入定して見えたこと
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文/遼寧の大法弟子

 【明慧日本2015年9月16日】私はいつも自分の修煉が人より劣っていると思っています。特に、先日、刑務所から釈放された同修は常に法で自分の行動を律していると感じました。9年以上不法に監禁されたのに、肌はみずみずしく、睡眠をとらなくても元気でいるのを見て、「彼女はこれほど素晴らしいのだから、すでに浄白体になったでしょう」と羨ましくなりました。

 私の肌の色は薄黒く、ときには業の消去のような状態に陥ることがありました。私は強い正念を発して、修めた部分から肉身を高エネルギー物質に転化するように正念を発しました。すると翌日、胸や足が痛み出し、血を吐く(普段もたまに血を吐くことがある)などといった症状が現れ、一日中落ち着きませんでした。私はこのことを同修に話したところ、「それは執着心の表れです」と教えてくれました。同修から執着心が多いと言われたので、私は内に向けて探し始めました。

 3日目に、仕事を終えて帰宅して、休憩しようと思った時に「煉功は最高の休憩である」と師父が言われたのを思いだし、すぐに第5功法の音楽を流しました。座禅した瞬間、まるで海がひっくり返ったかのように、昼間の出来事が脳内に湧き上がり、静めようとしてもどうしても静まりません。師父の説法の中にある「煉功する時に、余計なことを考えてはならない」ということを思いだし、心を静めました。

 この時、目の前に梯子が現れました。ビルの一階ほどの高さがある真っ直ぐな梯子が一瞬にしてZ型になりました。その上に登ると、Z型の梯子が少しずつ空に向かって伸びていきました。梯子の上に立ち、遠くを見つめましたが、境が見えず、そのまま上に伸びていきました。霧に包まれている中に、かすかに遠くの山が見え、自分の背中に羽毛のついた大きな翼が生えたのです。

 そして、いつの間にか私は霧を抜けました。それはまるで、飛行機に乗って雲から抜けて青空が見えたかのようでした(このようにしか言い表すことができません)。この広い青空に世界が浮いていました。最初は半円だった世界が丸くなっていきました。たとえていうならば地球儀のようなものでした。しかし、それは無数の単元世界が重なってできた大きな世界で、それぞれの単元世界は汚れがなく、とてもきれいな景色でした。

 そして、また、どれくらい上ったのかはわかりませんが、空に佛が座っているのが見え、梯子もその佛の足元で止まりました。この時、梯子はまるで分解したかのように、ばらばらになって落ちていきました。そして、梯子の根元から黄金の新たな梯子が出現しました。元の梯子よりも太くしっかりして、とてもきれいでしたが、この梯子もゆっくり消えていきました。

 この時、私は自分がこの佛であることがはっきりわかり、自分の佛体の存在を感じ取ることができました。この時の私には思考がなく、この佛体と一体化していました。佛体が少し前に傾き、下を見ましたが、地面は見えませんでした。そして、佛体はさらに上に登っていき、ゆっくりと空に消えていきました。

 そして私は座禅の状態に戻り、少し経つと音楽も終わりました。煉功を終えた時の体はまるで暖炉に包まれているかのようにぽかぽかしていました。

 この感覚があまりにも素晴らしくて、もう一度第5功法の音楽を流し、座禅を始めました。この時、私の佛体が再び空から現れました。自分の佛体を見ると、それは無数の世界からできていました。佛体の中に青々とした山と川、そして、無数の生命がいました。佛体の腕や足までも無数の世界からできていました。佛体がその無数の世界であり、その無数の世界が佛体なのでした。まさに限りない世界でした。そして、目の前の景色がゆっくりと消えていきました。

 自分が見た景色や感想を文字で表しましたが、本当の景色も感想も言葉に言い表わせないほど壮大で素晴らしかったのです。18年近く修煉してきましたが、精進しないときもあり、人心や執着心などが、まだまだたくさんあります。肉体も大きな変化はありません。50歳過ぎなのに白髪まで生えています。しかし、しっかり修めた部分はとても神聖で素晴らしいと分かりました。

 偉大な師父からの励ましに感謝いたします。自分が見たことをここに書き出し、同修と共に精進していきたいと思います。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2014/1/30/286606.html)
(English: http://en.minghui.org/html/articles/2014/2/12/145337.html)
 
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