師父の恩は山よりも重い
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文/山東省大法弟子 寒梅

 1998年の春、私は幸運に大法弟子と大法のことを知りました。しかし当時共産党無神論の影響で、すぐにはこの法輪大法の純粋な法理を理解できませんでした。ある日私が頭痛でどうにもならないところ、近所の大法弟子に勧められて、法輪功をやってみようと思いました。最初に『転法輪(巻二)』を読みました。法理が素晴らし、私はすぐに惹かれて、半分くらいまで一気に読みました。そして自分の頭痛がなくなったと気がつきました。感激のあまり私はその人の家に走って、「姉さん、私の頭痛がなくなったよ、法輪功は本当に病気治療できるのだ」と言いました。「それならいっしょに煉りましょう、やってからその素晴らしさを感じるから」と言われて、私はその日から大法弟子になりました。

 一年余りの時間で師父の法理をよく理解し、自分も修煉の道を歩むことに嬉しく思いました。

 19997月より、迫害が始まりました。村中の幹部が大法の書籍を没収しに来ましたが、私はちっとも譲歩せず大法の本を守りました。それから師父の新経文を学習してから、自分も外に行って法を実証しなけれならないと悟りました。私は「法輪大法が素晴らしい」などの字を書いたりして、人々に真相を伝えました。三日後に、私は警察に連行されました。派出所の中、私と他の大法弟子鉄の椅子に束縛されて、さらに610弁公室からやって来た悪い連中に滅多打ちされました。最後に、これらの人たちは交代でベルトを使って我々の脚を打って、疲れるまでずっと続けて、さらに我々と師父を罵っていました。

 翌日、悪人らは全身傷だらけの私構わずさらに自宅に押し入って家宅捜査を行い、金を奪い取りました。三日目、私は留置場に移送されて、悪人の指示に従わなかったため最後に労働教養強いられました。

 労働教養所の中、厳しい懲罰と他学習者の中で邪悟に走った人の影響から、私も本心ではないまま、「転向」しました。それから私は力がなくなって痩せこけて、満期までずっと中にいました。

 家に戻ってから、一人っ子政策の下で婦人科検査をしました。その時に、自分の腹部にリンゴ大の腫瘍が発見されました。この病気は拡散しやす肝臓がんに次ぐ怖い病気だと言われました。それで医者に進められ、手術抗生物質治療などを経て、私は強大な苦痛を受けました。私は抗生物質の副作用に耐えられず、精神的に弱まって自殺も考えました。病院から逃げて家に戻った私は、泣きながら自分の受けた苦痛経歴を話しました。そこでやっと悟った私は同修入って、固く大法修煉をすると決心しました。

 8年間の修煉を経て、私は自分の生命をかけて再度大法の素晴らしさを実証しました。病気が治って、薬もいらず、さらに同齢の人と比べて若く見えます。師父の恩山よりも重い、師父は私を地獄から救い上げられて、修煉の道に送られました。私は師父の恩を感謝し、これからは理知に真相を伝え、慈悲に衆生を済度します。私の命をかけて大法を守って、師父を信じて大法を信じて修煉します。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2012/4/1/255003.html)     更新日:2012年4月13日
 
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