【国際ネット法会】香港の真相拠点を一生懸命守る(一)
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文/香港の大法弟子

 【明慧日本2021年9月8日】

 尊敬する師父、こんにちは。

 同修の皆さん、こんにちは。

 私は長い間香港で真相を伝え、以前も多くのプロジェクトに参加したことがありますが、最後には今の真相拠点に定着して、通行人と顔を合わせて真相を伝え「三退」を促しています。我々の真相拠点はロープウェイの駅近くに設置され、通行人がとても多いのです。今日は、真相拠点で如何に真相を伝え、衆生を救い済度しているかについて、皆さんに報告したいと思います。

 しっかり発正念をして、自分の空間場を浄化する

 私は1997年に法を得て、2000年に2人の子供を連れて北京の天安門広場で法輪大法の無実を訴えたため、ずっと迫害を受けていました。2003年、師父の慈悲のご加護の下で香港に来ました。私は香港の修煉環境をとても大切にして、力を尽くして大法の仕事をしています。忙しくなると昼夜を問わず、だんだんと大法の仕事をすることと修煉を本末転倒にして、煉功する時も発正念をする時も入静できなくて、発正念をする時に手が倒れたりしました。

 2012年3月のある日の夕方6時に発正念をする時、入定した中で、自分の空間場は真っ暗で何の生き物も存在していない光景が見え、ショックを受けました。今後しっかりと発正念をして、自分の空間場を浄化しようと決めました。1カ月後のある日、発正念の時にまた入定しました。空を飛んで、太陽の光が輝いていて、下を見ると桃源郷のように山紫水明で、また天国のように美しく見えます。ここ1カ月、発正念を重視したため、自分の空間場はきれいになったと思います。これで発正念の大切さを悟りました。自信が倍増して、引き続き勇猛精進して「三つのこと」をして、やっとその年のアメリカ法会に参加する勇気が湧いてきました。

 香港青年関愛協会(以下、青関会)は香港の法輪功学習者(以下、学習者)の活動を妨害するために、「610弁公室」の指示の下で設立した組織で、街頭での法輪功の活動を妨害、真相拠点を破壊、学習者に暴力をふるうことをもっぱら行っています。2012年6月、青関会は香港の各真相拠点で妨害行為を始めました。8月、彼らは私のいる真相拠点に来ると、法輪功を中傷する内容が印刷された多くの旗を張って、我々の真相パネルなどを完全に遮りました。この突然の妨害行為を、同修たちは誰もが経験したことがなく、どうしたらいいか分かりませんでした。

 昼は青関会の攻撃と罵倒に耐え、夜には同修たちが集まって学法と交流をして、発正念をします。師父は「大法弟子が正念を発することは根本から旧勢力の按排を否定し、邪悪の迫害を取り除くためです」[1]と言われたので、私は発正念の大切さを実感し、発正念をより重視しました。それから今まで、時間さえあればいつも発正念をして、青関会と香港食物環境衛生署(以下、食環署)の破壊行為に対して、私は朝6時から正午12時まで発正念を続けたことがあります。心が清らかであるため、巨大なエネルギーに包まれて、手から出た功はレーザーのように速く飛んで行ったと感じました。

 警察に真相を伝える

 最初に青関会の連中が妨害行為をした時、通報したら警察が来ますが、真相の分からない警察はただ両腕を抱えて傍観していました。警察の態度を見て、連中はさらに憚らずに私たちを包囲して、汚い言葉で大法を中傷しながら私たちに身体攻撃をして、振り回したこぶしは私の鼻先まで来て、唾は私の顔に飛びました。

 それから、青関会の暴行がエスカレートして、時には十数人が私を包囲して攻撃します。私はただひたすら発正念をして師父のご加護を願いました。師父の慈悲なるご加護の下、大事に至りませんでした。通りすがりの外国人観光客でさえ見ていられなくなって、何回も通報をしてくれました。

 青関会の野蛮で傲慢な態度を見て、時には本当に一発殴りたいと思いました。しかし「煉功者としては、殴られても殴り返さず、罵られてもやり返さないで、常に高い基準で自分を律しなければなりません」[2]ので、私は内に向けて探しました。なぜこのような情勢になったのでしょうか、私のどこがいけなかったのでしょうか。落ち着いて探すと、自分の問題点が見つかりました。私は警察に頼りすぎて、彼らが私たちを守ってくれると思っていました。大法弟子がどうして常人に頼るのでしょうか。

 複数の真相拠点では、青関会は同修を殴って誣告し、警察は彼らの話を信じて同修を連行し、刑事責任を追及しようとしました。2012年9月、応援のために香港に来た数人の台湾の同修を、青関会は脅し、罵り、誣告したのです。ある日の午後3時、その日の飛行機で台湾に戻る予定の台湾同修は誣告され、警察は白黒も問わず、台湾同修を警察署まで連行しました。

 我々の真相拠点のすべての同修、他の台湾同修、『大紀元時報』の記者など20人以上が警察署に真相を話しに行きました。我々は警察署の正門前に「法輪大法は良い」と書かれた横断幕を掲げ、そこで発正念をし、煉功しました。濡れ衣を着せられたあの台湾同修も善意をもって警察署で真相を伝えていました。全体の協力のおかげで、午後9時に台湾同修は釈放され、警察も私たちの全体の力を目のあたりにしました。このことから、警察に真相を伝えて、彼らが大法に罪を犯さないようにさせなければならないと思いました。

 青関会の人は毎日来て乱暴行為をするため、一日に我々は何度も通報しました。警察が来ると、私は彼らに対して「あなたたちは、絶対に大法に悪いことをしないように」との一念を打ち出します。警察が私に話をさせる時、中国共産党(以下、中共)がなぜ法輪功を迫害するのか、私たちはなぜここで訴えているのか、修煉してから如何に病気が治って心身ともに健康になったのか、善悪にも報いがある道理などを私は語ります。警察もよく聞いてくれ、質問する時もあります。

 真相が分かった警察は態度が一変して大法弟子に優しく接して、慰め、濡れ衣を着せられないために青関会の人と距離を保つようにと注意してくれました。後に大法の真相が分かる巡査部長は我々の真相拠点辺りの治安担当になりました。それ以来、我々の真相拠点では同修が誣告されることが1件もなく、逆に青関会が我々に訴えられたことがありました。

 青関会の人に真相を伝える

 青関会の人は拡声器を使って、法輪功を誹謗中傷するような言葉を繰り返し叫んで、私たちの横断幕やパネルを破壊したり盗んだりします。時には私たちの横断幕を布で包んでテープで縛り、時には彼らが持ってきた旗を私たちの横断幕に巻いてテープで固定します。私たちが旗を外すと、すぐ彼らに「旗を毀損する」として誣告されます。毎回、大変な戦いをしてやっと横断幕やパネルを救出できるのです。

 毎日午後5時に彼らが帰ると、私は横断幕で彼らの旗を遮り、ロープウェイの運行停止の夕方8時までずっとそこに立って通行人に真相を伝え、時には深夜12時の発正念をしてから帰宅します。家に帰るといつもぐったりして、一晩中眠れない時もあります。翌朝5時になるとまた起きて、すぐ真相拠点に行きます。毎日このように続けていました。私に少し休ませるために代わりに真相拠点に行った同修もいますが、結局、彼女が行った2日間に、すべての横断幕とパネルは青関会にナイフで切られました。

 やり方を変えるしかありません。午後8時に横断幕とパネルをしまって、朝5時に拠点に行って横断幕とパネルを出して、それから発正念をして静功をします。7時半頃になると、青関会の大勢の人が来て、私を取り囲んで汚い言葉で罵り、彼らは私の頭に旗をかぶせて「焼身自殺をしなさい!」と叫びます。たまには、立ち上がって彼らを全部殴り倒したいとも思いますが、しかし師父の言葉、「一千年かそこら修煉したとしても、小指の先の一ひねりにも耐えられません」[2]を思い出して、すぐに怒りを鎮めることができ、引き続きやるべきことをやって、彼らを何とも思いません。

 月に数回、「青関会」の20人ぐらいは香港の各真相拠点を順番に回って破壊行為をしていました。我々の拠点で当番をする同修は5、6人しかいなくて、そのうちの2人は朝、「大紀元」新聞の配達もやっているので、多くの場合、拠点には私1人しかいません。我々のチームのもう1人の同修は私と同じく中国で迫害を受けたことがあり、正念で乗り越えてきた経験があるので、私たち2人が先頭に立って、他の同修は協力してくれて、すぐに冷静になり対策を考え出しました。

 どんな場合にどんな横断幕を使うのかを、皆で交流してから決めました。青関会が攻撃してくると、私たちは横断幕を高く掲げ、数時間もその姿勢で立ち続け、強い意志で邪悪な攻撃に立ち向かいました。また、長さ3メートルの竹ざおを買ってきて、2枚の横断幕をそれに縛り、拠点で竹ざおを揚げながら真相を伝えて、うまく攻撃に対応していました。

 ある日、彼らは私に妥協を迫るため、夕方5時以降、私1人だけが残った時を狙って、40人以上を集めて私を包囲して攻撃しました。私は威風堂々と「どんな手段でも使ってこい! 北京の天安門広場であんなに多くの公安に直面しても私は恐れたことがない。あなたたちのような烏合の衆は私を撃退できるはずがない!」と言いました。次の瞬間、彼ら全員が凍り付いたように動かなくなりました。私に勝てないのを見てリーダーはすぐバスをよこして、彼ら全員は撤退しました。

 挑発に対して、私たちは彼らと罵り合ったり、争ったりせずに、ただ発正念をし心の中で『轉法輪』を暗唱していました。これは正邪の大戦で、香港のすべての大法弟子に対する試練であり、我々の長年の修煉に対する大きな試験でもあると思います。一人一人がどのように思うか、どのように行うか、すべてが試練されています。一日中狂気に満ちた暴徒に直面して、私の心は恨みと悲しみでいっぱいで、どのように彼らを追い払うかばかりを考えて、慈悲がなく、人心だけで対応しました。

 ある日の朝6時に発正念をすると、何年も前にネットで見た、釈迦牟尼が自分の体から肉を切り取って5人の悪霊を善解させた物語を突然思い出しました。そして師父の言葉、「皆さんに教えますが、全世界の全ての人々はかつて私の親族でした。(拍手) それらの最も悪い人も含めます。でなければ、彼らはこの時に人間になる機会もありません」[1]を思い出しました。

 大法弟子の使命は人を救うことです。私たちは宇宙の大法、真・善・忍を修め衆生を救う責任を負っています。私たちの前に来たすべての人を救わなければならず、彼らはかつて師父の親族だったと思うと、頭が冷静になりました。

 善の念が出ると、次の日に転機が訪れました。私たちの真相拠点は風が強く当たる場所にあるので、私ともう1人の年配の同修は長い横断幕を引っ張って、強風が吹いて立ってもいられないほどでした。青関会の人々は彼らの旗を私たちの横断幕に寄りかかったので、私は力を入れて彼らの旗を地面に倒しました。彼らは大声で「誰がやったのか」と聞き、私は横断幕の後ろで思わず笑ってしまいました。彼らは見て、「ああ、きっとあなただ。笑うことができるんだ。そうよ、笑ったら可愛くなる、一日中顔をしかめて、みっともない」と言いました。

 それから、彼らはよく話題を探して私を笑わせようとしました。中国では「一笑で恩讐を忘れる」という言葉があるので、彼らにも善良な一面があって、迷いの中で私たちの救いを待っているのだ、と思うようになりました。それで、私は彼らと会話をして、いろいろな面で優しく接しました。彼らは私から善意を感じ、たくさんの質問をしてきて、質問に答える中で私は多くの真相を伝えて、自分自身が体験した大法の素晴らしさ、迫害の邪悪さを語りました。一日、また一日、彼らが聞きたがる限り、彼らのリーダーも警察も含めて、私はずっと真相を伝え続けました。聞きたがらない人に対して私は黙々と発正念をしました。

 彼らに善悪にも報いがある道理、悪人が悪事をして天に懲罰された事例を教えると、彼らは静かに私を囲んで聞きました。真相が分かって、彼らはもう私たちの横断幕を遮るようなことをしなくなりました。上司がそれを知ってメンバーの入れ替えをし、結局、3日もたたないうちに、新しく来た人も真相が分かって、だんだん環境が変わってきました。大人数の「大隊侵攻」でない限り、ふだん、完全に私たちがその場の雰囲気をリードしています。師父のご加持の下で、やっとその場を正しました。真相が分かった青関会のメンバーには『九評』、『轉法輪』を読むようになった人もいます。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『二〇〇三年元宵節での説法』
 [2] 李洪志師父の著作:『轉法輪』

  (2021年国際ネット法会)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/6/17/427090.html)
 
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