修煉に励む
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文/日本の大法弟子

 【明慧日本2014年3月11日】私は広島で農業をいとなんでいる65歳の修煉者です。 法輪功を習い始めて1年7ヶ月がたちました。

 最初、気功は体操の一種だと思い、私の想像していたイメージとはずいぶん違っていました。回を重ね『轉法輪』を読んで行く中で、気功は修煉だと分かりました。心性を向上させる。これはお寺の説法よりずいぶん分かりやすく頭の中にすーっと入って来ました。寿命を伸ばす事ができる食生活、運動と色々日常気を付けていましたが、気功を修煉すればそれらが出来る事、業力の転化、黒い物質と白い物質など、本当に分かりやすく実行しやすいです。

 3ヶ月ぐらいまで、私は、動功静功学法をする程度でしたが それから色々な行事に参加の声をかけていただいて行動が始まりました。 広島と福岡の神韻を見に行き、皆さんの上手な演技に感動しました。4月は李先生のご生誕日をお祝いする会、5月は広島フラワーフェスティバルのパレード、6月は真善忍国際美術展に参加させてもらいました。今の世でも中国でこのような迫害がある事は、本当に悲しい事です。 8月6日には、広島平和公園で署名活動をさせていただきました。法輪功の行事は徳を積むことだと思い参加しています。

 気功は私には修煉の場、また癒しの場でもあります。五式の動作の後は身体が軽くなり気持ちがよいです。座禅は忍の心で修煉しています。私はこの音楽がとても好きです。人間の情を越え、慈悲の心を感じて涙が出て来ます。この時間が自分の心の修煉の時間だと思っています。 最近は60分の座禅に挑戦しています。 45分ではあまり苦痛を感じませんが、60分は苦痛を感じます。座禅をしていると、いつの間にか邪念が出て来ます。家でゴタゴタがあった時は特にそうです。何かあったとき、外に向かうのではなく、内に向かって原因を探すと、私の言葉のかけ方が悪かったり、言葉の暴力をたくさん使っていたりしたことに気づきました。

 また、普段から相手の良い所を見つけ、相手の悪い事は絶対に言わず、相手をたてるように気を付けています。以前は相手の行動が気に障ることが多かったわたしが、このように考え方が変わりました。 「何でこの人は言われたことしかしないのでしょう」と思った時は、やってくれたことに感謝できるようになりました。「なんてこの人はおっちょこちょいなんでしょう」と思った時は、「楽天的ですね」と思い、「消極的な人だ」と思った時は、「慎重な人ですね」と思えるようになりました。「子供に対してなんて甘い人でしょう」と思った時は、「優しい人ですね」と思えます。「鈍感な人だ」と思った時は、「おおらかな人ですね」と思えるようになりました。

 『轉法輪』の中で、「良い事でも頑張ると他人に害を与えるかもしれません」と書いてあります。 最初は意味が分かりませんでしたが、何度も読んでいるとなるほどと思いました。私は農家でお米を作っています。穂の出る時期は特に水が必要です。私の田んぼは1番上ですから、自分がたくさん水を引いて努力すればりっぱな穂ができますが、そのかわり下のほうの田んぼの持ち主は水が不足してしまいます。3回に1回は、慈悲心で下の田んぼの人のために水を少なめに引くようになりました。

 心性を修め、徳を失わないよう、いつも心がけて日々を送り修煉に励みます。もっともっと人と穏やかに話のできる人になりたいです。私の顔も佛様の顔のように、穏やかな慈悲心の顔になりたいものです。私たちは静かなきれいな場所で修煉できるのでありがたいです。お世話してくださる方には、色々と気を使ってくださり頭が下がります。いつもありがとうございます。

 (二零一三年日本法輪大法修煉体験交流会で発表)

 
 
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