4.25中南海陳情 現場で吸い殻を拾う
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文/北京の大法弟子

 【明慧日本2021年4月27日】1999年、私は「4.25」中南海平和陳情に参加しました。その日、私は特別にスーツを着てネクタイを付けました。大法弟子は、正に最も良い姿を世の人に示すべきです。さらに国家レベルの官公庁と向かい合うので、尚更厳粛に真摯であるべきで、私は出来るだけ様々な面で最善を尽くしたいと思いました。

 その日は、自ら進んで幾つかの奉仕活動を手伝い、現場の清潔感を保つべきだと考えました。私達は真・善・忍を修めて良い人になるのです。これらの全ては、するべきことだと思いました。ある同修は自発的に大きなビニール袋を持って街に沿って歩きながら、歩道に立って待っている法輪功学習者たちに「捨てるゴミはありますか?」と聞いていました。またある同修は、府右街に向かい、元々歩道や道路に捨てられていたミネラルウォーターの空きボトルを拾ってゴミ箱に捨てていました。私はそれらの行いを見て「同修たちは本当に修煉が良くできている」と思いました。

 私は、まだ何かすべき事はないかと探しました。街に向かって歩きながら、前の歩行者が捨てた幾つかのゴミを拾って、ゴミ箱に入れました。途中、吸い殻がかなりあるのを見つけました。その吸い殻は、午前中に街に立っていた警察官が捨てたに違いないと思いました。法輪功学習者はタバコを吸わないからです。私が片付けないと、やはり路上の清潔感に影響があると思い、私はしゃがんで吸い殻を拾い始めました。

 数十メートルほど拾い、ゴミ箱近くに着くと一握りの吸い殻をゴミ箱に捨てました。その後もずっと街に沿って拾い続けました。拾いながらある所まで来ると、そこには、吸い殻の山がありました。ここは中南海の西の門の外にある警務部で、部の内と外の警察官の一群がここに立っていた時に捨てたに違いありません。警察官が捨てた山のように多い吸い殻を、私は「拾うか、拾うまいか? 私はどう対処すべきか」と少し躊躇しました。

 しかし、私はこの時、「中南海陳情は重大な事件である。その意義も並大抵なことではない。これは特別な歴史的瞬間である。大法弟子としてどうすべきか」と自分に問いかけました。「最善を尽くすべきだ」と分かると、私はしゃがみ、その吸い殻の山を拾うことにしました。

 かなり拾いましたが、まだ地面に多く残っていました。それを見ていた警察官が私に、「もう拾わなくてもいいですよ」と言いましたが、私は平和的に「大丈夫です」と言うと、続けて残りの吸い殻を全部拾い、そっとゴミ箱に捨てました。

 師父は、次のようにおっしゃいました。「学習者はそこから離れる時、警察官が吸ったタバコの吸いがらまで拾い、地面は非常にきれいで、紙くずもありませんでした」[1]

 師父の説法を読んで、私の心の喜びは言葉では言い表せません。もちろん「4.25」の現場で吸い殻を拾ったのは私だけではありません。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『米国中部法会での説法』

 
(中国語://www.minghui.org/mh/articles/2021/4/18/423328.html)
 
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