天目が開いた修煉者の体験
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文/黒龍江省の大法弟子

 【明慧日本2021年2月11日】私は1996年に法輪大法の修煉を始めました。それまでは多くの病気があり、血小板減少、肝臓病、胆嚢炎、胆石、結腸炎、夜盲症などに苦しめられていました。結腸炎とは、便意をコントロールできなくて、よくズボンの中に漏らしたりするのです。そして胆嚢炎と胆石を治すために、薬液がしみ込んだシップを使っていました。シップをすると胆嚢の部位の皮膚が腐食して血が流れ出て、腐食した部分は黒斑になって、やっと消えたのは数年後でした。一方、一番ひどいのは血小板の減少で、血小板の数量は正常値の三分の一もありませんでした。皮膚を軽く触っただけでも飛び上がらんばかりに痛くて、私はもう長く生きられないと思いました。

 その頃、法輪大法を知り修煉を始めました。修煉した初日に天目が開きました。数日煉功してから全身の病気がなくなって、体がとても軽やかになりました。私の身に多くの奇跡が起きて、法輪大法の不思議な力が実証されました。ここでは一例だけを挙げます。

 修煉を始めて間もない頃のある日、夜中に足元から小川のせせらぎの音がして目が覚めました。足元を見てみると、布団、マットレス、毛布は全部水浸しになっていました。両足を確認しましたが、穴などはありませんでした。夫も目を覚まして驚きました。これは、師父が私の体を浄化して下さって、体内の悪いものを、足から排出させてくださったと分かりました。数日後、今度はへそから液体が流れ出てきました。水滴が水玉のように滴り落ち、それが2時間ほど続き、タオルと数枚のナプキンを使いました。

 1、姑に対する40年も溜まった恨みを取り除いた

 修煉してからは、真・善・忍の基準に従って自分に要求し心性を高めたのですが、姑に対する恨みだけはどうしても捨てきれませんでした。

 夫は農村の出身で、専門学校を卒業した後、都市部に仕事を見つけて定住していました。1970年代に私と結婚しましたが、痩せていてとても悪い人相をしている姑は、私に笑顔を一度も見せてくれたことがありませんでした。夫の実家に帰っても、私はいつもお腹いっぱいに食べることさえできず、姑は50歳にもなっていないのに、私たちに老後の生活費を要求し、私と夫は、借金をしたりしてまで姑に毎月送金しました。

 修煉する前は、姑の話題になると、私は心底溜まった恨みを抑えきれませんでした。姑は長年風呂に入らず、汚いと思って姑に近づきたくありませんでした。私と姑の間は表面上は平和を維持していましたが、心に隠している恨みは日ごとに膨らんでいきました。

 1996年、私は法輪大法に出会って、師父は私たちに親孝行を教えられています。「われわれは常人の社会の中で修煉をしているので、親孝行をするのも、子供をしつけるのも当然です。どんな環境の中でも人には親切にしなければならず、まして自分の身内のものの場合はなおさらです」[1]。師父のお教えの通りに努力して、心から姑に親切に接しようと私は決心しました。

 私は人心を放下してしてからは、よく姑に食べ物や、服とか生活用品を買ってあげました。ある日、姑がサンザシが食べたいと言ったので、私は市場に行きました。店主に「姑に買ってあげるものなので、少し良いものを選んでくれませんか」と頼んだら、店主は「今時、あなたのような良い嫁は珍しいですね、好きなように選んでくださいね」と言ってくれました。姑にサンザシを届けた時、姑は「私は2人の娘に、何回もサンザシが食べたいと言ったけど、まったく相手にしてもらえなかった」と、心に隠していた実情を私に教えてくれました。

 姑が83歳の年に、私は姑を連れて北京、広西などへ旅行に行きました。途中、姑が見たこと、食べたことのないものを見かけたら、私はできるだけ買ってきて姑に食べてもらいました。面倒を見る時の便宜を図るため、寝る時は、私は姑の布団に入って、雑談をしたり法輪功真相を伝えたりしました。また、姑が汚した下着を洗ったり、入浴を介助したりしました。姑はとても機嫌が良くて何でも私に話してくれました。

 旅行から帰ってからは、真相を伝える時、夫はいつも皆に「妻が私の母の布団に入って、一緒に寝ることができるなんて、これまでは考えもしませんでした。昔は、嫁姑のバトルはすごいものでした。大法は本当に素晴らしいです! 妻の師父は本当にすごい人です!」と話しています。

 2、神通力を使う

 1998年から1999年までの9カ月余りの間、毎朝坐禅をすると、体が地面を離れて宙に浮き上がるようになりました。しかも二つの座布団もお尻から離れずに、座布団も浮き上がるのです。私はリビングで煉功しているので、家族がトイレに行く時はリビングを通ります。ある日の早朝、夫の足音が聞こえた時、ちょうど私の体が宙に浮いていました。心の中で師父に、「浮いている光景を夫に見せるか見せないかは、師父が決めてくださいませんか」と懇願しました。結局、その光景を夫は2回見たことがあり、3人の娘はそれぞれ1回目撃しました。家に来客がいる時には、師父はその光景を見せませんでした。その時は、宙に浮いていた私は突然床に落ちました。宙に浮く現象は9カ月余り続きました。

 1999年7.20直後、夜中の12時に、私の部屋の窓に直径60センチぐらいの大きな法輪が現れて、放った光は昼の日光のように部屋を照らしました。眩しかったため、真ん中の卍がぐるぐる回っていることだけがはっきりと見えましたが、ほかの部分ははっきり見えませんでした。これは、師父が励ましてくださったのだと思いましたが、しかし、その時から天目が開いたとは思いもしませんでした。ある日、一緒に病の難に陥っている同修Aさんのために発正念をしていた時、私は突然、他の空間の光景が見え、他の空間でAさんは油まみれの黒い穴に落ちていました(後になってAさんがタバコを吸っていることを知った)。その空間で私はAさんを上へ引っ張り、そしてAさんが自力で歩けるようにと、皆に発正念をお願いしました。するとリウマチを患って長い間歩けなかったAさんは、すぐに歩けるようになりました。その時から、自分の天目が開いて神通力を備えていることがやっと分かりました。

 神通力を駆使して、大法の素晴らしさを実証する道はまた大変なもので、心性に対する要求も高くなります。一時、煉功すると元神がよく体から出て他の空間に行きました。他の空間はとても艶やかで綺麗で、ナスの長さは数メートルもあり、いんげん豆も数メートルもあり、木の幹は虹のような光を放ち、木に色とりどりの花が咲いて......。しかし、煉功は入定するべきで、他の空間の光景を見てはならず、古い宇宙は見る必要もない、将来修煉が成就して、新しい宇宙に行ってから新しい宇宙の光景を見ようと思って、煉功する時に天目を閉じるようにと師父にお願いしました。それからは、煉功する時に天目は開かなくなりました。

 2001年、師父が弟子に発正念のことを教えてくださってからは、私は皆と違う発正念の道を歩みました。私は他の空間で天に昇って、または地に潜って魔を消滅したり、神通力を使うことを徐々に覚えました。初めて神通力を使った日には、無数の太い蛇が飛んで来たのを見てとても恐れていると、師父は「こんな小さい魔に圧倒されるのですか」と私に話されました。それからは思うままに各種の神通力を運用できるようになりました。私は学法をとても重視しています。師父が新しい経文を発表されるたびに、どのような魔を消滅すべきかをすぐに悟ります。新経文を一文字も違わないように暗記しました。魔と戦って勝てない時には、新経文を暗唱したら魔はすぐに消去されます。暗唱は一文字でも違えば、李洪志師父の大法ではなくなるので、魔も納得しないので神通力が出ません。

 他の空間で魔を捕まえるのは、自分の使命だと分かっていますので、適切に対処しています。魔を捕まえる時は、幾重もの白雲と立派な建物を通り過ぎていても、それが見えていても見ません。魔を連れ戻る時は、逃げないように注意しています。逃げてまた同修を迫害することを絶対にさせないためです。正の神に協力してもらうこと、法器を使うことにも慣れて、神通力を自由自在に駆使しています。困難に遭ったら師父に助けを求めると、師父はいつでも助けてくださるのです。

 修煉する前の私は、危篤の病人でしたが、師父に命を延長されたのです。ある日、一つの次元を突破した時、私に追随している無数の護法の神が、二つの列に分かれて下りてくる光景が見えました。前の列の先頭が見えず、最後尾も見えませんでした。彼らは私に、「あなたの修煉がよくできているおかげで、私たちは天国世界に行くことができたのです」と言いました。

 2013年のある日の午後6時、全世界の大法弟子が一斉に発正念する時間に、天目の中で亡き父が現れ、私に願い事があるようでした。私は他心通功能を使って亡き父に、「今は一斉に発正念する時間なので、邪魔しないでください」とメッセージを伝えると、父はしぶしぶと去りました。翌日の同じ時間に、父はまた来て、悲しい顔をして私に助けを求めました。父の願い事とは、父の知り合いのBさんが生前、大法弟子に対して迫害に加担した人で、今は地獄で悪い報いを受けているので、私に助けて欲しいとのことでした。私は「発正念を邪魔しないでください。あなたは本当に私の父でしょうか、それとも魔が父に変化したものでしょうか。いずれにせよ私たちの親子の縁は終わったのです。Bさんと言えども、大法弟子を迫害した人は救いようがありません」と言いました。亡き父は泣いて行ったのですが、私は情に動じられませんでした。

 地元に邪に悟った人がいて、ある日の発正念に、他の空間で彼らの元神が懲罰を受けている場面が見えました。地獄の悪魔は彼らを残酷に拷問しており、彼らは檻の中に閉じ込められて、いくら苦しくて叫んでも罰は止まりません。その惨めさは人間の言葉で形容できないものです。私はそのことを周囲の同修に教えて、邪に悟った人たちに伝えて欲しいと頼みました。

 しばらくの間、すねが痛く、しかも膝の下の部分が冷たくて、夏場に厚い布団をかけて寝ても足が冷たく感じていました。私は師父に「冷たい」という物質を取り除くようお願いすると、こんな光景が見えました。「私の足が山になって、しばらくして山が真ん中から裂けましたが、どこから水が来たのか分かりません。足(山)の間に水が流れ出て、無数の無表情の人たちや、動物や植物は水に飲み込まれました。彼らは私の世界に属する生命であり、まだ大法に同化しておらず、師父に「取り除いてください」と願った私の一存で消滅された人たちだと、その時はじめて分かりました。分かった時、私はこの上なく後悔しました。このようなことは二度としたくない、しっかり修煉しなければならない、さもなければ自分の世界の衆生を、壊滅させることになると思いました。

 関を乗り越えられない時もあります。私に他心通の功能が開いたので、誰かが心の中で私をどう思っているのかも分かっているので、他の空間では魔の心で思ったことさえ分かっています。人の考えが分かるのはとても辛いことです。特に同修の間では、私は家に座ったままでも、根も葉もないことを同修に議論されているのを知っています。その時は、すぐ内に向かって自分を探して法理を思い出せば、すぐにその関を乗り越えられます。

 持っているすべての神通力は、師父から与えられたものだとずっと思っています。歓喜心を起こさず、心性をよくコントロールして、この道を平穏に歩んできました。私は今でも、時々いらいらして機嫌が悪くなったり、顕示心、自己を証明したい心もありますが、それらを必ず取り除き、大法の中で自分を正していきたいと思っています。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2020/12/29/417165.html)
 
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