文/中国の大法弟子
【明慧日本2021年5月16日】1995年の冬に法を得てから26年も経ちました。この長い期間の中で北京に行ったこともあるし、留置場に拘禁されたこともあります。大法への迫害の中で勇敢に立ち向かっていますが「転向させられたり、大法を堅持しなくなったり、次元が落ちたり」する恐れがずっと心の中にありました。この恐れも私心に隠された執着心だとは気づきませんでした。
2021年に行われた邪党の「ゼロ行動」の中で、大法弟子に四書へのサインを求め、大法に背き、自分自身の良知に背かせています。「大法弟子の使命は大法を守り、衆生を救い済度することである」と認識しているため、誰かが家に来る機会があればそれを利用し、真相を伝えるべきだと思っています。もし四書にサインをしたら、大法を裏切るのと同じあり、衆生は邪悪に妥協した生命(四書にサインした学習者)から大法の美しさを感じ取って救い済度されるのでしょうか。その瞬間に「大法を堅く信じるのは、自分の境界を高めるためではなく、大法弟子の大法に対する堅い信念を通して衆生に大法の素晴らしさと威厳を顕わし、救い済度しやすくさせるためだ」と分かりました。
大法を堅く信じることの背後にある私心に気づき、取り除くと決心した瞬間、大法を堅く信じる基点は他人のためだと分かった瞬間、大法を堅く信じる自分の心は、この上なく純粋かつ不動であり、はっきりと明確なものになりました。自分以外のために考えるのは、新宇宙の根本であり、私達もみな他のためでなければなりません。基点を正しく位置づけることこそ、大法を守りながら衆生を救い済度する中で、更に正しく、そして長く歩むことができます。
個人的な悟りです。不適切なところがあれば、慈悲なるご指摘をお願いいたします。
【編集者注:この文章は筆者の個人的な観点を代表しているものであり、正しいか否かについては筆者個人が責任を負うものとし、読者は自身で判断してください】