【明慧日本2023年11月4日】人間は迷いの中におり、目に見えているものが真実とは限りません。中国古代の呉という国の魏伯陽は3人の弟子を連れて修行し、丹を煉るために山に入りました。長年の努力の末、修煉によって丹ができました。そして丹を飲み込もうとする時、魏伯陽は弟子の中に人間の心を完全に取り除いていない者がいることに気づき、こう言いました。「丹は精煉できたが、飲み込めるかどうかまだ分からないのだ。まず先に犬に一粒食べさせてみよう。もし犬が昇天したら、その後に私たちが飲み込んでも遅くない。もし犬が死んだら、決して飲み込んではいけないということだ」。そして白い犬に丹を与えると、犬は即時に死んでしまいました。弟子たちは驚きました。
魏伯陽は仕方ない様子で、「丹を精煉するのは最も難しい。丹は精煉されたが、食べた犬が死んでしまった。どうしたらいいのか?」と弟子に尋ねました。弟子の一人は「師父の功は高いので、試しに一粒飲み込んでもらえませんか?」と答えました。魏伯陽はため息をついて「私はお前たちを山に連れて来て長年修行し、数え切れないほどの苦労をしてきた。しかし今日、このような結末になった。私はもう山を下りて人に合わせる顔がない。だから、命をかけて丹を飲み込むしかない。もし私が死んだら、お前たちは山を下りなさい。二度と修行する必要はない」と言い終わると、すぐに丹を飲み込み、地面に倒れて死んでしまいました。
師父の死を目にした3人の弟子は驚いて混乱に陥り、どうするべきか分からなくなりました。2番目の弟子は「私たちは師父と一緒に修行し、長生きを求めていましたが、今師父も亡くなりました。私たちは長生きを実現できるのでしょうか? それよりも山を下って、普通の生活に戻る方が良いのではないでしょうか」と言いました。すると1番目の弟子は「師父は真の道を得た人です。私たちは師父を信じるべきで、最後まで師父に従うべきです。たとえ死んでも後悔しません!」と言いました。そして一粒の丹を飲み込むと、すぐに倒れて死んでしまいました。
それを見た3番目の弟子は、「師父と兄弟子は共に亡くなりました。もはやこの修行は不可能だと思います。私たちはまだ若いので、山を下りれば、もう数十年かは普通の生活を楽しむことができます」と言いました。そして2人は山を下りました。しかし、彼らが下りた直後、魏伯陽は地面から立ち上がり、口の中の丹を1番目の弟子と犬に与えました。すると1番目の弟子と犬は共に生き返り、彼らは仙人になり天に昇りました。その後、師父は柴を刈る人に手紙を託し、2人の弟子に詳細を伝えました。手紙を読んだ2人の弟子は、とても後悔しました。