長期に突破できない現状を反省する
■ 印刷版
 

文/中国の大法弟子

 【明慧日本2021年1月24日】ここ何年もの間、悪人によって家を差し押さえられたり、連行されたりして、何回も迫害されてきました。内に向けて自分を探し、以下の原因が見つかりました。

 まずは、闘争心です。コミュニティの人に日々何度も家の扉を叩かれ、ひどく騒がれてきました。いつも真相を伝え、相手も多少は聞き入れてくれるので、言い争いにはなりませんでした。しかし、中には聞き入れない人もいて、そのような人とは、母はよく言い争いをします。相手も完全に悪の思考を持っているとは限らず、給料をもらっているから、仕方なくやっているだけという人もいますが、母はいつも強い口調で話し、相手が聞き入れるかどうかも構わずに、相手の考えを変えようとします。しかし、これでは相手を変えるどころか、却って悪い印象を与え、私の家が重点とされてしまいました。母も言い争った後は、いつも恐怖に陥ります。全く怖くないというわけではなく、単に意地を張っているだけなので、終いには、自分の思想をコントロールできず、精神までおかしくなったのです。

 私や母と同じような状況に遭っている同修は他にもいます。その人たちは争わず、戦わず、冷静な態度で相手に迫害の実態を伝えているので、騒がれることも、連行されることもなく、穏便に毎日を過ごしています。

 師父は「実は、その時こそ彼の闘争心を取り除く時で、それを捨てないかぎり、ずっとこんな状態が続き、何年経ってもその次元から抜け出せません。とうとう煉功もできなくなり、この物理的な身体も耐えられなくなります。精力の消耗があまりにも大きいので、下手をすると廃人になるかも知れません」[1]と説かれました。

 次に恐怖心です。コミュニティの人はきりがなく何度も扉を叩いてくるので、母は毎日、焦燥や恐怖の中で過ごしています。その結果、完全に恐怖心に支配されてしまいました。初めのころ、母は、「空が曇ってきたね。邪悪が増えたからだよ」とか「水道から水が漏れている。あ、きっと私に漏れがあるんだ」などと言います。そのうち、「瞼がぴくぴくするのは、悪いことが起こる前兆ね」、「師父の写真を見て、師父が笑っているように見えるときは、きっと安全よ。でも笑っていないと、危険が迫っているということなのよ」など、自分が何を言っているのかもわからず、いつかきっと自分も迫害されるとどうなるのかと、毎日このことばかり考えるようになりました。

 修煉者の言葉には一定のエネルギーがあるので、いつも母親の言葉を否定していますが、なかなか取り除けず、時間が経つと、私まで母と似たようなことを考え始めてしまいました。様々な迫害を想像し始め、排除しようにも排除できず、抑えようとしても抑えられません。そして、いつの間にか、ドラマや映画のワンシーンのように頭の中に流れました。恐怖という物質にコントロールされて、家から出て真相を伝えたくても、なかなか足を踏み出せません。しかし、不思議なことに、いざ何かトラブルに遭うと何の恐怖も感じないのです。反省したところ、まさに自分自身が恐怖を求めているのではないでしょうか。

 師父は「これはきわめて重大な問題です。心性の試練は、ほかのことで一度乗り越えられなくて転んでも起きあがれば修煉を続けることができますが、それと違って、心より魔が生じればもう駄目で、その人の一生が台なしになってしまいます」[1]と説かれました。この「恐れる」心理は本当の私ではないのです。このことに気づいた私は、「恐れる」心理と自分を切り離しました。恐怖心を取り除こうと発正念をするとき、ふと自分に似たもう1人の自分が見えました。それは黒い陰湿な物質でできており、体全体が震えていました。私の体に入り込むと、私まで震え出し、寒気も感じます。また、私の頭も支配します。悪いことは全てそれが映し出したもので、私が怖がっているわけではないのです。そして、それを取り除いたときや(1回だけでは完全にはなくならない)、真の自分と偽りの自分をはっきりと区別できたときは、真の私は全く影響されないのです。

 今のところ、この二点に気づきました。闘争心により誰かが何度も「戦い」に来ます。恐怖心により、幻と思想業力が生じ、心が静まりません。今では、またあれこれ考え始めたとき、直ちに「私は大丈夫だ」と自分自身に言い聞かせます。体を支配されそうになったとき、正念をもって自分の思想と言動を正します。そうすることで、恐怖という物質が弱まり、比較的取り除きやすくなるのです。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2020/12/11/416217.html)
 
関連文章