手を加え改ざんされた中共の歴史と、変えられない事実
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文/亦然

 【明慧日本2021年5月9日】歴史とはすなわち過去の事実に基づくものである。しかし、中国共産党(以下、中共)はそれを自由に改ざんしている。幸いなことに理性的な人々は「中国文明には長い歴史があり、中国の歴史は少なくとも5000年であるのに対し、中共の歴史は100年にも満たない。中国の歴史は中共の歴史ではない」ということを忘れないことである。この事実を、中共は変えることができないのである。最近、改訂された新版の『党史』と歴史的な事実とを比較してみよう。

 2021年、中共は何度も変更された党史に対して再び大きく手を加えた。なぜそうしたのだろうか? それは若い世代に偽りを真実と認識させ、中国人が恐怖と嘘の中で、中共が独裁を維持しようとしているからである。

 『星島日報』によると、中共は2021年2月に最新版の『党史』を発表したが、今までにあった党の整風運動、反右派闘争、大躍進、人民合作社運動などの内容がすべて「削除」されていたという。最も顕著なところでは、最新版の『党史』が文化大革命の犯罪を軽視しただけでなく、文化大革命は腐敗や特権を防止するために発動されたと記述されていることだ。これは、事実を知っている人にとって良心を殺す戦術であり、ぞっとする悪魔の手段である。

  「殴打・破壊・略奪」を働いた人たちは、どんな特権と腐敗を防止したのだろうか。

 最新版『党史』では、文化大革命の「破四旧」の罪悪を言及せず

 「破四旧」とは文化大革命の初期に、大学生や高校生を中心とする紅衛兵が行った「旧思想、旧文化、旧風俗、旧習慣」を打破する運動のことで、実際は物を壊したり、人を殴ったり、家宅捜索を行ったりすることである。「破四旧」運動の中で、北京だけで11万4千世帯以上が家宅捜索を受け、西城区の福綏境通りだけで1061世帯が家宅捜索を受けた。押収された書物や絵画が丸8日間通して燃やされた。北京市全域で押収された古書は235万冊以上で、磁器、書画、古典家具などは400万点近くに上った。上海では、周恩来の言葉を借りれば「10万世帯の資本家を捜査した」ということになる。全国で約1000万世帯近くが家宅捜索を受けたとう事である。

 頤和園(いわえん:北京にある世界遺産の広大な名園)の300メートルの回廊や無数の楼閣、優美な絵画などは「反動的文物」となり、破壊しなければならないことになった。

 上海の宝物で「龍華三宝」の1つである范金毘盧佛像は、高さ7尺もあり、その蓮華座の下に千佛があるが、紅衛兵たちに棒で砕かれ粉々になった。弥勒寺に祀られていた弥勒菩薩の化身である布袋僧侶像は、頭を切り落とされた。全国各地で破壊された著名人の古墳や歴史ある寺院は数え切れないほどであった。

 また、党員を含めて、文化人や一般の国民など数千万人が殴り殺された。

 文化大革命は、基本的には中共による伝統文化の破壊を目的とした暴力運動である。広東省出身の著名な作家である秦牧氏は、文化大革命について「これは本当に前例のない大惨事であった。数百万人もの人々が苦境に陥り、数百万人もの人々が冤罪を晴らせずに亡くなり、家族が引き裂かれ、子供や若者が乱暴者や悪者になった。何百万冊もの本が燃やされ、遺跡が破壊され、賢者の墓が掘り起こされた。革命の名の下でどれほどの犯罪と偽りの革命が行われたことか!」と述べた。

 殺人や放火、私有財産の略奪、国宝の破壊などは、2021年に中共により「反腐敗、反特権」と改訂されている。中共のいわゆる「制度的信頼」は、実は欺瞞に基づいている。

 文化大革命の発起人たちは、特権を利用して文化遺産を私物にした

 革命は欺瞞の手段であり、それを発起した者はまともな革命者ではなかった。 中共の文化大革命時期の重臣である陳伯達、江青、康生は、革命の特権を利用して自らの利益を得た。このことは、上の世代ではすでに公然の秘密となっていたが、若い世代の人たちが知らなかっただけである。

 1970年の秋、江青は康生と一緒に北京文物管理局に行き宝物を選んだことがある。革命家である江青が選んだのは、100個近い真珠や宝石が使用され、4本の金の飾りものが付いたフランス製の懐中時計だったが、価格はわずか7元だった。

 1990年、故宮博物館(紫禁城)では「内部展示会」が行われた。 三千年前の青銅から二千年前の将軍・韓信の印章や「紅楼夢」の初期の彫刻、そして「詩・書・画」絶作と呼ばれる鄭板橋の印章に至るまで、これらの貴重な宝物はすべて康生の私有物になった。康生はまた『大唐三蔵聖教序』の1冊に自分の印を押した。

 文化大革命が終了した後、文化庁は、当時、押収された家財を画家の叶浅予氏に返還することを決定した。しかし、多くの貴重な書画、墨、硯、石印は、当時の「中央のトップ」に持っていかれたので、返すことはできない。文化庁の担当者が叶浅予氏に渡したのは、これらの貴重品の「所在リスト」だけだった。陳伯達(9件)、林彪(11件)、康生夫妻(8件)、江青(3件)などであった。

 紅衛兵たちも、革命のチャンスを利用し手当たり次第にものを奪った。作家の馮驥才氏は、ある紅衛兵にインタビューしたことがある。その紅衛兵の話によると、1966年の秋、毛沢東が全国各地からの紅衛兵を天安門広場で接見したが、解散した後、天安門広場の地面に金の延べ棒や金の貴重品が散らばっていた。説明によると、紅衛兵が家宅捜索を行った際に、金持ちの家の金の延べ棒や金塊などの貴重品をポケットに入れ、広場で指導者を見て興奮したように歓声を上げた時、ポケットの貴重品を忘れて、その結果「革命の成果」が地面に散らばってしまったのだ。

 文化大革命の頃、毛沢東は中国で一番の金持ちだった

 中国の出版物によると、文化大革命の時、毛沢東の文章や語録が大量に発行されていたため、原稿料だけで相当の金額であった。1967年には毛沢東の原稿料の入金額は570万元(約9625万円)以上に達し、当時の中国で一番裕福な人物だった。

 2011年、学者の茅于軾氏は毛沢東を批判する論文を発表した。当時「毛沢東の時代には汚職がほとんどなかった」と主張する人がいたが、人々が知らないのは、延安時代(1940年代)に王実味(ジャーナリスト&作家)が当時の腐敗を批判したため、整風運動(反対派粛清運動)の中で殺害されたのだ。

 王実味は「野百合の花」の中で、公然と腐敗現象を批判した。その結果、王は毛沢東にいくつかの罪名をつけられ処刑された。

 張戎(ユン・チアン:著名な女性作家)は『知られざる毛沢東』の中で、3年間の飢饉の間でも、各地で毛沢東のために豪華な建物が建てられていたことを明かした。丁玲(女性作家)が延安にいた時、毛沢東は彼女に延安の美女の名前を書いてくれと頼んだことがある。そのため、彭徳懐は「社会主義者も『三宮六院(古代の皇帝の宮廷にいる大勢の女性)』を必要とするのか?」とうっぷんを晴らしたのだという。

 張耀祠は毛沢東の中央警備隊の初代隊長である。彼は毛沢東の堕落した生活について回顧録に記述した。「主席の出費をそのまま記録すると天文学的な額になる。例えば、シャツの袖口や襟を縫う代金は6銭5分、毛糸のズボンを繕う代金は1元5銭と記載されているが、これは当時の市場価格での金額である。しかし、毛沢東はそれを特別機で上海に送り、専用機で持って帰るように指示していた。 また、武昌魚、銭塘江魚、太湖魚を食べたい時、冬に特別機で北京に運ばせた」

 共産党内の腐敗は上から下までずっと続き、止まることはなく、悪化する一方である。

 香港のメディアはかつて、康生夫婦が、長い廊下があって計39部屋の豪邸を占有していたと報じた。中共の幹部は、住宅やオフィスルーム、家具、電話、車、日常生活用品、子供の進学に至るまで特権を享受している。当時は、公用車も旅行も飲食もすべて階級によって規格化されており、腐敗は明確に規定されている制度である。北戴河の観光地は、1950年代から現在に至るまで、中央の幹部とその家族に優先的に提供されるリゾート地になっている。北京の「八一」校、「十一」校、景山校、101中学は、最高の教師と一流の教育設備を備えており、運営資金は驚くべきであり、普通の学校とは比べ物にならない。月曜日や週末になると、生徒を迎えに来る高級車が周辺の道を塞いだ。

 「腐敗は文化大革命の時から始まった」

 著名学者・易中天氏は「実は、腐敗は文化大革命から始まった」と述べたことがある。「当時、都会の人はスペアリブを買う前にタバコを渡さなければならず、田舎の人は都会に入るためには卵を贈らなければならなかった。インテリの青年たちはもっとひどく、都会に戻るために男性は賄賂を払い、女性は彼らと寝なければならなかった」

 劉賓雁氏の名作『人妖の間』は、文化大革命期間の衝撃的な汚職現象を暴露した。県の燃焼会社のマネージャー兼支店長である王守信は、1971年11月から1978年6月までに50万元(約844万円)以上を横領したという。当時の50万元の購買力は現在の1000万元(1億8千万円)以上に相当する。

 文化大革命の時、権力欲のためにコネを使うことは当たり前になった。軍隊に入るにも、大学受験にも、仕事を斡旋してもらうにも「裏口」を通らなければならなかった。当時、毛沢東は「裏口から入った人でも良い人がいて、表口から入った人でも悪い人がいる」と全国の「裏口現象」を許可した。

 中共の特権階級は、中国ではなくアメリカを愛している

 趙紫陽元秘書の鮑彤氏は以前「中共は完全な特権階級だ」と言ったことがある。 中共の重臣である陳雲はかつて「党内の一つの家族に2人ずつ子供がいると良い。1人をビジネス業界、1人を政界に従事させ、やはり自分の子供が安心できる」と提案したことがある。

 今日の中共の官界では、汚職はスキャンダルではなく、評判と人望、資源、栄光だと思われている。華融の小さな民家で2億7千万元の現金が発見され、北京の村役人の任石鳳宅で31キロの金塊が押収され、大連の徐長元が関わった事件では、2714軒のマンションが押収されるなど、このような例は数え切れないほどある。

 2021年4月6日、『フォーブス』は「2020年億万長者リスト」を発表したところ、北京は世界で最も億万長者が多い都市となり、昨年は33人の億万長者が増えて合計100人となったことが分かった。しかし、中共の裕福な官僚の多くは、党国家の秘密にされているため、億万長者リストには載っていない。

 胡潤報告(中国富豪ランキング)によると、2019年、中共の最も裕福な「両会議代表」83人の平均財産は33.5億ドルに達した。ワシントンにある政治対応センター(Centre for Responsive Politics)によると、米国の下院・上院議員のうち最も裕福な83人の平均財産は5640万ドルに過ぎないことが分かった。6億人の一般国民の月収が1000元(約1万7000円)以下の中国で、中共の官僚は、アメリカの国会議員より60倍の金持ちになっている!

 また、中共の特権階級は「愛国」と言いながら、中国を仮住まいとし「一番の敵国である米国」を地球上の第一の故郷と見なす現象が起きている。過去40年間に、アメリカに移住した金持ちの中共官僚の2世、3世が、数えきれないほどいる。

 中国人の思想に植え付けたネジ

 「中共の『党史』は、真と偽が入り混ざっており、偽りの内容が主である。今、中共の歴史を本当に理解しようと思うのであれば、やはり禁止されている本を読み、ネット封鎖を乗り越えなければならない」と今は亡き著名な経済学者・楊小凱氏は述べたことがある。

 現在、中共は各界にいわゆる「強国論壇」や最新版『党史』の学習を強要し、中共の歴史と中国の歴史を混同しようとしている。実際、中共がいくら政治運動を行っても、いくら混乱を起こして流血を招いたとしても、中国人は以下の3つの点を覚えておくだけで、中共の操り人形にはならないはずである。

 中共は西洋からの幽霊である。

 中共は中国ではない。

 本当に国を愛しているのなら、党を愛してはならない。

 

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/5/2/424037.html)
 
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