他人に言われたくない心を修める
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文/中国河北省の大法弟子

 【明慧日本2023年12月19日】私は1998年から大法の修煉を始めた農村の女性です。修煉してから25年近くになりますが、振り返ってみると、偉大で慈悲深い師父に大変申し訳ないと思っております。心を修めるという点で言えば、長年学法グループに参加し、毎日のように法を学んでいましたが、トラブルに直面した時には、いつも常人の理で言い争ったりしていました。特に同修である夫に対して、些細なことで喧嘩することもよくありました。

 ある日、私は電動三輪車を運転して、夫と一緒によその村に住んでいる同修の家に行きました。途中で、羊を放牧する人がいて羊の群れが道を遮っていました。夫が私にクラクションを鳴らすように言ったので、私は何度も鳴らしました。すると、驚いた羊の群れがあちこちに逃げたので放牧者は急いで走って来て、私たちを追いかけて怒って罵りました。私はすぐに三輪車で走り去ったのですが、夫はそばでずっと私を責めていました。私もイライラしてきて、「あなたが私にクラクションを鳴らすように言ったのに、今は私のせいにするなんて。もう二度とあなたと一緒に出かけない!」と反発しました。

 後で思いつきましたが、師父が弟子に心性を高める機会を与えてくださったのに、私はそれを逃してしまいました。「師父、申し訳ございませんでした!」と、悟性の悪い自分が悔しかったのです。

 ある日、三輪車を充電をしてから、私は夫と一緒に出かけて大法の資料を配ろうとしました。その時、三輪車のタイヤの一つの空気がなくなっていたのを見て、夫はすぐに「きっとあなたがゴミを出しに行った時、気をつけなかったためタイヤを刺されたんだ!」と大声で文句を言い始めました。私は台所で昼食の支度をしていたのですが、叫び声を聞いて急いで出て行くと、夫に「修理に行ってくれ!」と言われました。私は「今日は何を言われても我慢しなければならない」と思いました。そこで私は三輪車に空気を入れた後、空気入れを三輪車に載せて村の修理屋さんに行きました。あいにく店に人がいなかったため、隣の村まで行って修理してもらいました。運転して帰る途中、頭の中で「夫は男なのに、女の私に修理させる。これは男がやるべきことだ」と一念が浮かびました。それは本当の私ではなく、「偽の私」だと分かっていたので、私は「今日はあなたに騙されません。私は必ず師父のお教えに従って行ないます!」と言いました。

  そうすると、「偽の私」は再び、「昼ごはんの時間なのに、夫は食事の支度も三輪車の修理もせず、あなたが修理してから料理するのを待っているだけだ」と挑発しました。しかし、「帰ってからすぐに料理をします!」と私は挑発に乗りませんでした。

 家に帰って食事の支度をしようとすると、夫がエアコンのついた部屋で気持ちよさそうに寝ていました。「偽の私」はまた、「ほら、相手はのんびり休んでいるのに、あなたは暑さで汗をかいていてもすぐにご飯を作らなければならない」と私を動揺させようとしました。私は少し動揺しましたが、すぐに気づいて 「なぜ心が動くのか?」と自分に言い聞かせました。

 その時、師父の法が私の頭に浮かびました。「悪者は嫉妬心によって、私のため、怒りのために、自分が不公平だと言います。善人は慈悲心が常にあり、憎むことなく、恨むことなく、苦をもって楽とするのです」(『精進要旨』「境界」)

 私は「偽の私」に、「なるほど、あなたは嫉妬心だね。私は必ず師父のお教えに従う」と言った後、心が軽くなり、喜んで料理を作り始めました。

 夫の一言が私を正した

 私と夫は毎日早朝の3時に起きて煉功をします。私たちはいつもまず第五式の座禅を1時間してから、他の功法を煉っていました。ある時、同修に「通常は第一式から順番に煉功をしますが、あなたたちはどうして第五式の座禅を先にしているのですか?」と指摘されました。私はすぐに「早朝の時間は環境が静かで、坐禅を先に済ませるのです。師父はどの功法を煉ってもいいとおっしゃったのです」と言い訳をしました。

 また、私は第二式の「法輪樁(とう)法」を煉る時は、10回のうち7~8回はトイレに行き、夫にも何度も指摘されましたが、私はいつも弁解していました。ある日、またトイレに行こうとした時に、夫は「また何をするつもりか? 煉功に対して、どうしてそんなに勝手なのか?」と厳しく言われました。私は黙ってまたトイレに行ってきました。

 その後、私は「なぜ法輪樁法を煉る時に限って、トイレに行きたくなるのか? 私は大法に符合していないのではないか?」と自分の問題を探し始めました。夫は真剣な表情で私に「あなたは師父と大法を尊敬してないからです!」と厳しく指摘しました。その話を聞いて私は心が震え、すぐに目が覚めました。まさに、本当にその通りでなのすね! 「師父の煉功音楽が鳴り響き、その中には師父の号令もあります。どうして煉功をする時にいつも勝手に行動するのでしょうか? どんな心によって、このような状態が続いたのでしょうか?」と私は内に向けて探したところ、やっと気がつきました。毎日煉功をする時、私は第五式の座禅を先にするのは、第二式の法輪樁法が長時間なので手を挙げることが苦手だからです。苦労を恐れる心があったため、第二式になると、逃げるようにトイレに行きたくなったのです。私は心の中で言いました。「大法に符合していない良くない修煉の状態を正しますので、師父、ご加持をお願いします!」

 翌日から、私たちは第一式から順番に煉功をするようになりました。そして、煉功の途中でトイレに行くことはなくなり、すべて正常に戻りました。師父は夫の口を借りて弟子の私の向上を助けてくださいました。すべて師父の慈悲なるご按排とご加持によるものです!

 (責任者編集者:李明)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2023/12/13/469221.html)
 
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