子を持ち歩くようになり、チャンスがあれば有縁の人々に真相を伝えるよう努めています。ある日、中国料理店で食事をしていた際、店主に三退を勧めることができ、さらに自ら厨房にも入って数人の料理人たちと話し、最終的には彼らも三退に同意してくれました。
もちろん、すべての人が真相を受け入れてくれるわけではありません。中には大法を否定する人、私を嘲笑する人「反中勢力のスパイだ」と罵る人「お金で雇われてるのだろう」と言う人もいました。でも、私はそうした言葉には動じず、師父の教えに従って行動し続けています。これらの経験を通じて私は、慈悲の心と正念を持ち続ける限り、縁のある中国人にはきっと救われるチャンスがあるのだと、深く実感しています。
結語
法をしっかり学び、物事が起きたときには内に向かって自分を探し、発正念を行う。これこそが、大法弟子が真相を伝えるうえでの基本的な保証です。真相伝えの過程そのものが、自らを内に向かって見つめ、修煉を深めていく道でもあります。私はいつも、大法の真相を紹介する小冊子やお守り付きのしおり、蓮の花の飾りを持ち歩き、出会った縁のある人々に手渡して真相を伝え、三退を勧めています。神韻公演の宣伝期間には、神韻のチラシも持ち歩き、ご縁ある人にお渡ししてきました。
大法弟子になれたことは、私にとってこの上ない幸運です。だからこそ、私は行動をもって、法を正す時期に生まれた大法弟子の名に恥じぬように努めてまいります。毎年、節目ごとに師父にお祝いのカードを作る際、私は必ず「師尊、節日快楽(師父、良いお節句をお過ごしください)」と書き添えます。けれども、師父が最も願っておられるのは、弟子たちが真に成熟し、精進する姿なのです。