【国際ネット法会】師父を信じ法を信じると観念が変わる (一)
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文/アメリカの大法弟子  

 【明慧日本2021年6月25日】

 尊敬する師父こんにちは!

 同修の皆さんこんにちは!

 私は1996年に法を得て、2008年にアメリカに留学しました。大学生の時、当地の同修の紹介で、メディアの仕事に参加し始め、現在で10年ほどになります。下記で皆さんとこの数年来、メディアの仕事を通して修煉が向上した体験を交流したいと思います。

 大学3年と4年の期間、アメリカの多くの都市で神韻報道の仕事に携わりました。また新聞報道の仕事にも携わりました。覚えているのは、中国共産党(以下、中共)による法輪功迫害を制止する活動に参加し、1人の中国の学者に取材した時、会話しながら取材する中で彼の三退を助け、メディアの仕事を通して、衆生を救い済度できる機会がたくさんあると感じました。

 大学を卒業してから、アメリカ南部の小さな市で研究生として学びました。この期間、週末を利用してメディア報道を手伝いました。しかし、学業をして、また法を実証して人を救うことのバランスをとることはそんなに簡単ではありませんでした。あのとき頻繫に学業のために徹夜し、週末は他の都市に行って報道に携わり、連続で徹夜しました。さらにあの小さな市は他に同修がいなくて、時間が長くなると、修煉環境が良くないと思いました。このとき、ある同修がメディアの専任になるように勧めてくれ、私は真剣に考え始めました。

 2014年、学校を辞めて、ワシントンDCの大紀元新聞社の専任記者になりました。記者の仕事担当は、主に外に出て各種の活動に参加し、取材し、写真と文章を書きます。学生時代は、文章や写真を撮るのが趣味でした。記者をしていると毎日シンクタンク講座や各種の展示会活動に参加でき、知識や見解が広くなり、行っていることはどれも自分が好きで得意なことで、社会の各階層の人と接触し、大法を実証する活動に直接携わって報道も出来ます。文章を書くとき頻繫に徹夜しますが、少しも辛くなく、行っていることはとても意義のあることで、またとても面白く、私はメディアの中に自分の天職を見つけたのです。

 英文大紀元に加入する

 それから機縁の下、2017年、ニューヨークの本部で仕事をし始めました。以前の趣味で得意だった仕事と離れ、全て新しい修煉過程が始まったことを感じました。ニューヨーク本部での仕事の要求の変化に従って、何度も部門が変わり、毎回各種の原因によって変わりました。例えば前のグループが再編されたり、人手不足の部門がある場合などです。最初少し動揺しましたが、修煉者が何をするのかは全て師父の按排によるもので、全て修煉の道なので、私はそれを一つの修煉の向上の機会としました。

 2018年の終わり、私のいるグループでまた再編が行われました。ある機会で、私は現在の責任者に呼ばれて、当時出来たばかりの英語版エポックタイムズの部門で働くことになり、今に至ります。最初、部門が設立したばかりで、人もお金もなく、全ての部門の事務室は10人に満たず、プロモーションから注文後のメンテナンスまで、全て自分たちで行いました。その中で、私が見たのは、一つのプロジェクトが無から有に発展する過程で、私もプロジェクトと一緒に成長し向上し、頻繫に心性を高める機会があるのを感じました。特に最近の数カ月、修煉上で比較的大きなものを突破したと感じます。

 責任者は最初、私を仕事の重心であるカスタマーセンターに置くようにしました。約2年前、カスタマーセンター部門は数人で、そのときの圧力は、主に注文者のフィードバックの各種の問題です。それに関する経験がないので、多くの問題は模索しながらどのようにするのかを答えました。一つの問題が解決しても、またたくさんの問題が現れます。また仕事の量が多くなっても、人手が増えないので、残業をして問題を処理しました。残業が深夜になることも常で、頭の中で考えるのは、顧客からの各種の問題と不満でした。時に、圧力が大きいため、行っている時涙が出てきて、無援のように感じました。しかしそのときは正念が比較的強く、自分が多く費やせば、これらの顧客を救うことができる、このように思うと、そんなに疲れなくなりました。何かの手を焼く問題が出たとき、心の中で黙々と師父に求め、最後には全て処理できました。

 それから、購読量がさらに増えて、会社の製品の更新とアップグレードするとき、私たちが処理する問題は更に多く、さらに複雑になりました。この期間、他の仕事をしていた同修もグループに加入し、皆異なる地区と時間帯で、協調の難度も増大しました。あのときホットラインが朝から晩まであり、圧力が大きく、グループの同修は頻繫に発正念する時間がなく、学法煉功も保証するのが難しかったのです。一定期間他の空間からの妨害も大きいと感じ、グループの何人かの同修は家庭と身体の魔難もありました。

 同修たちが一つの場所ではないので、集団学法と交流する時間が難しくて成功しませんでした。しかし必ずグループ全体の修煉状態を良くしなければいけないと思いました。ちょうど一人の同修が、病業の状態と、他の空間からの邪悪の妨害の要素があると言いました。私たちは皆に毎週のある夜に30分一緒に発正念しようと決めました。2回目の集団発正念の後、この同修は嬉しそうに言いました。彼女が見たのは、皆が発正念しているとき、師父が来られ、微笑んで弟子たちを見られていました。それを聞いてとても奮い立たせられ、この毎週のグループ交流と発正念を堅持していこうと思いました。それでこの毎週の発正念と交流の伝統が今日まで続いて、時に堅持して参加する同修の数が違うこともありますが、しかしその中から得るものはとても多いと感じます。私たちはまた事務室グループを作り、毎週2回集まって1時間学法し、抱輪を1時間し、同修たちも良いと感じています。

 それから、英文大紀元が迅速に発展するにつれ、注文量も急速に上昇し、顧客サービスチームも絶えず拡大し、ますます同修が加入し、だんだん自分の管理グループも出来上がり、グループは最初数人から、十数人、数十人、数百人になりました。顧客サービスと聞くと簡単そうで、ただ電話に出て、メールを返信するだけのように思いますが、しかしこの中で多くの段階と細部があり、その中で一つの段階でも全体の顧客サービスの質に関わります。また顧客サービスを良くしたいなら、一つの細かいところから厖大な過程に至るのです。

 協調する中で私心を取り除く

 グループが拡大し新しい同修が加入するにつれ、特にグループの中の皆は異なる文化背景があり、異なる言語、年齢、個性、異なる習慣とコミュニケーションがあるため、協調の難度もだんだん大きくなったように感じ、心性に対する容量と要求もますます高まったと感じました。

 同修と仕事になじむ過程の中で、自分の隠された執着心がさらけ出されました。以前は、自分が他の人と協力する時、自分では比較的良く協力していると思っていました。しかし今、協調を担任する役目からいうと、自分がこんなにきつく、重い党文化があり、嫉妬心、顕示心、闘争心、怨恨心、人に強制する、人に言われたくない等々を見つけました。

 一定期間、頻繫に同修と心性上の摩擦があり、心の中で間違っていると分かっていても、トラブルに遭うといつも心性を守れず、悔しくて「私はすでにこんなに苦しく疲れているのに、他の人はなぜ少しでも理解して思いやってくれないのか?」と思っていました。さらにあるとき表面上で同修に謝罪しても、心の中で思うことは、「私はすでにこんなに丁寧に謝罪しているのだから、相手も内に向けて探すべきで、私にも謝るべきではないのですか?」。このような考え方を持っていれば、同修とのトラブルと間隔を真に解決できないと想像できます。特に同修が比較的激烈な言葉で、直接私の間違いと党文化を指摘したとき、私は全身が爆発しそうになり、心の中で全く受け入れられず、逆に同修に対して大きな恨みをもってしまいました。

 あのとき私は修煉が向上できず、関を乗り越えられないと思い、周囲の同僚と責任者とも間隔ができてしまい、さらに顧客サービスの仕事の圧力も加わり、毎日聞くのはマイナスなフィードバックで、一種の意気消沈の状態に陥って、修煉者としての三つのこともついていけなくなってしまいました。

 この消沈の状態はまた、私の修煉の心のわだかまりに触れました。この数年の修煉の中、ある一種の強力な思想業力があり、この思想業力は必死に修煉の信心を失わせようとし、師父の救い済度に自分はふさわしくないと思わせ、さらには自分の生命の源を疑うことまでさせます。私は小さな頃から父母と一緒に修煉し、ずっと師父は私たちに最も良い修煉環境を按排して下さったと思っていて、精進している家族と同修を按排して下さり、夢の中や修煉過程でずっと各種の啓示をして助けて下さいました。ですから自分が全く修煉が良く出来ていない理由などないのです。しかし実際は自分の修煉に差があり過ぎると思っていて、師父の慈悲なる苦度を無にし、大法と修煉の機縁を本当に大切にせず、修煉の道で絶えず各種の間違いをしてしまいました。

 もし修煉状態が良ければ、これらの思想を抑制できると知っています。実際は自分の修煉の信心は、師を信じ、法を信じるところからきているからです。私は師父がいらっしゃることを信じるべきで、こんなに大きな法があり、師父は必ず私を見守って下さいます。しかし何かあると、その行いはとても差があり、長期に関を乗り越えられないとき、この思想業力が出てきて、このときになると、まるで真っ黒な水の中でもがいているようです。

 あの期間、私は毎朝仕事に行くのにとても勇気がいり、毎日仕事に行く時、一種の苦しみがありました。しかし理智の上では、自分は関を乗り越えるべきと知っていますが、精神上ですでに限界まできていました。それからそのとき精神上でとても苦しく、顧客の各種のクレームと不満、仕事の圧力に面して、私は心臓が頻繫にねじれるようで、一種の呼吸困難な感覚がありました。

 この苦痛の中で、私はひとつの理智を維持していました。「どのような状態でも、なるべく毎日仕事に行く」。これが修煉者としての環境で、自分を助けることだと信じていました。もしこの集団の環境を失ってしまうと、状態は更に悪くなるでしょう。あるとき、仕事の環境の中で、身体のそれらの物質の圧力が軽減したと感じました。同時に旧勢力によるグルグル包囲する手段を突破しようと思いました。実際心の中の深い所で、これらの良くない物は全て本当の私ではないと知っています。

 私は師父が説かれたこの段の説法をよく思い出します。「実は、自分自身にある正しくないすべての要素も含めて、すべて大法と大法弟子の正念と一致していないものはいずれも、旧勢力の関与によってもたらされたことです。そのため、私は正念を発することを大法弟子の三つの重要なこととして行なうよう指示したのです」 [1]。旧勢力が私の意志と信心を叩きのめそうとしていることを知っているので、旧勢力に実現させるわけにはいきません。

 私は改めて、なぜ修煉状態が一気に落ちてしまったのかを考え始めました。私が分かったのは、やはり仕事が忙しく、修煉の根本である学法、発正念をゆるめてしまい、これが実際の最も根本的な問題でした。修煉して長年、心を静めて学法し、多く発正念をすれば、乗り越えられない関はないと知っています。ですから私は自分に、なるべく朝の集団学法に参加するよう要求し、普段も自分で学法と法の暗記を強めました。

 最近の2年、明慧ネットで頻繫に見た同修の交流文章は『轉法輪』を暗記する経験と収穫で、とても励まされ、私も新たに法を暗記しようと思いました。最初少し困難な気持ちがあり、仕事も忙しいし、毎日の正常な対面での法の学びも保証するのが難しいと思いましたが、しかし普段の空いた時間を利用して、覚えられるだけしてみて、一段でも覚えられたらとても大きな収穫です。ですから普段地下鉄に乗る時、歩くとき、待っている時、いつも『轉法輪』を暗記しました。暗記は途切れ途切れですが、以前は分からなかった法理が分かったり、修煉の向上にとても助けになり、このようにして知らず知らずのうちに『轉法輪』を暗記し終えました。

 (続く)

 注:
 [1] 李洪志師父の経文:『波紋を呼んだ副元神に関する文章について』

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/6/19/427174.html)
 
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