明慧法会|修煉して大法の威力を目にした(二)
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文/湖北省の大法弟子

 【明慧日本2015年9月14日】

 修煉は厳粛

 去年の年末は忙しくて法をあまり勉強できず、心性をよく保つことができませんでした。なぜなら夫が私にボーナスの一部しか渡してくれず、心の中でいつまでもそのことを放下できず、腹を立てていました。また、息子の嫁と口げんかし、煉功しても心を静めることができず、いつまでも良くないことを考えているうちに、妨害がやって来てしまいました。ある日の晩、夢に黒くて体が大きな凶暴そうな大勢の若者が出てきました。若者たちは鉄の棒を持ち、2人一組になって人を見れば殴っていました。私が傍らに身を伏せていると、ちょうどレンコンを運んでいる車が来たので、私がぴょんと飛んで車に乗ると、車は私を乗せて暗い道へ移動しました。車を降りてみると道がなく、前方は急な坂になっており、坂の下は大きな川でした。この時、「上に道がある」と、空中から立体音声が流れてきました。私が頭を上げて見ると、その声の言う通り道があり、両側には青々とした草が生えていました。私はその道に上がった所で目が覚め、「邪悪は至る所で人々を迫害しているので、早く真相を伝えて人を救わなければならない」と、思いました。後になってわかったのですが、その夢は、私が危険に遭うことを師父が私に悟らせ、さらに、その危険の中にも通り抜けられる道があることを指摘なさっていたのでした。

 次の日の午前中に出かけて、何人かに真相を伝えました。午後、グループ学法に参加した後、家に帰る時にくらくらし、歩いている時もふらふらしたので、私はすぐに暗記した法を念じ続けて正念を発しました。夜、晩御飯を食べた後、頭がひどく痛くなり、胸がむかむかして、何度もトイレに行きました。私は昨夜見た夢を思い出し、殺人者が大法弟子を迫害しようとしていることがわかったので、私は暗記した法を念じ続けました。夜の9時になり、全身に力が入らずつらくなってきたので、私はすぐに同修に電話しました。同修たちは着くとすぐに私を囲んで正念を発し、私は座禅を組みながらずっと正念を発しましたが、少ししてから座禅を崩すと後ろに倒れそうになり、同修たちに助けてもらうと、また意識がはっきりしてきました。次の日の朝、6時の発正念の後、私は非常に辛くなり、前日の夜よりさらにひどくなりましたが、「自分は普通の人ではない。大したことはないはずだ」と考え、暗記した法を念じ続け、正念を発しました。その後、全身に悪寒がして力が抜け、話もできなくなりました。夫は仕事に行くところでしたが、私の顔色が普通でないのを見て、急いで私を抱きかかえて部屋の中に寝かせ、私に水を飲ませようとしましたが、どうしても水が飲めず、私が完全に気絶したような状態だったので、夫は急いで電話して娘を呼びました。私は自分が修煉者であると心の中でわかっており、家の中の人や物事についてはまったく思い浮かばず、ただ同修に会いたくて、夫に話そうとしましたが、「うーん・・・うーん・・・」としか声を出せませんでしたが、夫は私の意志を理解し、電話で同修を呼んでくれました。同修たちは到着するとすぐに私を囲んで正念を発し、その後、法を読み、9時過ぎになると、私は意識を取り戻し、体も暖かくなり、おかゆを一杯食べました。同修たちは続けて正念を発し、法を読み、10時過ぎになると、私は全身が軽くなり、良くなったように感じました。同修の支援の下で、私は生死の大きな関を乗り越え、再び大法の不思議な力を体験しました。

 しかし、身内の者たちは安心できず、同修の説得にも耳を貸さず、私を強硬に病院にかつぎこみました。私はずっと暗記した法を念じ続け、病院の先生たちは私の症状に合わせてCTや超音波検査を行いましたが、結果はすべて正常でした。次の日、「おばあさん、あなたはどうしてそんなにすぐに良くなったのですか?」と、同じ病室の人が言いました。「私は大法を学んでいます。上に書いてある字を見てください、これでおわかりだと思いますが、私に病気はありません、私は帰らなければなりません」と言い、私は持って来たお守りを同じ病室の人たちにあげて法輪功が迫害されている真相を伝えました。同じ病室の人たちは自分たちの目で見たので、みんな真相を信じました。その日、私は頑張って退院し、家に帰りました。この事件の後、夫はいっそう大法を信じるようになり、積極的に私を連れて真相を伝え人を救いに行くようになりました。

 この難を乗り越えて、「修煉は厳粛で、ちょっと気を緩めると落ちてしまう」ということを、私は知りました。

 風が激しく吹き、邪悪の看板を落とした

 私は自ら大法の恩恵を受けていたので、大法の素晴らしさと真相を伝えて多くの人を救わなければならない、と師父が説かれたのを覚えているので、人を救わない日があると、気がかりになってしまうのです。迫害が始まって、私はすべての親戚を訪ねて、自らの体験を話して親戚たちに大法の素晴らしさを伝えました。周りの人にはほとんど真相を伝えたので、私は普段、修煉者のいない人里離れた村に行って資料を配り、シールを貼りました。

 ある時、私が資料を背負ってある村に行くと、造花工場を見かけました。話に聞くと工場の中にはたくさんの人がいるようだったので、私は中に入って工場の人たちに真相を伝え資料を配っていると、「あなたはここで法輪功を伝えているようだけど、外の看板を見てきなよ、あなたたちのことが書いてあるから」と、ある人が言いました。私が見に行くと、庭の塀に大法を誹謗中傷する鉄の看板が打ちつけてあったので、私は急いで工場の人たちを呼んできて、「みなさん、あの看板を見てはいけません。見れば決して良いことが起こりません」と言いました。私は、「ここであの看板に衆生を毒害させるわけにはいかない。ここは人が行きかう場所だから、あの看板を外さなければならない」と思いました。私は工場の人に工具を借りて、その看板を外す準備を始めました。「外すわけにはいきませんよ。これは警察が送って来た物ですから」と、工場の人たちは言いました。「あなたたちが私に看板を外させないというなら、私はあなたたちの社長に会いに行きますが彼の名前は何と言うのですか? どこにいらっしゃいますか?」と、私は言いました。「苗字は汪で、事務所にいます」と、工場の人たちが言うので、私はすぐに事務所に行って社長に会い、「汪社長、あなたに話さなければならない重要な話があります、あなたの工場にあるあの看板のことですが、どうしてここに置いてあるのでしょうか。大法は佛法です、この看板は佛法を侮辱しており、ここに置いておけば、佛はあなたを守りません。あなたがこんなに大きな工場を経営できているのは、あなたが前世で徳を積んだからです。あなたの工場がうまくいくためにも、あなたのビジネスがうまくいくためにも、そして、あなたが恩恵を受けるためにも、私はあの看板を取り外しに行ってきます。取り外せばあなたにとって利益になるはずです」と、言いました。私は社長に大法の素晴らしさを話し、「あの看板を掛けた人は真相を知らなかったのでしょう。もし彼が知っていればこんなことを書かなかったと思いますが、彼には罰が当たるでしょう」と言いました。社長は「落ち着いてください、看板を取り外させましょう」と言いました。

 次の週、私がその工場に行ってみると、看板はまだそのままでした。社長は2人の機械修理工に看板を外させようとしましたが、修理工たちは警察に責任を追及されるのを恐れて、看板を外しませんでした。そこで私は看板に向けて、「看板に衆生を害させ、大法を侮辱させるわけにはいかないので、黒い手の爛れた鬼を解体し、看板を降ろさなければならない、『法正乾坤,邪悪全滅(法は乾坤を正し、邪悪は全滅する)』」と、正念を発しました。そして、「恐れないでください、黒い手の爛れた鬼は解体しましたので、もう平気です、早く看板を降ろしてください、社長があなたたちにやらせようがやらせまいが、これはあなたたちの責任です」と、工場の人たちに教えました。工場の人たちは私の話を聞くと、「わかりました、どうぞお帰りください」と、私に言いました。

 3週目、私がまた工場に行ってみると、看板はなくなっていました。「前回あなたが来た次の日、私たちは看板を取り外す準備をしていましたが、釘が硬くて取り外せず、その時、風が激しく吹き付けてきて、看板が緩み、落ちてしまいました」と、工場の人は私に教えてくれました。「これは師父の威徳であり、神風です」と、私は言いました。

 「生命がこのように葬られるのは残念な限りだ

 私たちの町の派出所に卒業したばかりの3人の大学生が派遣され、毎日オートバイに乗って至る所で大法の真相標語を捨てていたので、私はその3人に真相を伝えました。しばらくして2人の大学生は出勤してこなくなりましたが、もう1人の学生は80後(一人っ子政策後に出生、一般的にわがまま)で、私の話を聞こうとせず、その学生の父親もコネでその学生のために警察に取り入ったのでした。その子はとても大柄で、「こんなすばらしい生命をどうしたらいいのか」と、私は思いました。

 半年たたないうちに、ある日の夜、その学生が警備室で当直をしていた時、気分が悪くなり、痰を吐いたらなんとすべて血で、人々が急いで車でその学生を病院に送るとき、車の中に置いていた洗面器は、吐いた血でいっぱいになり、病院に着く途中でその学生は死んでしまいました。その学生のおじさんがちょうど私たちの向かいの家だったので、この事を私たちに話してくれたのでした。私の心は悲しくなりました。その学生は家では一人っ子で、一つの生命がこのようになったことは残念な限りでした。因果応報は真実で偽りではないのです。

 真相を伝える中でさらに多くの事例を私は昨日のことのように覚えており、さらに多くの衆生が私が救いに行くのを待っています。

 師父の慈悲深い済度と、同修のお力添えに感謝します。

 (完)

 (明慧ネット第10回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2013/11/9/281644.html)
(English: http://en.minghui.org/html/articles/2013/11/17/143272.html)