【応募作品】初めて法会に参加した思い出(一)
■ 印刷版
 

文/中国の大法弟子

 【明慧日本2012613日】それは大法の修煉を始めたばかりの頃で私は1996法会に参加した時のことでした。

 あの時、私はある部門の責任者で、いつもあれこれの会議ばかりに参加していたため、会議と聞くと、いらいらして参加する気がありませんでした。私本人も時々会議を催しており、会議開催する大変さがよく分かっています。誰会議に参加する気がなく、しかも多くの会議は、縁台の下の観衆席に座る人より台の上の貴賓席に座る人のほうが多いという有様で、中身の無いものでした。従って、会議と聞くと、私は頭が痛くなりました

 そんなある日、妻に法会に誘われました。私は「会議って? 行かないよ」と断わりました。妻は、法会は普通の会議ではなく、修煉者の交流会で、場所がそれほど広くないため、多くの人参加したくても参加できないと説明してくれました。私は修煉を始めたばかりで、法会が何か分かりませんでしたが、好奇心の働きで法会に参加しました。

 妻の教えに従って、朝7時に会場に着きました。常人社会の会議は、8時に開始するなら往々にしてみな9時に到着し、10時から本格始まります。7時に着いたんだ。早かったでしょう」と私は満足気に思いました。しかし、外に誰もおらず、会場はどこだろうと私は迷いました。

 前の方で、次から次へと多くの人が広い工場のような建物に入っていのを目にしました。会場の場所を聞こうと思って私もついて入りました。私は吃驚しました。こは広い食堂で、正に法会の会場でした。男女老若に関わらず皆静かで、正しい姿勢で足を組んで座っており、誰も話ず、警備やスタッフも必要ありませんでした。床に座っている人がいっぱいいましたが、椅子は空いていました。皆後に来た人に椅子を譲っていました。思想境界は確かに違います。

 しばらくして椅子も満席になりました。会場全体を見てみると、黒山のような人だかりの中で、50歳以上の年配者が7割以上を占めており、10代から90代まで各段階の年齢層の人も集まってました。それほど多くの人が集まって一日の会議に参加することは絶対にたやすくはありません。この方面のことを、私はたくさん経験しました。ある日、私は会社で定年退職した人を招集し懇親会を行いました。300人の会議でしたが、大変苦労しました。私は会社の各課から数十人の熟練社員を選び、会議組、応接組、医療組、食事組、送迎組などを作り、出席者一人一人を家から支えながら車に乗、会議終了後に、また一人一人を支えながら家まで送りました。それなのに、不満な人がまだ多くいました。階級で席順を並べていないとか、料理の味が合わないとか、薬が偽物とか、スタッフの態度が悪い等など、問題山ほど指摘されました。今日、それほど多くの年配者がここに集まって一日の会議に参加して、コンクリートの床に座っていて、更にスタッフも警備もいなくて、本当に大丈夫だろうかと私はちょっと心配しました。

 この時、側から1人が前に出て来て交流会が今から開始すると宣言しました。私は気づきはじめました。会場の前に1台の机があり、机の中央に合わせて上から高さ2メートル、幅1メートルの法輪図と師父の写真を掲げられており、両側の壁に「法輪大法は素晴らしい」と「法輪大法は正法である」との掛け軸が掲げてありました。机の前に1台のテーブルが置いてありました。

 (続く)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2012/5/18/256816.html)     更新日:2012年6月14日
 
関連文章