拘置所で迫害に抵抗した経験
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2023年11月10日】あれから13年が経ちましたが、拘置所に拘禁されている間に受けた経験と、助けてもらった記憶は今でも鮮明に私の心の中に残っています。

 2010年に数人の修煉者と私は連行され、拘置所に送られました。私たちは看守に協力せず、煉功を続け、正念を送り続けました。私たちはまた、あらゆる機会を利用して他の拘留者たちに法輪大法について伝えました。私たちは多くの支持を得て、ほとんどが中国共産党を脱党することに同意を得ました。大法の創始者である李洪志師父の詩を暗唱するのを学んだ人もいました。不当に拘束されたある韓国人の女性は、特に私たちと親しくなりました。彼女は歌が上手だったので、大法学習者が作った歌をいくつか教えました。

 迫害に抗議するために、私はハンガーストライキを行いました。看守は人を手配して私に強制的に食事を与えました。同房者たちは心配して、ハンストをやめるよう私を説得しようとしました。ある被拘禁者は私を殴ったり、罵ったりして看守を喜ばせようとしました。韓国人女性はその人と口論になり、結局大喧嘩になりました。

 看守たちは、私に強制的に食事を摂ることを主張しました。他の被拘禁者が恐怖で心臓発作を起こしても、彼らは見て見ぬふりをしました。

 彼らが去った後で、19歳の被拘禁者がこっそり私にこう話してくれました。私の食事に塩を多めに入れるように言われたそうです。「看守が見ていないときに、私は塩を全部捨てました」彼女が私を守るために自らの安全を危険にさらしてまで助けてくれたことに私は感動しました。

 別の修煉者・Aさんは、独房に監禁されました。看守は彼女をベッドに拘束し、食事やトイレの使用を許可しませんでした。何人かの修煉者と私はこれに抗議し、看守にこう言いました。「『真・善・忍』に従って善良な人間である私たちの何が問題なのですか? たとえ死刑囚であっても食事とトイレを使用する権利はあるのに、なぜ彼女をそのように拷問するのですか?」看守は何も答えませんでした。その夜、Aさんは通常の独房に戻されました。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2023/10/6/466101.html)
(English: https://en.minghui.org/html/articles/2023/11/1/212727.html)
 
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