文/中国の大法弟子
【明慧日本2025年3月14日】私は、1999年以前に法輪大法を学び始めました。法を学び、今まで『轉法輪』の中で師父が講じられた嫉妬心の問題について、自分には嫉妬心がないと思い、真剣に受け止めたことがありませんでした。
同修と交流した時、同修たちは「誰にでも嫉妬心があり、嫉妬心の程度が違う」と言いました。 私は聞き流しており、自分はそれほど悪くないと思っていました。 修煉を始める前に、仕事場で他人が嫉妬したり、怒ったり、ケンカしたりしているのを見て、愚かな行為だと思いました。他人に嫉妬しても、その人は自分が進むべき道を邁進するものだと思っていました。 しかし、当時はまだ、他人の成功や成長を見て心から喜べる状態には至っていませんでした。
しかし、私をずっと悩ませてきた疑問があります。 就職してから、嫉妬心が私につきまとい、自分は戸惑っていたことを思い出しました。 優良社員に表彰され、私への優遇・昇給などの全てを断りましたが、ほとんどが断れません。そう言う時、私は気分が悪くなり、耐えがたかったのです。故に、他人の嫉妬心を引き寄せないように、子供たちには「自分の報酬以外に、特別な待遇は一切断って、ただ真面目に働くように」と教えました。
私は20年以上修煉していますが、時折、同修から 「同修・Aは、あなたの言うことをよく聞くね!」と言われることがあります。 それに対しも私は気に止めませんでした、また別の場所で同修がそう言うのを聞いても間に受けません。 ある時から、ずっと、体に病業の虚像が現れ、そこから抜け出せないでいた時に、同修が家に応援に来てくれて、一緒に法を学び、私の家に学法グループができた時にようやく自分の嫉妬心に気付いたのでした。
同修は、私には仕事をする心が強いので、家で法を学ぶべきだと言いました。 このように、私と同修は法を一緒に学び、功を煉り、発正念し、法を学ぶことを通じて切磋琢磨し、内に向けて探しました。 同修たちは自由に交流し、無私無偏に私を助けてくれました。 家に学法に来る同修の中に同修・Aさんがいました。2年前、私はある学法グループに参加した時に、同修・Aさんも私について、今まで、ずっと一緒に学法してきました。 妹同修から「Aさんに囲まれて、あなたはご満悦の様だね」と指摘されました。自分の痛いところが突かれましたが、内に向けて探しませんでした、当時は内に向けて探す仕方がわかりませんでした。 新しい同修・Bさん我が家に来て私達と内に向けて探し、執着心を見つけ、発正念して見つけた執着心を取り除く事を応援してくれました。長時間の発正念を経て、確実に変化が起きた事を感じ、空間のエネルギー場が改善されたばかりでなく、皆それぞれ心身の向上が見られました。 同修・Bさんは、週に1回来てくれて、もう半年になります。
最近、同修・Bさんが現れると、同修・AさんがBさんの側から離れません。それを見て、私は落ち着かないだけでなく、内心も辛く「なぜ辛いのか?」 と自分に問いました。「嫉妬心のせいだろうか?」自分は 前世で人に嫉妬して、今世で清算することになったのだと悟りました。
私の中に存在し、私の注意をそらそうとして深く埋もれていた嫉妬心を見つけ出させてくれた同修・Aさんに本当に感謝しています。それはとても狡猾なもので、それで苦しんでいるのは私ではなく、嫉妬心だとわかりました。私はそれを見つけ、取り除きました。 私は師父にこう話しました。「それは私ではない、要りません」。師父はこの嫉妬心を取り除いてくださいました。
しかし「同修・Aさんは、どうなるのですか?」と 全員が彼女のことを心配しました。 最初は、同修・Aさんは、私より年上で、受け入れてもらえないかもしれないと思い、Aさんにアドバイスをすることを遠慮しました。しかし、師父が私たちを救済度する時間はもう限界に達しており、私達に残された時間はあまりありません、もう自分を正さなければならないと考え、そして、人心、常人の考え、恐れる心を用いり、阻んでいるのは本当の自分ではないと悟り、 同修たちと時間をかけて、法を学び理解する中で、Aさんに「分別心」、「利益心」があること、そしてその深刻さを率直に指摘しました。同修Aは快く「改める、必ず改める」と繰り返しました。 こうして、学法グループ全体が再び向上し、師父が「険悪を遠ざけよう」の経文の中で述べられた「私たちは互いに助け合う」ということを、全員が本当に実感できました。
すべての人心は、返本帰真する道で足でまといとなり、一枚の壁のようなものです。 法を正すこの緊迫した時期に、私たちはこの最後の僅かな時間を掴み、人々を救うために、自分自身を修めなければいけません。そして、法をよく学び、より多くの人々を救い、3つのことをよく行い、誓いを果たすために、師から授かった内に向けて探すという法宝を使うのです。真に修め、確実にを修めて、名利を手放すことを忘れてはなりません。 同修の無私の助けに感謝し、師父の救いに感謝致します!