努力して、よりよい協調人を目指す
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文/中国の大法弟子

 私は1994年の年末から修煉を始めた大法弟子で、ずっと地元の協調人をしています。昔を振り返ってみると、本当に大きな苦しみをなめ、多くの関門を乗り越えてきました。一つひとつの体験を書き出すと長編小説にもなります。今日は、私が悟った喫緊の課題である協調の問題だけをまとめてみました。

 法を必ずよく学ぶことです。私は毎日『転法輪』1講と経文を2時間、学法しようと決めました。恥ずかしいことに、今は毎日『転法輪』を1講しか学法できず、2時間の経文の方はできていません。私には毎日の常人の仕事はありません。しかし、資料拠点の機械・器具など備品の修理、消耗品の購入に、ほとんどの時間をとられています。

 4回の発正念の時間をしっかり守り、さらに、より多く発正念することです。私の地区の3分の1の同修は今、あまり発正念していないと思います。師父の発正念に関する経文を多く読んで、多く悟り、同修と交流すべきです。発正念の時は集中し、周囲からの物音に対しても気にしないようにすべきです。

 全体が協調することは非常に重要な問題です。協調がよできている地区は、環境も徐々に正されますが、協調がよとれていない地区は邪悪がはびこり、大法弟子の間の隔たりもとても大きいのです。同修間にトラブルが発生することは正常なことですが、肝心なのはトラブルの中で双方が内に向けて探し、できるだけ早く昇華し、向上すべきだということです。これらのトラブルにより衆生を救うことを遅らせてはならず、より多く発正念して妨害を取り除くべきです。中国大陸の大法弟子は比較的嫉妬心が強いのですが、根基はとても良く、王がたくさんいて、長い歴史上の恩怨も多いのです。これらの要素は、協調する上で、一定の難しさをもたらします。しかし、私たちは必ずよく協調しなければならず、師父のお教えを忘れてはなりません。

 自分にとって耐え難くつらい指摘をする同修に対して、修煉の向上の機会を与えられたと認識し、内けて自分を修めなければなりません。同修に協調してもらう前に、自分から同修に協調し、同修間の隔たりをなくし、同修を心から理解すべきです。命令によって強制することは絶対にしてはならず、同修にも慈悲をもって対処すべきです。内に向けて探すことは万能のあり、内を修め、外を安定させるべきです。

 他人からの称賛に対して喜んではなりません。やがてその同修から批判されるかもしれません。他人からの指摘で内に向けて探すことができ、それを嬉しく思うべきです。あなたはまた向上したのではありませんか!

 不足の部分は同修の慈悲なるご指摘をお願いします。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2011/9/24/247115.html)     更新日付:2011年10月3日
 
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