警官は、何故「絶対年配の人達と付き合わないように」と注意するのか
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――携帯電話の安全性について、再び話しましょう

 文/中国の大法弟子

 【明慧日本2021年8月4日】携帯電話の安全問題について、明慧ネットの中に、多くの文章で話しました。またこの問題に対して、パンフレットなどにも載っていました。しかしこの面の隠れた危険性がまだあります。特に年配の女性同修の中に、この問題は非常に普遍的です。

 ある同修は私にこのようなことを話しました。その同修の地元に、真相が分かっている警官が同修に、「あなた達はそれらのおばあさんたちと行き来することを絶対しないでね、彼女たちが電話で話した内容は私たちには全部分かります。例えばあなたが作った餅が美味しいから持って来てね、また美味しい物を持って来てね、などなど。私たちは、その内容を聞けばすぐ真相資料を持って来てという意味だと分かります。彼女たちは真相資料がほしいという意味です。そのおばあさんたちは私たち警官を馬鹿だと思っているでしょう。私たちは今ネット封鎖を突破して、海外からの真実の情報を見て、法輪功のことを知っているから、あなた達のことを無視しています。そうでなければ、あなた達をとっくに連行しています」と言いました。

 この同修は、出国するためのパスポートを申請した時、ある年配の女性同修と電話でこのことを話しました。話の内容はすべて警官に盗聴され、同修のパスポートはすぐ没収されました。警官は、この同修がいつ集団学法に参加するのか、いつ家にいるのか、すべて詳しく分かります。これは、その年配の同修の電話を一回一回聞いていたからです。

 同修はまた他の町のことを話しました。数年前、仕事をもっている4人の若い同修は、お金を出して部屋を借りて、大規模な資料点を作りました(ここで、大規模資料点を作ることは良いかどうか話しません)。この4人はすべて余暇を利用して、不定期に資料点へ行って資料を作っていました。4人が同時にいることは殆どありませんでした。4人が作った資料はその町の全ての同修に提供していました。同修達は携帯電話の安全性を非常に重視し、資料点に行く時は、携帯電話を持たないし、資料を取りに行った同修も携帯電話を持って行くことを避けました。

 この資料点は数年間ずっと安全に運営していました。しかしある日4人の同修が同時に資料点にいた時、突然、警官に捜査されて、すべての物が没収されました。4人の同修は数年間の懲役を言い渡されました。

 その後、ある警官は、「あるおばあさんの電話を盗聴した時、その資料点の情報が分かりました」と話しました。年配の同修たちは電話で何でも話しています。これらの年配の同修の電話を監視して、数年間かけて、資料点の場所、誰が資料を作るのか、いつこの4人が集まるかなどすべて把握しました。だから、この4人が集まった時、捜査に行きました。

 この損失は非常に巨大で、教訓も非常に深刻でした。もしこの4人の同修の中に、誰かがこのことによって修煉をやめたり、或いは命を失うようなことが起きたら、これらの年配の同修は責任がないと言えますか?

 私の周りにこのようなことがよく起きています

 明慧ネットに、資料点はあちこちに分散するようにと要求があり、同修達は続々と家庭資料点を作りました。多くの資料点は学法点となり、同修達は学法が終わったら交流します。交流した内容から資料のことが伝わります。しかし、学法点へ行く時、携帯電話を持たないようにといつも強調しましたが、一部の人はずっと携帯電話を持って行き、携帯電話が鳴ってから、皆は初めて携帯電話が隣にあることを知りました。しかし、皆が交流する時は、資料のことや、プロジェクトのことを携帯電話の隣で話していました。またマナーモードを設定している学習者がいます。皆が交流する時、安全問題に対して全然気づいていません。

 また一部の同修が真相資料を配布する時、或いは他の同修に資料を送る時、或いは真相を伝える時、携帯電話を持って、「自分の正念は強い、大丈夫、毎日このようにしても大丈夫だ」と思っています。いくら注意しても聞きません。同修は明慧ネットの文章を見ているかどうか分かりませんが、明慧ネットに多くの文章の中に、はっきり説明しています。また一部の同修は電話で直接、資料が欲しいと言ってくるので、ほんとうに仕方がないと思います。

 わたしは同修を責めたくはないですが、しかし、同修、私たちは修煉者ではないでしょうか? 私たちは大法を修めているのではないでしょうか? 私たちは「無私無我で、なおかつ他人を先に、自分をあとにするという正覚にまで修め遂げなければならない」[1]と師父は仰っています。私たちは同修のために責任を持つべきではないでしょうか、大法のために責任を持つべきではないでしょうか? 衆生を救い済度するために責任を持つべきではないしょうか、このようにしていて、責任をどうやって持つのでしょうか、「法徒は魔難を受け 毀されるのは衆生」[2]

 常人の家族がいる同修なら、修煉環境を切り開くのは容易ではない、このことに対して、中国本土に暮らしたことがある同修ははっきりわかります。一旦迫害されたら、家の環境はすぐ緊張したものとなり、真相が分かっている家族にしても、その邪悪な恐怖の高圧の下で、恐怖のため同修を妨害することになります。

 師父は「皆さんが今携帯している電話、パソコンなどの電子設備、ネットに接続している設備は全部、盗聴器です」[3]とはっきり説かれました。何故聞かないのでしょうか? 何故邪悪に情報を提供するのでしょうか? あなたは法を超えることができますか?

 私は観察して、年寄りの同修が携帯を持つ原因は大体二つだと思います。一つは、耐えられない寂しさです。もう一つは、子供への情です。これは修煉者として、取り除くことではないでしょうか? 私たちは師父について天上の家に帰るのではありませんか、なぜ携帯電話さえ放下できないですか、あなたは携帯電話を持って天国に上れますか?

 携帯電話の安全性を注意しないことによって、同修が迫害されることが多く起きています。しかし、まだ一部の同修は携帯電話の安全性に注意しないし、わがままで、仕方がないので、私はこの文章を書きました。

 話は少しきついと思う同修がいると思いますが、是非ご理解、ご了承お願い致します。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作『精進要旨』「佛性に漏れなし」
 [2] 李洪志師父の著作『洪吟三』「世々生々は此の一生のため」
 [3] 李洪志師父の経文『二〇一九年ニューヨーク法会での説法』

 【編集者注:この文章は筆者個人の今の認識で、同修と交流して、「比して学び、比して修す」のためのものです】

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2021/4/19/423452.html)
 
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