文/舒清
【明慧日本2022年5月1日】中国共産党(以下、中共)が政権を奪取して以来、中国は多くの災禍に見舞われました。「文化大革命」は中国の伝統文化を根こそぎ破壊し、残虐な闘争によって人と人との間の信頼が跡形もなく消えました。1989年の六四事件で中共が政権維持のために学生を殺害したのを見て、知識人世代は幻滅を覚えました。1999年、中共はまたもや法輪功学習者に対して猛烈な迫害を始動させ、「真・善・忍」の基準に従い善良な人になろうとする修煉者を弾圧し、人々の心にあった残り僅かな良知も奪ってしまいました。
六四事件が中国の知識人の信仰を奪った
六四事件が起きた1989年は、中国経済が活気を取り戻しつつある時期でありながら、中共体制によって経済発展が阻まれていることがますます明らかになった時期でもありました。
学生たちは、経済改革が実を結び始めた中国で、政治体制の改革も早く行われることを願う一心で、当時の社会情勢に対し、「官僚ブローカーに反対し、腐敗に反対しよう」のスローガンを掲げました。
当時の学生たちは、自分たちが社会と民族を起こす使命を担っていると考えていました。幻想的な理想主義教育を受けていた彼らは中共の本質が見えず、中共から見れば、彼らが民主と自由を求める反体制派になっていることも知りませんでした。対話と協議は、民主体制にしか存在しません。学生たちは、中共が独裁政権であり、中共に民主化を求めることは、中共の命を奪い取るに等しいことを忘れていました。
中共自身は他でもなく、こそこそと運動を行って身を起こしたもので、国民政府を転覆させようとして、学生や労働者、農民を密かに組織して裏で運動を行っていました。政権を取ってから正統性に欠ける中共は、学生の自発的な行動に怯え、学生を「暴徒」と誹謗しつつ、身に寸鉄も帯びない学生の鎮圧に軍隊や戦車を送り込みました。
六四事件以降、多くの中国の知識人は中共の行動に戸惑いを覚え、対話で解決できることがなぜ虐殺になったのかと、何度考えても理解できませんでした。幻滅し、理想を打ち砕かれた彼らは長年信じてきた共産主義を捨て、社会的責任が自分とは無関係だと考え始め、国外に出たり、移民したり、実業に就いたり、そして金稼ぎに着眼する人もいました。
中共は、これまでの学生に対する洗脳宣伝が学生たちの国の運命の行方に関心を持つようにさせ、その結果、6月4日のような事件が起こり、中共が仕掛けた火が危うく中共自身を焼き尽くすところだったと気がつきました。そこで、中共は教育方向を180度転換させ、学生が政治や国事に関心を持たないように誘導し、「全人類の解放」を理想とするところから、卒業後に良い仕事に就くことだけを考えるようにさせました。
その後、大卒者への国による就職先の配分制度の撤退、および分譲住宅の出現に伴い、学生たちは卒業を控える時から職探しに奔走し、仕事に就いてから家を買うために奮闘しなければならない状況に一気に追い込まれました。その結果、自分の利益しか考えない世代が生まれました。社会には拝金主義が流行り、誰もが自分のことしか考えず、世事には無関心になりました。昔、敏感な時期となれば、教師は待ち伏せして生徒を監視しなければならなかったのですが、今や学生は自ら社会現象への関心を捨て、学業や大学院進学、留学、あるいは良い職探しに没頭する時代になりました。
1999年の中共による「真・善・忍」への迫害が、人々の最後の良知を奪った
1989年、「ベルリンの壁」が崩壊しました。その後、冷戦が終結し、中共とそのわずかに残ったいくつかの「共産主義兄弟」を除いて、東欧の他の共産主義体制もすべて崩壊しました。
1989年以降、中共の意図的な推進により、全国民は金銭や官能的な快楽を追求し始め、人間の欲望に溺れ、ポルノや賭博、麻薬が蔓延し、社会的モラルの低下につながりました。
1992年5月、法輪大法が伝え出されました。この道徳性を高め、病気治療や健康保持の効果をもたらす功法は、多くの人に恩恵を与えました。人々は口伝えに親友たちに紹介し、一時、中国のどこでも法輪功学習者を見かけることができる状況が現れました。公安部の調査によると、1999年7月までの7年間で、7000万人から1億人の中国人が法輪功を修煉していました。
1998年、喬石を中心とする全国人民代表大会の退役幹部の数人は、詳細な調査の後、中央政治局常務委員会に調査報告書を提出し、「法輪功は国家と国民にとって、百利ありて一害なし」と結論づけました。
1998年5月に国家体育総局が主催した調査結果にも、法輪功の病気治療と健康保持に対する有効率が98%であることが示されました。国家体育総局が長春とハルビンに派遣した調査団の団長は、「法輪功の功法およびその効能が良く、社会の安定と精神文明の建設に著しい効果がある。この点は十分に肯定すべきだ」と発言しました。
しかし、江沢民は法輪功が社会にもたらしたさまざまな利益を無視し、自らの嫉妬心に駆られて、1999年7月20日に法輪功への迫害を開始しました。彼はあらゆるメディア、公安、武装警察を利用して法輪功を中傷し、学習者を監視、連行、監禁しました。法輪功への迫害の手はずを調える中央工作会議で、彼は「共産党が法輪功に勝てないとは思えない!」と傲慢に宣言しました。
江沢民は法輪功に対する個人的な嫉妬を政治的な迫害運動に転化させました。しかし、運動開始当初、法輪功が人々の心に深く根付いているため、運動に対する熱意はあまり感じられませんでした。そこで、2001年1月23日の大晦日に、江沢民と羅幹一味は世界を震撼させる「天安門焼身自殺」という偽の事件を画策し、捏造、嘘偽り、憎悪、扇動などのさまざまな手段を使って、ほぼすべての中国人に法輪功への誤解と恐怖心を抱かせました。
法輪功を迫害するために、江沢民は公職、金銭などを利用して党員を買収し、迫害に積極的に参加した者を奨励し、昇進させました。羅幹、周永康など法輪功に最も残忍な迫害を加えた者は、江沢民によって政治局常務委員の高位に抜擢されました。中共はこうして、「理念なき、モラルの最低ラインもない」暗黒時代に突入しました。国家の公権力は、江沢民一個人の法輪功修煉者を迫害するための犬と化してしまいました。
迫害を続けさせるために、江沢民はすべての人を拉致しました。政府による審査、企業収益、個人の収入、学生の成績までも法輪功への迫害と結びつけられ、その目的は、すべての人が法輪功を忌み嫌うようにさせるためでした。
江沢民が「腐敗」を放任した結果、良知が消えた役人らは権力を利用して巨額の利益を手にし、妾を囲い複数の愛人を持つことが共産党員間の常態となりました。社会全体がそれに追随し、誰もがお金を稼ごうと詐欺でも騙りでも何でもやり、模倣品、粗悪品が溢れて、偽造、嘘、詐欺が人々の生活の一部になってしまいました。それに伴い、社会的モラルは急速に低下し、人々の心になった残りわずかな良知も抹殺されました。
かつて、教師、医者、裁判官は人々の心の中では最も神聖な職業でした、彼らの仕事が社会教育、生命の尊重、社会の正義に深く関連しているからです。しかし、中共による道徳面の逆行操作の中で、これらの尊敬されていた職業も変異してしまいました。
教育が一種の産業と化して、「先生とは、道理を説き、学業を伝え、疑問難題を解説する人である」という古来の職業倫理から逸脱し、知識が金稼ぎの手段になってしまったとき、教室ではもはや、善悪や是非について学ぶことができなくなりました。
病気を治し、命を救い、生命の大切さを最も根本とする医師は、患者を金のなる木と見なして無用の診察を繰り返し、過剰なほどの薬を処方し、患者を労させるのです。中共による法輪功学習者と良心の囚人に対する「臓器狩り」という罪悪行為が行われる過程で、暴利に目が眩んだ医師らは良心と道徳を捨てて共犯者となり、殺人鬼になってしまいました。
本来、公平公正で、法律を用いて悪を罰し善を促進するはずの裁判官は、江沢民の法輪功迫害の前衛となり、法律よりも私権を優先させ、「真・善・忍」を基準とする善良な人々に、何の法的根拠もなく不当な判決を下してきました。
この種の「善を捨てて悪を称える」涜職行為もまた、社会にさらなる悪果をもたらしました。善を放棄した社会はモラルが急速に低下し、誰もが被害者となっています。
2006年の南京彭宇事件では、「あなたがぶつけた張本人でなければ、なぜ治療費を立て替えたのか」という裁判官の言葉が、人々の善の念と良知を根本から否定しました。法律はそもそも悪を罰し善を讃えるものですが、この案件は法律の領域から道徳に打撃を与える作用を果たしました。それ以来、中国では、倒れているお年寄りをあえて助ける人がいなくなり、勇気を持って正しい行いをする場面も滅多に見ないものとなりました。
2011年、広東省で起きた小悦悦ちゃんの交通事件では、運転手が故意に子どもを2回も轢いた後に逃走し、その後18人が現場を通りましたが、誰一人子どもの生死を気にする人がいなく、みな見て見ぬ振りして通り過ぎていきました。通行人の行動は中国人の道徳的冷淡さを反映し、社会全体のモラルの低下を映し出しました。
ある調査によると、社会全体が冷たくなった原因は、「社会に対する安心感の欠如」だそうです。しかし、なぜ社会に対して十分な安心感が得られないのでしょうか?
これは他でもなく、司法の不正の反動です。社会に正義をもたらすはずの司法系統は私権の奴隷となっているため、中共による法輪功への迫害を前に、中国の人々は沈黙と服従を選択しました。中共は検察と法律を操り、中国の国民を欺きながら、法輪功学習者に対してやりたい放題してきました。このゼロコストの悪のロジックがいざスムーズに動き出してしまうと、誰もが被害者となってしまい、庶民はなおさら何の安全保障も安心も得られなくなってしまいました。
中共は常に「安定維持」を第一義としています。人権派弁護士、陳情者、退役軍人、偽ワクチンの被害者、P2P地雷被害者、不動産暴落被害者、市民ジャーナリスト、さらには武漢や西安の都市封鎖で医療処置を受けられず、食糧不足に陥った市民など、中共に「不安定」をもたらす可能性のある人物はみな、鎮圧すべきターゲットとされてきました。
中共による中国人への監視は、至るところで行われています。カメラ、顔認識、携帯電話、インターネットアクセスなどのビッグデータによる監視の下、中共の目には誰もが透明人間として映るようになっています。中共は随分昔から、すべての中国人を「安定維持」すべき潜在的ターゲットと見なしていました。このような環境の中で、誰が「平凡で穏やかな」暮らしができると言えるでしょう?
結び
1989年に中共が学生を弾圧した後、中国の知識人が信仰を失い、社会的責任を放棄して金稼ぎに奔走するようになったのが、精神的追求の幻滅の始まりであるならば、1999年に中共が「真・善・忍」を信奉する修煉者を対象に行った迫害が中国人にもたらしたのは、人々の良知と善の念を完全に奪い去ることでした。
中共による法輪功への迫害は、人々が心に正義と善良さを抱くことを許さず、道徳の向上による長期的な社会安定の道を閉ざさせ、道徳低下の高速下降スパイラルを開き、中共自身を政権喪失に向かう追い越し車線にも乗せました。中共の道徳を抹殺し、善人を迫害する悪行は、それ自身にも作用し、その滅亡を早めることになります。