明慧法会|ビジネスを通じて心を修め人を救う(上)
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2020年10月10日】

 尊敬する師父、こんにちは!

 同修の皆さん、こんにちは!

 大陸大法弟子ネット法会(訳注:明慧法会)の機会を借りて、私はビジネスを行なう中でいかに金銭に対する執着心を放下し、法を実証する道をしっかり歩いたのかについての自分の経験を少しお話ししたいと思います。

 修煉前私はビジネスを行なっており、その時私は30代で、1年で30~40万元稼ぐことができました。30年前にこの数字だと、私たちの県では中古の建物を10棟以上買うことができました。「白猫黒猫論(訳注:「白猫であれ黒猫であれ、鼠を捕るのが良い猫である」という鄧小平の実用主義の考え方)の影響を受け、さらに心の法の規制を失っていたために、私はお金を稼ぐことに手段を選びませんでした。二つの例を挙げて私の当時の性格を説明すると、ある時私が倉庫から商品を引き出した時、荷送人が誤って別の人の貨物を私の貨物の中に入れたのを、私はだまって家に持ち帰り、秘かに売り払いました。またある時、同業者の社長との間にトラブルがあり、私は社長が手に負えず、スパイに商務省あての匿名の手紙を書かせ、社長が模造品や粗悪品を扱っていると誣告したので、社長の店は閉鎖になりました。ある親せきが私についてコメントし、「あなたが歩いたところは草も生えてこない」と言いました。私の妻は「あなたは大胆過ぎて、いいお金であっても悪いお金であってもお金を稼ぐことに抵抗がなく、原子爆弾があったらそれも売ってしまいます」と言いました。

 私は自分は頭がよく、能力があり、お金を稼ぐのは簡単だとずっと思っていました。しかしビジネスの場で激戦を繰り返したので、気性がどんどん荒くなり、次第に病気になり、体が壊れ、180センチ近い身長なのに体重は50キロに届かず、顔は灰色で、30代で薬がなくては生きていけなくなりました。

 ビジネスの道を正す

 1996年の夏、私は法輪大法を修煉し、今までわからなかったことがわかるようになり、私のビジネスが盛んなのは何か能力があるからではなく、それは運命の按排であることがわかりました。すぐに、私の体に消業の状態が現れ、すべての病気が一掃されました。体を調整する中で、1カ月以上大量の血便が出て、近所のある病院の院長は「あなたは病院に行かなくてはならない、とても危険で、この症状は致命的です」と言いました。師父が私に関わってくださっていることが私はわかり、怖くありませんでした。驚くべきことに、血便の色がよくなるにしたがって、体重が増え、食事や睡眠ができるようになったことでした。この大量の血便の現象は全部で4回現れ、毎回いつも1~2カ月続き、これは科学では永遠にずっと解釈できない現象でした。

 私は人生を探求するのが好きで、修煉前は天文、地理、人類の多くの謎が解けない時、私は思索し探求することがあり、科学以外にさらに超常的なものが存在していると混濁した中で感じていました。大法を修煉した後、すべてがわかりました。『轉法輪』という大法の書籍は天の書で、超常的な科学でした。

 私は「私が大法の中で修煉してビジネスを行なうことは、師父が私に按排してくださった道であり、未来の参考にして、必ず大法に基づいて自分を指導し、心性を向上させ、道を正しく歩まなければならず、常人と同じようにふるまってはならず、着実に修煉する人間にならなければならない」と悟りました。ビジネスを行なう中で、私は師父の教え通りに行ないました。師父は「あなたにいくら力量があっても、徳が無ければ、一生何も得られないかも知れません。ある人は何をやっても駄目でも、徳が多いので、高官になり、金持ちになります」[1]と説かれました。

 修煉の初期、私はずっと「私は自分の人生であるかのようにお金を大切にし、争い、恨み、色欲、嫉妬、優位、顕示、自我などの人心がみな強く、腹黒くずる賢い『悪徳商人』であり、人心がこんなにも強く、私はこの沼から抜け出せるだろうか? 修煉して神になれるだろうか?」と躊躇していました。このように思いながらも、私はむさぼるように『轉法輪』を学び、最も多い時には1日に4講学びました。坐禅する時に十数分で汗をかき、足が紫黒色になりましたが、私は石で押さえ、ひもで縛りました。ここ数年私は毎日2回坐禅しました。(もう1回は30分間)

 修煉を始める前、私が取り扱っている商品の多くは模造品であり、低価格で、暴利を得ていました。大法を修煉した後、私がまず思ったのは偽造品の供給源を断ち切ることでした。その時の市場はみなこのようであり、偽造品を売らないことは金儲けの手段を断つことであり、これはビジネスマンにとって致命的と言えました。しかしこの一歩は必ず踏み出さなければなりませんでした。私はメーカーに電話して「私は今法輪功を修煉しており、あなたたちはこのような商品をもう出さないでください」と言いました(この時はまだ迫害はなかった)。メーカーは理解せず、メーカーの従業員は戸惑いながら「どの功を学ぼうと、あなたもご飯を食べなければならないのではないですか? お金にたてつく人がいるのですか?」と言いました。私は時々「私は自分自身に盾をついているのだろうか? 私は極端なのだろうか?」と迷うことがありましたが、実際は利益の心を覆い隠していました。心性がこのような状態にある時、偽造品を断ち切ることは不可能でした。私の心は焦りましたが、同じ境地でいつまでも徘徊することはできず、その後私は確固としてメーカーに「このような商品をまた送ってきたら、私は一つも売らず、みな在庫にするので、あなたたちの誰かが来て処理してください」と言いました。このやり方は効果があり、偽造品がだんだん少なくなり、私の心も安心しました。

 私の妻は修煉しておらず、気づいた後に腹を立て「どうして売らないの? みんなこういう風にしているじゃないの? あなたは何をそんなに高尚ぶっているの? あなたが売らないなら私が売ります」と口論しました。妻は私の帳簿をめくり電話番号を調べ、直接メーカーに連絡しました。私は我慢して、大法の「失わなければ得られず」の理を伝えました。妻は「そんなこと言わないでよ、私は金の亡者だから」と言いました。私が心性を守り切れなかった時、「罰が当たることを恐れてお金を手に入れるだけで使う勇気がないのでしょう、罰が当たるに違いない!」と叫びました。妻は「私を脅かすつもり! どこだって偽造品を売ってるじゃないの? 誰に罰が当たるのよ? 私は盗んでもいないし奪ってもいない、何が悪いのよ?」と言いました。妻が何と騒ごうが、私が社長であり、メーカーは私の言うことを聞かなければなりませんでした。

 偽造品を買わなくなった後、私のビジネスは以前の通りに順調で、収入は少しも減らず、さらに村や町のトップが多くの商品を注文しに来て、新規の客も次々にやって来ました。私の心も安心し、自分が修煉者のようだと感じました。

 ある時、政府部門の友人が私に「あなたの現在の条件は、政府にお金を納めて官位を得ることが可能です」と言いました。私は「政府へ金を納めて官位を得る? なぜ納めるのですか?」と驚きました。友人は「政府へ金を納めて私たちの県郊外の副町長の名義を得るのは、いいことではありませんか? 20万程度で済ませることができます」と言いました。私は「私は副町長になればビジネスができなくなってしまうのではないですか?」と言いました。友人は笑いながら「出勤する必要はなく、名義だけですから、会議の時に参加すればそれでよく、この肩書きがあれば、あなたは土地を買うことができ、数年過ぎて一定区画の土地を持った時に転売すれば、大金が手に入ります」と言いました。もし私が修煉していなければ、これは美しい道のりでした。その時私は「いりません、私は今うまくやっていますから」とまったく躊躇しませんでした。

 友人は再び、「あなたは人民代表大会、中国人民政治協商会議(CPPCC)代表の肩書きを勝ち取ることができるのですよ? これはそれほど費用は掛かりません」と言いました。私は「それが何の役に立つのですか?」と言いました。友人は「あなたはわかっていないですね、この肩書があると違うんです。工商行政管理局や公安局、税務署は無造作に店に来て調べようとはしません。私たちの県の○○会社を見てください。さらに△△会社は、社長が人民代表大会、中国人民政治協商会議(CPPCC)の代表ではありませんか? これは後ろ盾なんです」と言いました。修煉前、このようなことに出会ったら私はいろいろ知恵をしぼってこの「傘」を奪いに行ったでしょう、大法を修煉している私がこれを使うでしょうか? これは人間社会の恩恵であり、明らかに放下しなければならず、目の前のものを手に入れると永遠に失ってしまい、誰がこの恩恵を与えることができるのでしょうか? 魔だけです。その上、大法弟子が何の後ろ盾を求めるでしょうか? 師父の威徳はどれだけ高いのでしょうか? 後ろ盾が大法弟子と同じくらい確固としているのでしょうか? 師がいて法もあるのに、何が乗り越えられないというのでしょうか?!

 しっかり自分を修め多くの人を救う

 私はせっかちな性分で、闘争心が強く、修煉前は妻とよくけんかをし、毎回いつも妻が泣きながら実家に帰りました。大法を修煉した後、妻は再起し、何事につけて私を管理し、時には顧客の前ででたらめな話をして私に指図をし、妻の思った通りに従わない時はさらに「バカじゃないの? 豚の脳みそかよ?」と、どすをきかせた言葉で罵りました。私は意気消沈し、店員の前で社長の尊厳がまったくありませんでした。ある時こっそりと私は妻に「何かある時は家に帰ってから話してくれないか? 店の中で怒鳴ってはいけない、あなたにもよくないことで、あなたの価値をも落とすから」と話しました。妻は「怒った時は抑えられず、後のことを考えればあなたも大変ね」と言いました。

 妻が私の業を消し向上するのを手伝っているのだということを私は知っていました。恨みはありましたが、その過程の中で私は何度も耐え、何度も向上しました。またしばらく経ち、妻が怒った時、私の気持ちははるかによくなり、笑顔で妻を見ることができ、自分のどこが間違っているのかを探すことができるようになりました。ある顧客が私に「社長、私は怒りっぽく、息子の嫁は私が不快だと言い、私はどうすればあなたのように行なうことができるのでしょうか? 奥さんが叱る時、あなたが笑顔でいるのを私は見て、本当に驚きます。実際私が敬服しているのは奥さんではなく、あなたで、あなたこそ男です」と聞きました。

 妻の母親の家に行った時、妻の妹が私に「あなたが私の姉に管理されているのを見て、まるで若いお嫁さんのようで、本当にうだつがあがらず、あなたは姉を数回叩いてやればいい、私がここで見てるから、姉があなたに何ができるか見てみましょう」と言いました。

 人に慰められる時、私は心がもろくなることがあり、修煉は簡単ではないと感じ、いろいろと制約があると修煉に腰が引けてしまいました。しかし私の恨みが少なくなった時、心理状態がよくなり、自ら妻のことを思うことができるようになり、振り返って見てみると何でもないことでした。

 印象が最も深かったのは、妻が店で私を叱った時、社員が目を見張って私の反応を見ていることがあることでした。きまりが悪い時私は「社員は知る故もなく、やはり私が妻を怖がっていると思っているのだろうが、馬鹿にしないでくれ」と一言自嘲します。そして窮地を逃れてから立ち去りました。ある社員は「社長は本当にさすがです。もし私の母親が私の父親に対してこのようにしたら、頬にすぐ平手打ちをくらわし、母親を慣らす(訳注:母親に文句を言わせないようにする)でしょう」と言いました。私は「そんなことがあるのですか? 殴られても殴り返さず、罵られてもやり返さず、これは大法が私に教えてくださったことで、いつかあなたも大法の修煉に入ればわかります」と笑いました。私と縁のある人はいつかみな大法の修煉の中に入ってくると私は信じています。

 20年来、私は真相を伝えることをやめたことはなく、私はすべての機会を利用して人を救いに行きます。何度か、私は寸前のところで警察に連行されそうになりましたが、その時私は協力せず、師父の教えの通りにし、中共に耳を貸しませんでした。警察が行った後、私は長時間正念を発し「旧勢力が警察を利用して大法弟子を妨害することを絶対に許しません。それによって警官たちの罪を大きくし、淘汰の危険に直面させることを許しません。師父、助けてください、師父、どうかお力をお貸しください」と師父にお願いしました。冷静に自分を探し、私に極端なところがあることを見つけ、真相を伝えることは状況を見極めずに人に会ったらとにかく伝え、頭がおかしいのではないかと人に思われ、時には携帯電話もそばにありました。(訳注:携帯電話は中共に盗聴される)

 連行された同修もいるとよく聞きました。中共がどんなに増長しようと、私はいつも真相を伝えることを止めず、ある種のエネルギーが私を前進させているかのように感じ、人に会えばだれにでも真相を伝え、客から業務の連絡が来れば、私はまず客たちに真相を伝え三退を勧め、客たちに「法輪大法はすばらしい、真・善・忍はすばらしい」を覚えてもらいました。私は「あなたが商品を仕入れずに帰ったとしても、それでも救われる一つの生命だ」と思いました。

 家族と親せきはみな私を心配し、私を説得して「あなたが家で煉功するのはいいですが、なぜ外に出て伝える必要があるのですか? どれほど危険だと思っているのですか?」と言いました。ある警官も私に「あなたが家で煉功する分には私たちは関わらないが、外に出て宣伝するのはダメです。見かけたらあなたを逮捕しますよ」と言いました。中共は人々が大法の真相を知るのを恐れ、人々が中共の邪悪な姿をはっきりと認識することを恐れています。

 ある時、ある親せきがわざわざ私に「注意してください、ある公安の友人が私に、あなたは尾行されておりあなたの店の周囲の露店商人や行商人を警察はみな金で買収し、あなたが何をしているかはみんなが知っている、と言いました」と伝えました。親せきは思いやり深く「あなたのビジネスはよく、他の人はみな嫉妬しており、何かがあなたの身に降りかかってきたら、他の人はあなたを笑うでしょう、現在お金を稼ぐのはどれだけ大変でしょう? あなたはビジネスをしっかりやってください」と言いました。妻も焦り「あなたは人に会えば話し、人に会えば話し、万が一捕まったら、家は終わりではないですか? ビジネスは終わりではないですか?」と言いました。私は笑いながら「あなたは能力がないのですか? なぜ怖いのですか?」と言いました。妻は「家に男がいないのはダメなので、何かがあなたの身に降りかかってきたら、天が崩れ落ちるのではないですか? あなたが家にいれば、私には頼みの綱になります」と言いました。

 私は「外に出て真相を伝えるすべての同修はみな、このような家庭の障碍を抱えており、家の中であろうと外であろうとどんなに難しくても、正念を以って前進している」と思いました。

 色欲の泥沼から抜け出す

 修煉前、私がメーカーに行き商品を仕入れる時はいつも、酒の席では接待する女性がいなければほとんど宴会になりませんでした。このような基礎に立って修煉を前に進めることは、その難しさは推して知るべしでした。旧勢力は私の人生に対してこのような汚い下地を行ない、私が修煉して成就することを望んでいませんでした。

 私のビジネスは好調で、評判も良く、また格別に人目を惹き、知っている女性も知らない女性も、いつも私と関係を持ちたがり、なれなれしくしてきます。私は大法に基づいて自制し、心の中がどんなに思い乱れても、心性を守り、自分自身を保持しました。特に夏、仕入れに来た女性社長と女性店員のアロマの香りやさまざまな色が目の前で行ったり来たりし、時には注文を出す時にとても近くに接触してきました。私は「このような複雑な環境の中で私は『優れた人間』として修めなければならず、師父の期待にこたえなければならない」と思いました。

 ある仕入れの女性社長は派手で露出した服を着ており、会うなり「お義兄さん、お義兄さん」と叫びながら、時には手を広げて私に「抱きしめてくださらない?」と言うことがありました。何度もその女性社長は「お義兄さん見て、義妹のこの服きれいでしょう?」と言いました。私は真顔で女性社長を見て、心の中で「だめだ」と思いました。「だめだ」と思いながらも、時には「もし大法を修煉しなければどれほどいいだろうか?」と思うことがありました。その後私は突然「お義兄さん」、「義妹」、「義兄の嫁」といった名詞を思い出し、なぜこのような言葉が世の中で成立するのかと思いました。旧勢力が残したこれらの言葉は人類の道徳を傷つけるごみであり、背後にはみな色魔の要素が充満しており、誰かがこの言葉を発するとあなたを誘惑して邪念を生じさせ、あれこれと思い浮かべ、汚物を合理化してしまいます。もし背後にある要素を見抜いてしまえば、それは何物でもなく、観念の変化で旧勢力が残した色欲の要素を瞬時に解体することがあります。

 私は何年も欲を断っており、欲はなくなりましたが、色欲の心はかなり重いのです。私はいつも取り除けないために悔しい思いをします。ある種の現象は気をつけるべきであり、たとえば、妻が怒り、私が関を乗り越えられなかった時、心が落ち込み、この時に色魔がすきをついて入り込んでくることがあり「買春に行く?」、「妻に報復する?」、「無念の思いを解消する?」といったよくない念がすぐに上がってきました。これは旧勢力が按排した破壊的な事柄であり、この肝心かなめのところで旧勢力は手を下し、私は何度もこのような危険な状況に遭ったことがありました。

 私が知っているある女性社長は、若くきれいで、頭が良くて仕事ができました。以前私は彼女を手伝ったことがあり、彼女は何度も電話してきて私を食事に誘い、会うと「兄さん、兄さん」と叫び、「あなたは性格がとてもよく、事業も成功し、これからは私の実の兄さんです」と言いました。私は彼女に大法の真相を伝えて三退を勧め、彼女も認めました。本来ならば、異性との接触は、真相がわかった後はここでやめるべきですが、私はやめませんでした。その後も彼女は何度も電話してきて私を食事に誘い、私も行きました。無意識のうちに「彼女と一緒にいるととても愉快に感じる」という感覚があり、話をしていると、心がとても快適に感じました。そんなある日、私は突然「優しい情のロープがすでに私を縛り、私はすでにぬるま湯で蛙を煮る鍋の中にいる(訳注:ゆっくりと進行する危機に対応できなくなっている)」と警戒しました。続く状況はさらに本当にこの通りになりました。

 ある日、彼女が私に「私の夫に愛人がいるの、私はとても動揺しています」と話しながら涙を流しました。私は「大法を修煉しましょう、これが人が解脱する唯一の方法です」と説得しました。なぜでしょうか? 私の言葉は本当に正念でしたが、心の中ではまた「この時私は彼女を慰め、彼女をなだめ、彼女の世話をし、彼女の涙を拭き・・・」という一念が沸いてきました。私は驚き、これは何の念でしょうか? どこから来たのでしょうか? 私はすでに崖っぷちに立っていました。天目が開いた同修が「このような大きな関を乗り越える時、師父はいつも弟子のために手に汗を握られます」と言っていました。私の心の中のすべての念は旧勢力の邪悪要素にはっきりと見られ、邪悪は激しさを増していました。彼女は私を見つめ「来世で私たちは夫婦になりませんか?」という衝撃的なことを言いました。私は「私は大法を修煉しており、来世はありません」と言いました。答えは歯切れよいものでした。

 その後私は「もしあの時私が少しでも躊躇するか、あるいは冗談でうなずいたりしたならば、旧勢力はしっぽをつかみ私の来世を按排でき、旧勢力は『生命が何を求めるか自分で決めればいい、あなたはこれを求めているのか? それならあなたを満足させなければならない?』という理をつかんだだろう」と思いました。私を滅ぼし、彼女をも滅ぼし、本当に危険な動きでした。またしばらく経ち、彼女が電話してきて私を食事に誘った時、私は「忙しいので、時間がありません」と言って断りました。

 師父は「欲も色もみな人間の執着心で、それらはみな取り除かなければなりません」[1]と説かれました。私は「色が人のものであれば、私は人なのだろうか?」と悟りました。心の中ではっきりと見分け、取り除くのも容易で、私は絶えず正念を発して色魔を取り除きました。以前、私の色欲心は大きな木のようでしたが、今は、爪楊枝でした。爪楊枝でも取り除かなければなりません。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』

 (続く)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2019/11/4/395392.html)
 
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