明慧法会|無私で怯むことがなければ、進む道は広がる(三)
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明慧日本2015年10月3日】

(三)神は人間世界におられる

 師父はそばにいらっしゃいます。これは確かなことです。どんな魔難の中でも、正念を保ち、恐れる物質が生じたら、それに怯えることなく、それを見分けて、除去します。

 1、師父は近くにおられる

 師父は私たちの近くにおられます。これは本当です。1998年に修煉を始めて以来、常にそれを体験してきました。修煉を始めたころの事を話しましょう。

 私は他の学習者より足を組むときの痛みが激しく、煉功点で皆1時間座禅できていても、私は10分ぐらいしかできず、それも胡座でした。煉功終了後、70、80代の年配の同修をも含め、皆さんが帰った後、当時30代だった私だけがそこに座ったままで、足の痛みで立ち上がれませんでした。皆が足を組めるのに、なぜ私だけができないかと本当に焦っていました。

 ある晩、私は「神通加持法」を煉っていましたが、口訣を念じた後、「師父、業力を早く消去できるように、弟子を加持してください」とお願いしました。すると、脚がひどく痛み出し、私はすぐ脚を崩してしまいました。そのとき、師父の写真の方向から「トウフ」(中国語の発音、佛をからかうなという意味)という声が聞こえて来ました。私は妻に「豆腐」という声が聞こえたのかと聞きました。妻は「もう深夜なのに、どこで豆腐を売りますか」と答えました。私はすぐ分かりました。「師父、弟子を加持してください」というのは戯言ではないということを。師父は近くにいらっしゃいます。私はすぐ脚を組み直しました。それからどんなに痛くても我慢して、崩しませんでした。脚を組んでから、痛みのあまり気を失ったこともあります。この難関を突破してから、身体は軽くなり、夜寝るとき、布団をかけると、人も布団も一緒に浮き上がりました。窓のそばに座って学法すると、本を手にもったまま浮き上がりました。『轉法輪』に書かれている現象を私は自ら体験しました。

 2、魔難の中での一念

 数年前、私たちの資料拠点が数十人の警察官に包囲されたことがあります。当時私は部屋のなかにいましたが、部屋の窓に鍵がかけられていませんでした。1人の警官は外側の窓を開け、「あなたが見えた、あなたが見えた」と叫びました。この危機一髪のとき、私は直ちに座って、正念を発しました。弟子にもう一回チャンスをくださるように師父にお願いしました。

 正念を発しているうち、外のことが私から遠ざかって行くと感じ、突然誰かが「しまった」と叫ぶ大声が聞こえました。正念を発した後、外に出てみると、私を包囲していた警官は1人もいませんでした。このように、私は師父に守られて、安全にそこを離れました。

 3、誰が怖がるのか

 ある日、資料拠点の1人の同修が一晩帰らず、警察に連行されました。翌日私たちの居住区は警官たちに包囲され、居住区の各出入口は警官に見張られていました。私はもう1人の同修に「私たちは出ていかなければなりません。一緒に出ましょう」と言いました。一つの出口を選んで、バイクに同修を乗せ、正念を発しながら出入口に向かいました。

 その出入口は国保大隊の大隊長が見張っていましたが、「私は自分の道を歩む、誰も私を阻止できない」と考えながら、国保大隊長に近づくと、バイクのスピードを上げました。彼はびっくりして、道を空けました。私と同修は警官の目の前から、そこを離れました。

 数年後、当時の国保大隊長に会いましたが、彼は「そのとき、あなたは私にぶつけて、殺す気だったのですか?」と言いました。「修煉者は人を救いに来ていますので、1匹の蚊さえ殺しません。人を殺すなんてありえないことです」と私は答えました。「あなたも死を怖がりますか」と聞くと、隊長は「当然ですよ。私にも家族がいます。あなたのような人に会ったら怖いですよ」と答えました。

 4 、警察が見張る中で、資料を移した

 私と同修が無事脱出した翌日、私は資料を移すため、資料拠点に戻ろうと考えていました。当時警官は私たちが住んでいた居住区を知っていましたが、資料拠点がどの部屋かはまだ知りませんでした。同修は危険すぎると、戻ることに強く反対しました。そのとき私は冷静で、正念も強く、何も考えずに資料拠点に向かいました。

 居住区の周りには私服警官がうろうろして見張っていましたが、私は警官らが遠く離れるように正念を発しました。すると、警察官たちは2、3人ずつ散歩するように、 互いに50メートルぐらい離れました。「まだ足りない、見つかれやすい。また50メートル離れさせよう」と思い、発正念を続けました。その警察官たちはさらに 50メートルぐらい離れました。

 私は順調に居住区に入り、部屋の資料を片付け、梱包していましたが、その時、突然ドアを叩く音がしました。当時ちょうど夏の昼ごろで、暑さのせいか恐怖のせいか、汗がいっぱい出てきました。怖がる物質に対して、私は正念を発しました。時間が経つにつれて、空間場がきれいになりまし た。「迫害される」という概念がなくなると、私は四つの資料袋を持って部屋から出ました。

 「本当に大丈夫だったのですね。こんなに多くの資料を持ち帰るなんて」と同修は言いました。四つの資料袋には大法の書籍、真資料、掛け軸、同修の着替え用の衣類などが入っていて、私の私物は一つもありませんでした。

 5、無私であれば、恐れることはない

 私の体験ですが、同修を救出するとき、一心に同修のことを考え、真相を伝えるとき、一心に人々のことを考え、北京へ陳情に行くとき、大法を実証することだけを考えれば、自分が大きくなります。

 1999年7月20日に中国共産党が法輪功に対する迫害を始めたとき、たくさんの修煉者が道義のため、振り返ることなく、北京へ陳情に行きました。一緒に行った20数人のなかで、私ひとりを除いて、皆山海関で警官に連行されました。私はやはり北京に行くべきかどうかと考えて、行かなければならないと結論を出しました。その日の夜、ほかの同修と一緒に車に乗り、北京に行きました。着いたとき、車から降りると、10数人の同修が警察に連行されました。陳情するどころか、話すらできない状況を見て、私は脱走しました。府右街に行ってみましたが、見張りの警察が密集していて、陳情事務所には近づけませんでした。陳情事務所の正門も完全に閉められ、正門前にも私服警官がいっぱいいました。2日間周辺を歩き回りましたが、陳情事務所に入ることはできませんでした。

 家に帰ってから、すごく辛い思いをしました。ご飯も食べられず、夜も眠れませんでした。「どうして自由に話をする場所がないのか」と考えました。もちろん中国共産党は邪悪ですが、自分自身にも問題があると思いました。恐れる心があり、仕事を失う心配、命の危険を感じ怖がる心、これは「私心」でした。

 この「私心」を捜し出すと、心が軽くなりました。もう一度北京へ陳情に行こうと決めました。「お金を出して、ほかの人に行かせ、あなたが行かなくても、いいじゃないですか」と妻は言いました。「修煉者はお金ではなく、心でことを行います」と私は答えました。当時、義父が共産党のウソの宣伝を信じ、「北京に行ったら、命はなくなるよ」と懸命に私を阻止しました。私は「危険があってもまばたき一つしません」と答えました。義父は「勝手にしろ、私が知ることか」と諦めました。

 その日、私は仕事の終了後、家の鍵を事務室に残し、駅に行きました。北京に行く列車を待っていたところ、8、9歳ぐらいの物乞いの子供がやって来て、待合室の1人1人にお金を要求していました。小銭があったら、あげようと思っていたとき、その子供が私の前に来て、私の太ももを叩きながら、「あなたは素晴らしい!」と大声で言い残して、去って行きました。私はすぐわかりました。これは師父がこの子供の口を借りて「よく人間から出られました」と私を励ましていらっしゃると感じました。

 北京に着くと、陳情事務所はすでに有名無実の存在になっていて、修煉者を全く受け付けず、各地の北京駐在事務所と協力して陳情者を逮捕していました。私は中央弁公庁と国務院弁公庁から3人のスタッフが出てくるのを見て、彼らに「お待ちください!」と声をかけました。彼らは「何ですか」と私に聞きました。私は「法輪大法は不公平に扱われています。このままではいけません! 私は実情を話しに来ました」と彼らに答えると、彼らはメモを取りました。

 私は自分の実名と住所を伝えたあと、法輪大法を修煉してから、道徳が向上し、白血病も治った事実を伝えると、最後に彼らは私の言ったとおり、「法輪大法は宇宙大法である!」とメモしました。

 陳情から帰ったある日、職場の幹部がすべての職員に向けてビデオを放映していました。開始部分を見ただけで、法輪功を中傷するものだと分かりました。私は「どうしてまだ分からないのですか? 私はまた北京へ陳情に行く必要がありますね!」と言いました。職場の幹部はすぐビデオの放映を止めて、「もういい、放映するのをやめるから、行かないで!」と言いました。

 このようにして、1999年7月20日から今までの15年間、私は大法を実証する道を歩みながら、絶えず「私」を捨て、人間から出ることができました。同修を救出する活動の中で、警察とのやり取りの中で、誰も私に名前を聞いたことがありません。ただ一回だけ、ある同修の地元の幹部に修煉者は良い人だと伝えた時だけ、その幹部が私に同修とどういう関係なのかと聞いたことがありました。「兄です」(私は同修より年上)と答えました。それ以外、誰にも聞かれたことがありません。

 「私」がなくなればなくなるほど、自在になり、道も広くなります。周囲も穏やかになり、ことが順調に運びます。私たちが一心に衆生のことを考えれば、「真・善・忍」の法の光は私たちの身体から現れ、世の人々を呼び覚まし救うことができて、彼らは大法の広大な恩恵を得ることができます。

 師父の慈悲と済度に心から感謝します!

(完)

(明慧ネット第11回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2014/11/11/299973.html)
(English: http://en.minghui.org/html/articles/2014/11/15/146865.html)