アルゼンチンの若い大法弟子の修煉体験
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文/アルゼンチンの大法弟子

 【明慧日本2020年10月20日】

 慈悲深い師父、こんにちは。

 同修の皆さん、こんにちは。

 2010年、私がまだ15歳の時、姉は法輪大法の修煉を始めて、私にも修煉を勧めました。 しかしその時の私は、友人との遊びやパーティーにはまり、麻薬を使用し、酒とたばこに溺れて、異性と関係も持ちました。とても反抗的で、友人の家で徹夜でパーティーをし、学校での成績も悪く、留年になりかける状態だったのです。それは人生の最低の時期でした。

 若かったとはいえ、体調は良くないし、耳下腺がよく炎症を起こしていました。物心がつく時から、何週間もベッドに横たわって熱を出していることがよくありました。この病気と一生付き合っていくことになると医者に言われました。

 その時、寝るたびに体がしびれて動けなくなり、何かが首を掴んで体に巻き付いているような気さえしました。そのため、寝ている間に私がもがいている音が聞こえたら、私を揺さぶって起こしてほしいと母に頼みました。その結果、母は私を見守らなければならない状況でした。その状況が数カ月続き、私も疲れ切って、どうして「寝る」という最も簡単なことさえできないのだろうと思って絶望に陥りました。

 やっと修煉に入って、体験した素晴らしさと喜び

 それから約1年後の夏休み、私は心の虚しさを感じ、「どうしてこの世に生きているんだろう」と思っていました。ある日、姉の部屋に行って『轉法輪』を借りて読み始めました。第1講を読み終えた時、師父の手のひらに座っているような感覚がしました。それは私が見つけた唯一の表現で、当時の感覚に一番近い言葉です。とてつもない安心感で、心が喜びでいっぱいになりました。そして、私の人生はぐっと変わりました。 タバコとお酒を止めてパーティーと無縁になり、落ち着くようになって凛とした人間になりました。

 1カ月間の修煉を経て、睡眠が正常になり、それだけでなく、今まで体験したことのない安らぎを感じました。毎朝早起きして『轉法輪』を少し読み、通学バスの中で残りを読みます。修煉者として、日常生活の中であらゆる面でより良い人になろうと心がけ、だんだんと私は良い生徒とみんなの良いパートナーになりました。勉強もすぐに向上して、先生たちは私の豹変ぶりに驚きました。私もこの機会を掴んで法輪大法を修煉していること、自分がどのように大法の恩恵を受けているかを先生たちに伝えました。先生の依頼を受けて、私は生徒全員に法輪大法を紹介して功法も教えました。

 師父はいつも私を励まして下さった

 修煉を始めたのですが、それに伴って試練もやってきました。母が私の修煉に反対し、私が学法煉功をしているのを見ると、怒って「止めなさい」と怒鳴ってきます。ある日、母が怒鳴った時に、突然、母の周りに複数の師父の法身が現れたのが見えました。これは師父からの励ましで、母の反応は私に対する一種の試練であり、私の業力を消去しているのだと師父は私にご教示をなさっている、と瞬時に理解しました。

 同修と相談してから、母とコミュニケーションを取る必要があると思いました。正念を持って母と会話して、法輪大法の素晴らしさを教え、私の修煉を尊重してほしいと頼みました。母はようやく私の選択を理解し、私の信仰に疑問を抱かなくなりました。

 ある日、こんな夢を見ました。とても美しくて二つの巨大な翼を持った天使が私の前に来て、「何があっても大法の修煉を続けてください。最後まで辛抱してください」と言いました。その時、彼女は私の元神そのものであり、私にメッセージを送りに来たのだと気づきました。天使が私をあるレストランへ連れて行くと、たくさんの人がそこでお祝いをしており、中に私の知っている人もいれば、知らない人もいました。夢の中ではっきりと分かったのは、彼らは私の世界の衆生であり、大法により救い済度されたことを祝っていました。

 色欲心を放下する

 思春期を迎える頃、私に悪い性格が多く現れ、例えば外見の美しさの追求、嫉妬、虚栄心など。何人かの彼氏を持ったこともあり、性行為までして、早くから色欲への執着を身につけてしまいました。

 修煉をする前に、友人の兄と付き合っていた頃、彼のことをとても愛していました。ある日、友人から「実は兄には彼女がいて、数年前から付き合っていた」と教えられました。耳を疑い、彼との関係を断ちました。修煉をして数カ月経った頃、ある日、その友人の家に行った時、彼女のお兄さんとばったり会いました。彼は、私と正式に付き合いたいと言って、また私に何かをしようとしましたが、私はすぐに断りました。

 実はその時、心が彼の言葉に動揺したのです。しかしそれは私の色欲心に対するテストだと分かっていました。彼は体の接触をしようとしましたが、私は断り続けました。膠着状態が1時間近く続いた後、突然、「彼は悪魔だ」という考えが脳裏に浮かび、悪魔に利用されて私を下へ引きずろうとしていると分かりました。その瞬間、彼はとても困惑した表情で私を見て急に立ち去ってしまいました。その時点で、自分は情と色欲の関を突破したと実感しました。これは修煉初期に経験した試練の一つで、修煉が進むにつれて、多くの試練もやってきました。良い修煉環境に恵まれて、堅実な学法の基礎も築いたため、私はほとんどの試練を突破しました。しかも毎回、関を突破した後、体が清らかで軽やかになったと実感しています。しかし、数年が経った頃、学法を緩めているうちに欲情が強くなってきて、以前のようにしっかりと欲情の試練を乗り越えることができなくなりました。

 ブエノスアイレスに来て1年後、複数の大法のプロジェクトを掛け持ちして忙しくなりました。その後、家族と旅行に行って、常人の中に浸り、学法と煉功を疎かにしていた私は、全く修煉者らしくなくなりました。何よりも残念なことに、私はまた男性と関係を持ちました。そのことをしてから私は生きている屍のようになり、あの時の自分の状態は、その言葉でしか表現できません。自分の犯した過ちを許すことができず、何日も落ち込んでいました。私がしたのは、衆生と師父を裏切ったことです。旅行から帰って、勇気を出して同修にそれを告白しました。

 そのことを暴露して、心の痛みが少し和らげられると思いましたが、実はそうではありませんでした。まだ多くの執着心を放下しておらず、自分の修煉はまだ浅はかで、表面上では修煉の形を取っていても内心の執着に触れていないことに気付きました。自分の抱える執着心に対して掘り下げて探し、厳粛に行なうことを心に決めました。

 嫉妬心、闘争心、挫折しやすい、情などが見つかりました。しかしそれらをどのように放下するかについては全く心得がなく、そのような状態は長く続きました。私は欲情の執着から反面に走って、暴飲暴食して身だしなみに全く気を遣わなくなりました。すごく太ってきて、体型は男性のようになり、いつも大きいサイズの黒色のスカートを履いていました。同修たちは、大法修煉者は美しい姿を見せるべきだと親切に指摘してくれました。どうやら、外見から私の内心の動揺を感じたようです。精神的な苦痛から逃げるために、私は長時間寝ることで自分を「麻痺」させて、今までのことを忘れたいと思いました。

 しかし、残念ながら、再び欲情の執着に陥ってしまいました。その時、元気のない私を見た同修たちに「何かあったの」と聞かれ、私はただ「今はひどい状態にある」と言い、恥ずかしくメンツを守る心理もあって、自分がやっていたことを全てオープンにできず、一部のことをさらけ出したとはいえ、一部は保留しました。今日の交流をきっかけに、隠したことを全部暴露して、長年自分を悩ませてきた鎖を解きほぐし、旧勢力の按排を否定したいと思います。

 長年修煉してきた今でも、放下していない執着心がたくさんあります。例えば、人生の伴侶を見つけたいという強い思いを常に持っています。そのため、男性との接触を慎重にして、男女関係について真面目に対処しています。私の交流が、他の同修にとって、私と同じような過ちを犯さないための助けになれば幸いです。

 旧勢力を否定して、自分を正す

 2012年にブエノスアイレスの神韻公演プロモーションに参加しました。昼夜を問わず、天候を問わず、街の隅々まで神韻を宣伝して、その仕事をとても楽しんでいました。修煉して以来、こんなに深い感銘を受けたのは初めてです。それまで、故郷で大法の活動に数回しか参加したことがなく、今回はフルタイムでプロジェクトに携わることができて、とても成長したと実感しました。

 当時はチケットの売れ行きがあまり思わしくなく、同修の間はコミュニケーションを取って隔たりを除去し、旧勢力に隙に乗じられないように、よく心性の交流が行われました。

 しかし、最初の3日間の交流は私にとってとても苦痛で、逃げたいとも思いました。その原因は、私と同じ都市から来たある修煉者はいつも激高して、他の修煉者の話を聞いている時に怒鳴ったり、人を傷つける発言をしたり、修煉者らしくない振る舞いをしていて、修煉者の「善」と「慈悲」の状態ではありません。彼女が我々の地元にいた時もそうだったので、現地では混乱を巻き起こしました。

 しかし、それ以上に驚いたのは、私の考えが彼女の考えと似ているところがあるということです。自分の考えが旧勢力の按排に符合したので、師父の言われたように、挫折に遭った時に内に向けて探すことを忘れたことに気がつきました。今まで自分の考えが如何に良くないものだったのかその時に分かりました。その考え方は旧勢力に順応したもので、 旧勢力はそれを利用して、私たちの間に隔たりを作ったのです。

 師父は「複雑な環境は、わたしは逆に良いことだと思います。複雑であればあるほど、その中から高人が現われてくるのです。こういうところから抜け出せるようでしたら、その人の修煉は最もしっかりしたものといえます。本当に修煉を決意できた人なら、わたしはかえってそれが良いことであると言います。トラブルがなければ、心性を高める機会を与えられなければ、あなたは向上していけないものです。和気藹々としていてどうして修煉できるでしょうか」[1]と説かれました。

 神韻の宣伝から私は大きく成長して、それから自分の修煉をもっと着実に行なうため、首都のブエノスアイレスに引っ越すことを決めました。その時、ちょうど18歳になりました。ブエノスアイレスに仕事が見つかったわけでもなく、あんなに大きい都市に親戚や知人が1人もいないと両親は心配しました。そこに行きたいのは就職や新しい生活を始めるためではなく、中国で起きている迫害をより多くの人に知ってもらうためだと私は両親に説明しました。

 振り返ってみると、ブエノスアイレスに引っ越すことはこれまで自分がやった最高の選択の一つでした。今になって、娘は大志を持って遠方に旅立ったと思うようになったと両親は喜んでくれ、私自身も真相を伝えることに励んでいます。

 以上は私の体得です。私と同じ失敗をしないように、他の同修にとって教訓になれば幸いです。時間も残り少なくなってきて、まだまだ放下しなければならない執着心がたくさん残っています。そして、どれだけ真相を伝えるプロジェクトに参加しても、どれだけ努力を払ったとしても、修煉にとって執着心を取り除くことが一番大切だと実感しています。

 師父、ありがとうございました! 同修の皆さん、ありがとうございました!

 注:
 [1] 李洪志先生の著作:『轉法輪』

 (2019年アルゼンチン法輪大法修煉体験交流会の発表原稿)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2019/10/7/394287.html)
 
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