文/日本の大法弟子
【明慧日本2024年2月4日】今から二十数年前の大学一年の夏休み、親戚の紹介で師父の説法ビデオを拝見し、『轉法輪』もいただきました。しかし、当時、私は入学したばかりの芸術科の大学生で、常人社会の変異した現代芸術や文化を追求していたため、『轉法輪』を1回も読み終えず、理解もできないまま、再び本を手に取ることはありませんでした。1999年7.20以降、その親戚は修煉を断念し、私も大法の修煉の道に入ることはなかったのですが、真・善・忍の三文字はずっと覚えていました。
それから10年後、妻との交際中に、彼女と彼女の母親が共に法輪大法修煉者であることを知りました。私自身も大法の本を読んだことがあり、法輪大法が真・善・忍を説いていることを知っていると彼女に伝えました。その後、私は「三退」し、結婚してから、妻と義母の修煉を支持してきました。結婚後10年余りの間、私は大法のことを多く聞き、夢の中で何度も慈悲なる師父が悟らせて下さることがありましたが、自分のキャリアと良い生活への追求のため、大法の修煉の道に入ることができませんでした。
40代になって、繁雑な世の中で、私はますます困惑し始め、「私は誰なのか、どこから来たのか、どこへ行くのか、人は結局何のために生きているのか?」など、多くの疑問が絶えず私を悩ませました。どうしたらいいのかわからなくなったとき、私はよく人生のことやキャリアのことを妻に相談し、妻は大法の本から学んだ法理を私に助言してくれました。それで私は徐々に、大法が私の疑問の多くを解決してくれるのだとに気づきました。『共産党についての九つの論評』を聴くたびに頭痛がしていましたが、明慧ラジオの「神伝文化」という番組を楽しく聴くようになって、心身ともにリラックスできました。
2020年、世界的なコロナという疫病が発生しました。この突然の天象変化の下で、人々の仕事や生活が行き詰まり、海外に滞在している私たちは友人にも会えず、外出することもあまりできなかったので、考える時間が多くなり、妻とよくいろいろな問題を話し合いました。ある日、妻が「自分で本を読んだらどう? あなたの疑問はすべて師父の本に書いてある」と言いました。少し恥ずかしくなった私は、「どうして私が本を読まないことを知っているの?」と言い返しました。その日から、私は妻と一緒に『轉法輪』を読むようになりました。私は読書障害で、本を読むのは苦痛と感じます。他の人は一目で10行も読めるのに、私はすらすら読めず、単語ずつしか読むことができません。しかし、大法の本を読むことは意義のあることだと認識していたので、努力すれば、自分で読み終えられると思いました。ですから、法を学ぶときは、私が読み、妻がそれを聞きながら、間違ったところを直したりしてくれました。私たちは、1日一講ずつ読み、とてもゆっくりしたペースで、やっと私の人生での1回目の『轉法輪』を読み終えました。二十数年ぶりのことで、感動と感謝の気持ちでいっぱいでした。体がすっきりし、悟りを開いたようです。本当に興奮し、感激し、この瞬間を人生で待っていたと深く感じました。
妻の助けを借りて、私は五式の功法を学びました。第二式の功法では、妻は1時間煉り、30分の音楽があることを私に教えてくれなかったので、最初から妻に従って1時間煉りました。毎朝の煉功は、汗を流し、歯を食いしばって我慢して終わるまで煉りました。その後、新しい学習者から30分の第二式の功法を始められることを知ったときは、妻に怒りを表しました。しかし、この経験のおかげで、私と同時に功法を学び始めた新しい学習者の中では、私が一番早く第二式の功法に慣れました。「抱輪」を煉るときはいつも気分が良いのです。
第五式の功法を学ぶのもまた、私にとって非常に苦痛な過程でした。はじめは片足を組むだけで、左膝を高く突き出しました。半年後にはやっと、正常に片足を組めました。しかし、両足を組むことができてから、静功が1時間できるまで1年以上かかりました。静功を行うとき、痛みで苦しくて耐えられないとき、いつも「忍び難きは忍びうる。行ない難きも行ないうる」(『轉法輪』)と、念じ続けていました。涙や汗が出たり、体にいろいろな感触があり、画像もたくさん見えました。振り返ってみると、大変苦労したのですが、修煉を向上したという感じは本当に忘れられないものです。
コロナが流行したため、非常事態が長く続き、私たち夫婦は家にいる時間が多くなりました。これは学法の時間の保証と私が正法の進展についていけるようにという環境を整えてくれました。師父のご按排に感謝しています。私たちは毎日、『轉法輪』を学ぶだけでなく、1~2日ごとに師父の各地での説法を一冊ずつ順番に学び、「法を正す時期の大法弟子であることの意味、旧勢力とは何か、大法を実証する方法、なぜ大法弟子が大法の真相を伝えるのか、なぜ衆生を救わなければならないのか」などを理解することができました。
その後、私は妻について出かけ、大法の真相資料を配布し、常人の友人に会って大法の真相を伝え、「三退」を勧めることにしました。その後、私は同修の紹介で、大法を実証するプロジェクトに参加しました。
プロジェクトを行う中で、私はしばしば師父の加持と啓発を感じ取ることができ、絶えず霊感を得ることができたので、プロジェクトの中の自分の担当部分はかなり効率よく、早く完成させることができました。プロジェクトチームとの共同作業では、多くの関を乗り越えることと試練を経験し、その過程で学んだ法理から、遭遇した問題に対して内に向けて探し、すぐに多くの葛藤を解決し、心性も向上しました。
乗り越えられない心性の関に遭遇した時、私はしばしば師父から啓発を受けることを感じ、そして、「これらの心苦しくさせるトラブルは、まさに師父が按排して下さった向上する良い機会ではないだろうか?」と、考えが修正できたのです。徐々に、修煉とは自然の成り行きに任せることであり、軽率なことをしてはいけないし、有為にやってもいけないと認識しました。常に法の上で理性で問題を見ることを学び、修煉者だということを忘れずに物事を対処することにしています。
また、常人の友人と親戚に大法の真相を伝えるときでも、時々師父からの啓発を感じることがありました。事前に発正念をし、交流文章を見聞きしたりして、相手に合わせて真相を伝える切口がわかるようになりました。その中に態度が悪く、理解できず、非難してくる人がいても、私はなるべく心を動じず、内に向けて探し、「真・善・忍」の基準を持って、自分を見つめ直すように努めました。相手が大法のことを理解し、「三退」することを選択したとき、私はその人の目覚めを心から喜びました。
私たち夫婦は、この3年間の修煉の中で、基本的に毎日2時間の学法、朝の五式の功法、発正念を行うことができ、うまくいかない時には向けて探すこともできました。時々、修煉状態が悪いと、関を乗り切れない時もありましたが、正念が出て来ると、師父からのご加持を感じ取り、状況が「柳暗花明又一村」(『轉法輪』)というようになります!
振り返ってみると、この3年間は、隔世の感(変化が激しく、まるで世代が変わってしまったような感じ)です。私は修煉の道に入って長くないのですが、なぜか、師父がずっとそばにおられる気がします。私は法から離れたことがないと感じています。それはきっと、私の生々世々は法のために来たからだと思います。
師父のご加護、数え切れないほど按排してくださったことに感謝しています。師父への恩返しは、もっと精進し、確実に修煉すること以外にないと思っています!