文/北京の大法弟子
【明慧日本2015年9月1日】
(三)正しい悟りで病魔を取り除く
ここ数年を振り返ると、私は何度も業をうまく乗り越え、身体の病業の関を乗り越えました。心臓が痛くて動けなくなった時、師父に助けを求めると、すぐに痛くなくなりました。ある日の昼に私が休んでいると、夢で中で突然水に落ち、下半身が沈み上半身は水面上にあり、資料を入れたカバンはまだ岸にありました。大声で師父に助けを求めると、次の瞬間、すでに岸に上がっていました。
病業は年配の弟子にとって越えることは難しいのですが、しかし必ず越えなければならない関です。時にはそれは生死を左右する試練となります。近くにいる同修や私自身も切実に深刻に経験してきました。
一昨年、68歳の同修が電話して来たので行ってみると、私が着くなり抱き付いて泣き出しました。私がその同修の体を見みると、腰の部分の皮膚がただれて膿が出ていました。「これはいいことです。功が高まるように、今後たくさん学法と煉功をしましょう。師父が仰っている三つのことをしっかり行えばかならず乗り越えられますよ」と笑って言いました。同修は法の中で今回のことを認識するとすぐに良くなりました。
ある地方の78歳の同修に呼ばれて行ってみると、同修の息子の嫁が同修のおむつを洗っている所でした。「嘔吐をして1週間食べられず苦しい思いをしています。もう資料も作れません」と同修は言いました。私は発正念をして、同修を起こして椅子に座らせると、「やっぱりだめだ」と言ったので「やらなければならないことはやってください。魔の按排に従ってはいけません」と言いました。「資料を持っていきますか」と尋ねたので「もちろん持っていきます」と私は言いました。さらに「明日、私あてに資料をこことここに送ってください」と要求すると、同修は資料を作り始めました。次の日私あての資料を送るために外出して、そのうえ資料まで配りました。
さらに、78歳のある同修は、昨年私に電話して来て、「私はもうすぐ死ぬ。もう生きていけない。永遠のお別れです」と言いました。私は同修の話を聞いてすぐに「同修が言ってることは間違っている」と思い「ちょっと黙りなさい。師父は人を救うために毒薬をお飲みになりました。あなたはこの程度のことにも耐えられないのですか。あなたは毎日師父の法を読んでいるんでしょう」と言いました。「もう生きていけない。もう生きるのは嫌だ」と同修はやはり叫びました。電話は邪悪に盗聴されているので安全上の問題があります。はっきりと話せない内容もあるので、「毒薬はどんな味か、あなたは知っていますか」と言うと、同修は叫ばなくなりました。私は電話を置き、一晩中発正念をし、次の日朝早く電車に乗って同修に会いに行きました。そして、私たちは笑い合いました。同修はすぐに正常に回復しました。
2013年1月19日、私は突然全身の力が抜け、悪寒がひどくなり、意識がはっきりしなくなりました。強い心臓の痛みで目が覚め、私の体はどこも動かすことができなくなりました。まるで硬直した死体のようにまっすぐに体を伸ばしたままベッドに横たわっていました。そこで、私は師父に助けを求めました。私は師父がいらっしゃったことに気づき、そこで意識がはっきりました。つま先が動かせるようになり、手の指も動かせるようになりました。「起き上がってみようと思います」と師父に話し、ゆっくりとベッドの上に座り、座禅を組みました。しかし腰が痛くてたまらず、触ってみると、腰一帯に水疱ができていました。一部が破け、黄色い液体が流れ出し、それがべとべとしていました。頭の中で「息子に電話して来てもらおう」という考えがひらめきましたが、「ばかな! どうしてそんなことを考えるのか」と考え直しました。私は1人で大きな家に住んでいますので、師父に助けを求めるしかないのです。
次の日の朝8時、私は同修に電話して来てもらいました。発正念をしてもらい、ご飯も持ってきてもらいました。私が水で洗ってみると、右半分は少し良くなり、そんなにねばねばしなくなっていました。「忍び難きは忍びうる。行ない難きも行ないうる」[2] 「どんなに大きな出来事が起きても、何もなかったかのようにし、いつもと変わらず大法弟子が行うべきことを行ってください。これは皆さん今日歩む道であり、皆さんが残した威徳なのです」[3]という師父が説かれたことを思い出しました。すると、私は自分で動く事ができるようになりました。「資料を配って人を救うことを止めてはならない」と思い、いつもと同じようにバスに乗って出かけ、縁のある人に資料を手渡しました。資料を配っている時は元気が良かったのですが、資料を配り終えると自分では歩けなくなりました。どのようにして家に帰ったらいいのでしょうか。その時、一台の輪タク(自転車式のタクシー)が私の前に停まるのが見えたので輪タクに乗って家に帰りました。
私はやはり、いつものように毎日三つのことを行いました。数日が過ぎ、まだ完全に治っていなかったので、緑豆(リョクトウ)解毒のことを思い出しました。人心が出て来て、緑豆を煮て作ったスープをたくさん飲むとこれが悪い結果を生みました。もともと黄色い液体が流れ出していなかったところも皮がめくれ返り、ガンガン痛くなりました。今でも左もものつけ根が少し痛く、左右の手の甲に一元硬貨ぐらいの大きさの腫物の跡が残りました。
私は72歳ですが、今でも私が歩くと「健脚飛ぶがごとし」だと人は言います。今回の関は後になって思い返してみると私の体を浄化する現れだったのです。私の体を金剛不壊の状態に達せさせるためのものだったのだと気付きました。
今後、私は必ず努力に努力を重ね、より多く学法し、より多く煉功し、より多く発正念し、より多く三つのことを行い、師父の慈悲な済度を無にしません。最後に、偉大な師父に最高の敬意を表します。
(完)
注:
[1] 李洪志師父の著作:『轉法輪法解』
[2] 李洪志師父の著作:『轉法輪』
[3] 李洪志師父の著作:『各地での説法六』「二〇〇四年ワシントンDC法会での説法」
(明慧ネット第10回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)
(English: http://en.minghui.org/html/articles/2013/11/27/143401.html)