私には法輪功を学ぶ良いお嫁さんがいます
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文/文静

 【明慧日本2023年7月14日】私の次弟の前妻が亡くなってから、数年が経ちました。2007年の秋、この2番目の弟が再婚して、嫁さんは法輪大法の修煉者であることを初めて知りました。とても優しい人です。

 争いが友好に転じる

 次弟は工場を定年退職し、長年、高齢の両親、兄弟と深く対立しており、連絡を取っていませんでした。かつて親戚が仲を取り持とうとしましたが、双方は互いに譲らず仲直りしませんでした。法輪功学習者である次弟の妻が家族になってから、過去の家族の対立は徐々に解決されていきました。

 私の母は90歳を超えています。次弟が長年帰省していないと聞いた次弟の妻は、中国の伝統と道徳を次弟に話し、その説得の末、一家三人で母に新年の挨拶に行きました。弟はよく妻に「家の過去のことに口出しないように」と言っていましたが、真・善・忍を修める嫁さんは、どうしても構わずにいられませんでした。母の誕生日が近づき、弟は長年祝っていなかったのですが、嫁さんは「母の誕生日に、息子がお祝いをするのは当然です」と勧めました。奥さんに説得されて、長年母の誕生日に参加していなかった次弟が、今年は母の長寿を祝いに行き、母はとてもうれしそうでした。もし現世で法輪功を修煉する弟の妻に会えなかったら、母と子の隔たりはずっとなくならなかったでしょう。

 2010年5月2日、娘の結婚を理由に、弟夫婦が娘と長年口をきいていなかったことを心配した嫁さんは、弟夫婦を家に招待して姪の結婚を祝い、長年の、家族間の問題を解決しました。隣近所は皆、嫁さんの事を「法輪功を学ぶ人は度量が広く、普通の人とは違う」と感動していました。家族の中で、嫁さんが果たした役割を、私は目の当たりにしました。

 次弟は長年、90代の高齢の母を一日たりとも面倒を見てくれたことはなく、近所の人たちには陰で色々と言われていました。嫁さんが我が家に来てから、次弟に大きな変化がありました。嫁さんは私に「高齢者の扶養は私達もすべきだ」と相談を持ちかけて来ました。私は「次弟は同意したの?」と聞くと、「この事は私が決めます。私はどんな時にも、真・善・忍を伝えます」と答えました。私は嫁さんの寛大で無私の精神に感服しました。

 年明けの2日間、私と次弟の嫁さんは一緒に私の母の家に行きました。弟たちにも来た意図を説明しました。すると次弟の妻は過去のいざこざについて話し始めました。それに対し、次弟の妻は「今日から過去の事は水に流して、最初からやり直しましょう。もし誰かに行き届いていないところがあれば、大目に見て、許してあげましょう」と言いました。これを聞いた皆は嬉しくなりました。私は心の中で、現代の人は利己的で、我先にと行動し、お年寄りを扶養する人はおらず、この世の中で真・善・忍を修める人しかできないと思いました。嫁さんが我が家に来てから、我が家の長年の不平や不満を解消する事ができました。私達は本当に法輪功を学ぶ良い嫁さんに出会いました。良い修煉者を教え導いてくださった李洪志先生に感謝します。

 いい息子よりいい嫁さん

 その年の1月、嫁さんは私の母を自分の家に迎え入れました。彼女はまず母の布団と全ての衣服を洗いました。1日三食、母の食べたいものを作ってくれました。また朝晩、ポータブルトイレをきれいにし、身の回りの世話をしました。母は私に言いました。「ここに来てから私の髪はサラサラになったよ」夏になると、嫁さんはよく母を風呂に入れくれて、背中を流してくれました。母はうれしそうに、「人生でこんなお風呂に入ったことはないよ」と言いました。さらに嫁さんは率先して母の下着を洗い、母は感動して、「2人の娘にも下着を洗ってもらったことはない」と言いました。

 母が次弟の家に4カ月間住んでから、母はこう言いいました。「次男は本当に変わった。ご飯の時に私におかずを取って、ゆっくり食べてと言ってくれた」また嫁さんに対して「こんなにいいお嫁さんがいてくれて、本当に満足している」と伝えると、嫁さんは「師父が私たちに、どんな時でも人には親切にしなさいと教えてくださったのです」と言いました。すると母は「あなたの師父は誰?」と尋ね、嫁さんは「法輪功の創始者、李洪志師父です。師父が他人には真・善・忍で接すべきだと教えて下さいました」答えました。「どうりで人柄がこんなに良いんだ!」と母は言いました。

 母が家に帰ると、近所の人たちがあれこれと尋ねに来て、母は皆に嫁がどんなにいい人かを嬉しそうに話していました。……しかし、母が一番よく言っていたのは、「私には法輪功を学ぶ良い嫁がいる!」ということでした。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2014/11/25/300692.html)
 
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