互いに円容し、共に向上する
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文/中国・河北省の法輪功修煉者

 【明慧日本2014年3月17日】大法弟子として私たちは一体でありながら、また一人ひとりが大法の粒子として、大法弟子のイメージを人々に現しています。修煉過程において、私たちには不足があります。そして、同修の問題が目に見えたら、善意を持って指摘してあげるべきです。どんな状況でも大法を守り、互いに円容し、共に向上すべきです。これから私が遭遇した幾つかの例をあげます。

 1、邪悪が狂ったように大法弟子を迫害していた時期、師父の説法に参加したことのある古い学習者が不本意に、いわゆる「保証書」を書きました。邪悪は私を転向させようとした際、自分がいかに私のような人に感心しているかと言いふらすと同時に、私たちが知っている、ある古い学習者がいかに修煉者らしくないかを言いふらしました。その目的は、修めきれてない私たちの怨恨の心を利用するためです。もしその話に乗って、同修の不足を指摘すると、同修によくない物質を加えると同時に口を修めてないため、業力を作ってしまいます。実際、邪悪の目的は私たち大法弟子を台無しにすることです。その時、私はその人に厳しい口調で「佛法は無辺であり、真・善・忍は異なる次元に異なる基準がある、その人が修煉者であるかどうかはわれわれの師父が決める。他の誰も決められない」と告げました。

 2、私たちが迫害されて、路頭に迷っていた時のことです。私たちは家を離れる前に、真相資料の作成に使っていた機械と数箱のコピー用紙を親戚の家に保管していました。邪悪はその親戚の自宅に行き、私たちがそこに保管していた機械とコピー用紙を没収していきました。悪人らが親戚の家を包囲していると聞いた時、家族である同修はこのような一念を発し、師父にお願いしました。「もし機械が邪悪の手に落ちたら、機械が焼かれて使えないようにさせてください」。その結果、邪悪が機械を手に入れて、試してみたところ、焼かれて壊れました。数カ月後、私たちは帰宅しましたが、非合法に拘束されてしまいました。悪人は私たちを迫害するために、罪名を作りあげる時、同修が私たちのことをすべて供述したと言いふらしました。私は「それはあなたたちに拷問されてやむなく供述したことだ。そんなことはまったく存在しない。機械は壊れていた。私たちは何もしていない」と言いました。彼らは同修と私たちを対決させると言いふらしましたが、私たちにそんなものは不要で、私たちは誰とも対決しないと答えました。また、あなたたちがこちらに機械を持ってくるか、あるいは私を機械のあるところに連れて行き、その機械の使用方法を教えてくれてもかまいない、と答えました。私は問題を邪悪のほうに押し戻し、同修に対して文句を言いませんでした。邪悪はなすすべがなくなりました。師父の慈悲なる加護の下、私は一カ月後留置場から抜け出すことができました。

 3、2001年、留置場で起きたことです。ある同修は「転向」させられている最中で、すでに保証書を書いていました。悪人はその保証書が不合格だと言いふらし、彼女に引き続き書かせていました。そこに着いた翌日の朝、私は座禅をやり終えてから、ベッドから降りて、動功をやろうとしていました。私には彼女が布団をまとい、ベッドに伏せて、苦しい様子でものを書いているのが見えました。私は彼女のそばに行き、小さい声で彼女と交流しました。彼女はある大学の大学生でした。大学で法輪功を修煉していましたが、迫害開始後、転向してないことを理由に留置場に拘禁されました。彼女はとても家が恋しくなって、早くに家に帰りたい、家に帰ってから、再び修煉したいという気持ちで、不本意で保証書を書いたと教えてくれました。私は彼女に「たとえ、本意でなくても、師父と大法を裏切ったことは間違いである、情を放下できなければ、家族にも罪業をもたらす、ただゆるぎなく師父を信じ、大法を信じることだけが、親族に福をもたらすことができ、正々堂々と魔の巣窟から抜け出すことができる」と伝えました。彼女は自分が以前邪党のある部門に書いた、法を実証した手紙の草稿を見せてくれました。彼女は、「私は大法が素晴らしいと知っています。ただ、今はあまりにも家が恋しくなって、どうしてもここから出たいです。しかし、あなたとこう話していると、自分がどうすべきかがわかってきました。私は大法に泥を塗ることはしません。これから、私は人々に大法はすばらしい、ただ私自身がよくできてないだけだ、と伝えます。もっとしっかり考えさせてください」、と述べた。私は「いいですよ、よくよく考えないといけません。再び保証書を書かないようにしてください」と伝えました。

 翌日、彼女は同じの部屋に監禁されている刑事犯に「法輪大法はすばらしい、ただ私自身がよくできてない」と伝えました。しかし、彼女はすでに情魔に制御されていて、心情はとても矛盾していて、礼儀が欠けていました。彼女は常に「あなたたちは最終の結果を持って、私に圧力をかけないでください。私はただここから出たいだけです」と言っていました。その時、以前彼女を手伝って、保証書を書いていた刑事犯が私のところに寄ってきて、その同修を指さしながら、「彼女を見て。どこが大法弟子らしいのか?…」と言いました。私は彼女の話を急いで切り、「再び彼女のことを言わないでください。彼女はすでにとても苦しいです。彼女は大法がすばらしいと非常によく知っています。ただ、非合法に迫害されているなか、自分がよくできておらず、とても苦しいだけです」と伝えました。私の話を聞き、再び彼女を非難する人はいなくなりました。まもなくして、私は師父の慈悲なる加護の下、その魔の巣窟から抜け出ることができました。後でそこから出てきた同修から聞きましたが、「あなたが正念を持って、正しい行いをし、そこから出て行ったあと、彼女は『転向』することをやめ、再び修煉を始めました」ということでした。

 4、わが地区にはある男性の同修Aがいます。みな彼の性格が一番悪いと言っています。ほとんどすべての同修が、直接、あるいは背後で彼に責められ、ひいては大いに罵られました。しかし、彼はとても能力があって、消耗材料を買うとか、真相資料を作成するとか、機械を修理するなど、なにもかもよくできます。

 ある日、私は同修Cの自宅に、真相資料を取りに行きましたが、ちょうど同修Aの妻、同修Bに会いました。私と同修B、Cが客間で、邪悪に迫害されていることについてお話していたところ、突然裏の部屋から同修Aが飛び出してきました。彼は凶悪な様相をして、私を指さしながら、しばらく非難しました。当時私は「同修Bよ、どうして彼をしつけないの?(当時私は同修Bとは親しかったですが、同修Aとはあまり親しくなく、町で会っても見分けることができない状況であって、同修Aが常に同修Bを殴っていて、同修Bは同修Aをとても恐れていたことを知りませんでした)何か言いたいことがあれば、親切に言えばよいのに、どうしてこんな態度なのか?」と思っていましたが、一瞬考えを変えてみると、私の面子の心、虚栄心を修めるために起きた出来事ではないかと思いつき、何も言いませんでした。帰宅してから、同修である夫にこのことを伝えると、普段は私の言うことに従っていた彼が、かえって「このような人とは付き合ってもよいのです。なにかがあれば、それを言う人だから、心理的な駆け引きをしない人です」と言ってきました。私は分かってきました。このすべては私を助けて、心性を向上させるためであることを。私は心から同修に感謝し、次回同修Aに会ったら彼に、言いたいことをゆっくりしゃべり、徳を失わないように、と伝えようと思いました。しかし、その次に彼に会った時、彼は何事もなかったかのように、穏やかに談笑していて、また私をほめてくれたりもしました。まさに師父が説法のなかで語られていたように「『あの人の態度がなぜいつも良くないのか、なぜ誰に対してもこの態度なのか』といつもこのように強調している人がいます。『皆あの人に対して不満がある』と言っている人もいます。師父である私に言わせると、皆間違っています。皆ほめ言葉を聞きたいという心がなく、罵られても心が動じなくなった時、相手がまだこのように言うのかを見てみてください。皆さんにこの心があるからこそ、皆さんの心を刺激する要素があります。皆さんにこの心が生じたから、皆さんは反感を覚えてしまいました。皆さんにこの心があるから、皆さんが嫌がっている自らの心を刺激する人を現させたのです。強い言葉に刺激されても、心が落ち着いており、まったく動じなければ、このような要素がまだ存在するかどうかを見てみてください。」[1]

 ある日の午後、大法の書籍の作成をしてから、ある女性の同修と一緒に帰宅していました。彼女は「早く自転車に乗って。突撃!」と言いました。私は同修の様子を見て、笑ってしまいました。まったく60歳のお婆さんの姿ではなかったです。彼女は飛ぶように自転車で走りながら、「実際速く走っても、疲れを感じませんね、ゆっくり走るとかえって疲れを感じます」と私に言いました。翌日、その同修は普段より10分早く家に着いた、と教えてくれました。

 私が思うには、もし私たちが修煉の道のりにおいて、毎日「突撃」できれば、師父に心配を少なくかけ、すこし安心頂けるのではないかと思います。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『各地での説法四』「二〇〇四年シカゴ法会での説法」

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2014/3/11/288609.html)
 
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