問題児だった息子が立派な社会人になった
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文/中国の大法弟子

明慧日本2021年10月8日】

 私は1997年に大法の修煉を始め、心身ともに受益して顔色も良くなり、風を切って歩くように軽くなり、常に「真・善・忍」に従い、自分を律し、私と息子は今広大な佛恩の中にいます。

 大法は息子を変えてくれた

 息子はもともと善良ですが、臆病で、小さな頃から遊び相手と喧嘩することはなく、私が煉功してから、病弱でいつも顔をしかめていた私が迅速に回復して身体の健康を取り戻し、笑顔になったのを見て、「法輪大法は素晴らしい」、「真・善・忍は素晴らしい」を十分に理解しました。2001年、国保警察が不当に家宅捜査に来たとき、息子は『轉法輪』を隠して、警官が上から下まで徹底的に探しても、この本を見つけることは出来ませんでした。大法の書籍が不足している時、息子は私を手伝ってこの宝の本を守ってくれました。それだけでなく、当時邪悪が荒れ狂い、緊張した雰囲気で、学校の先生からどんなに圧力がかかっても、息子は終始私に一言も恨み言を言わず、私に修煉を放棄するように言ったことはなく、ただ安全に注意するようにと言うだけでした。息子は邪党の本質を知っていたので、入団申請書を書いたことも無く、学校で誰かに「お母さんはまだ煉功しているの?」と聞かれたら、「しているよ。母は身体が良くないから、煉功しないといけないんだ」と言いました。

 息子が高校入試の前夜、私に「お母さん、最初に坐禅した時どのくらいの時間座っていたの?」と聞きました。私は「30分よ」と言うと、息子は「僕も今日30分座るよ」と言い、痛みで大汗をかきながらも37分堅持して、約束を果たしました。

 2003年、息子の父親は、道德が欠落した社会の中で誘惑に勝てず、終日悪習に染まり、家庭に破壊をもたらしました。当時私たち母は住む所が無くなっても、私は子供を守り、息子の心身が健康に育つようにしようと思いました。夫と別れる間、夫は必死に女性を探し、家庭を築こうとして、女性がいる時は姿を見せませんが、仲が悪くなると私たち母子を追いかけてきました。元夫は頻繁に息子を蹴ったり殴ったりして、家に帰るよう脅迫しました。しかし夫は毎晩飲み歩き、息子はお腹を空かせていました。また、息子を夫の兄弟姉妹の家に預けて、居候させ、数年間息子は安定して学習する生活環境がありませんでした。夫に女性がいる時は、また息子を私のところへ送り、これを数十回繰り返し、息子は夫を恨み学業にも身が入らなくなりました。

 父親を懲罰しようと、息子は攻撃的な子供たちと仲良くなり、酒を飲むようになり、喫煙、殴り合いの喧嘩、自分が学校へ行かないだけでなく、他の子供まで誘うので学校は息子を除名しました。校長は元夫に「必ず子供を母親の所で教育させてあげてください、そうでなければ、この聡明な子は将来、社会の中でトラブルを起こします。あなたは今すぐにでも子供を母親のところに連れて行ってほしい」と言いました。この状況下で、夫はなすすべがなく、やっと私の所へ息子を返し、私たち母子に対し騒ぎ立てないと約束しました。

 私は大法だけが息子を変えられると思い、毎晩息子が帰って来てから、彼に師父の説法録音を聞かせました。だんだんと息子に変化が生じ、自発的に師父の説法を聞くようになりました。心がイライラしてどんなに不安定でも、法を聞けば静かになり、深く法を学ぶにつれ、息子は「真・善・忍」に従い自分の言行を正し、最後には喧嘩ばかりする子供たちとの付き合いをやめ、学習に身が入るようになりました。

 あの夜の息子「頭が痛い」

 息子が高校1年生のとき、また中学の時の遊び仲間と一緒の学校になりました。彼は「親分」で、校外でも頻繁に争いごとを解決していました。息子は以前私に、必ず師父の話をきき、過去と決別し、私に心配をかけないと言ったことがあります。息子は3日間寝ずに禁煙に成功し、毎日学校へ行き、宿題をし、校則を守りました。

 ある夜、息子は突然夜の自習に行かず、頭痛で休んでいました。次の日、私がやっと分かったのは、前日の夜、数十人の学生間で喧嘩が発生し、頭から流血して入院した多くの子供たちは息子の仲間達でした。彼らは息子を誘いましたが、息子に厳しく拒絶され、それで息子は「思いやりがない」とビンタをされました。

 最終的に、学校は7人の学生を除名しました。これらの除名された子供のほとんどが社会不適合者となり、刑務所に収監されました。この肝心なとき、息子は「真・善・忍」に従って正しい選択をしたのです。

 「僕は彼を許します。あなた達はまだ口論しますか?

 息子が高校2年のときです。学校が始まって間もなく、風がとても強い日のことでした。午前中の授業が終わって、息子は帰ってきてご飯を二口だけ食べてから学校に行きました。夜に帰って来てから、しきりにため息をつくので、私は「何かあったの? お母さんに教えて?」と言いました。

 息子は重々しく言いました。「母さん、人の手本となる人がどうしてこのようなことになるの? 今日午前中の3時間目のはじめに、先生が教室に入ったばかりのとき、前列の女子生徒が向きを変えて僕に何かを言ったけど、よく聞こえなくて、先生が僕に立つように叫んで、前列の女子生徒が何を言ったのか聞いてきました。僕は『分かりません。よく聞こえませんでした』と言ったんだ。そしたら先生が大声で、『最近の男女は本当に恥知らずで、授業のベルが鳴っても延々と愛をささやいている。あなたは今日必ず彼女が何を言ったのか説明しなさい。そうでなければもう授業を受けなくていい。早く出て行き、他の人の授業の邪魔をしないように』と言われた。僕は訳の分からない罵りに腹が立って、先生に、『学費を払っているのだから授業は受けます。女生徒が何を言ったのかは彼女に聞けばいいでしょう。なぜ僕に聞くのですか。あなたは意味不明なことを言って、教師の資格がありません。今は授業をして、終わってから2人だけで話しましょう。必ず私たちが納得いく説明をしてください』と言って座った。先生は僕の座席に来て、僕の服を引っ張り、『出ていけ』と言い、この新しい服もほつれて、そのとき本当に先生を蹴りたくなったけど、師父の教えである『真・善・忍』を思い出し、怒りを鎮めて、教室から離れた。僕が出ていくと、先生は厳しく前列の女生徒に『何を言ったのか』を聞き、女生徒は『(僕に)窓を閉めて、風が強くて少し寒いと言いました。(僕は窓辺に座っていた)』と答えた。あの教師は信じなくて、続けて聞きがたいことを言い、またあの女生徒を叩き、知らせを聞いたクラス主任が止めに来た。クラス全員の同級生が立ちあがって声を揃えてあの教師に大声で、『失せろ! 失せろ! 失せろ!』と言った。午後にこの教師が理科クラスの授業の時、『文科クラスの素質が悪い。ベルが鳴ったのに男女の生徒は恋愛話を続けている。クラス全員が悪い奴だ』と言った。僕たちのクラスの同級生は皆怒って、『学校がこのろくでなしを教育界から追放しなければ、私たちは授業を停止し、上告する』と全員が言い出した」。

 それを聞いて私はすぐに、「あなたは成長したね。今日の行いは本当に良かったよ。怒りを抑え、また師父の法を覚えていて、『真・善・忍』に従って行ったのは本当に素晴らしい。もし先生を蹴っていたら、先生はあなた達学生を叩き、クラス全体が大混乱になって、収まらなかったでしょう。お母さんは、あなた達の先生が何か嫌なことがあって、その怒りをあなた達にぶつけているのではないかと思う。でもそれは必ず間違っていますが、何か原因があるのでしょう。あなたは人を思いやることを覚えてね。これからの人生の道で、各種のこれらのことや、そのような人に遭遇した時、あなたは怒りに任せて過激な事を言ってはならず、この先生を戒めとし、何かあった時に配慮をなくしてはいけません。今晚はよく休んでね。そんなに大したことではなく、明日あなたの同級生たちにこれからの学習に影響を及ぼさないよう励ましてあげて」と言いました。

 学生の親の中には官僚もいて、一人娘が言われもなく侮辱を受けたのを聞いて、学校に抗議して説明を求めました。学生たちは更に憤激し、息子以外、クラス全員がこの教師を除名するよう署名し、そうしなければ提訴し、テレビや新聞に通報すると言いました。このことで学校の校長、学年主任、クラス主任、十数人の学生代表がこの事を話し合いました。校長は、「この教師は離婚し、男女の子供を育てていて、とても大変で、授業の前、近隣と強烈に衝突し、その怒りが学生に向いた。学生たちも理解してほしい」と言いました。

 すぐにある女生徒が言いました。「この教師は成年で、離婚は自分がしたことです。子供を育てるのは彼の責任です。近隣と問題が起きたのは、彼の性格に問題があるからです。私たちは教育を受けに来ていて、理由もなく屈辱を受けに来たのではありません。彼は高校教師で、給料や待遇も良いのです。私たちはまだ大学受験もあり、これから仕事もあり、これからの人生でまだどれだけの困難が私たちを待っているか知れません。彼を除名しないと言うのなら、少なくとも私たちクラス全員に謝ってください。そうでなければ許されません!」。

 息子は言いました。「私たちは訳もなく教師から侮辱され、確かに不服でした。しかしこれからの人生の道で、どんな奇々怪々なことが起きるか誰がわかるでしょうか? ですから彼が私たちにあらかじめ予防線を張ってくれたおかげで、私たちはこれから驚かずに対処できるでしょう。学校は現在ちょうど省レベルの重点高校監督評価を進行中で、全校教師と生徒がこのためにとても努力してきました。もし私たちがこの小さなことで学校が落選したら、先輩たちだけでなく、今後の後輩たちにも申し訳なく、また将来自分達も思い出した時、一生後悔するかもしれない。クラス全員の署名は残りが僕だけです。僕はすでにそれを破棄しました。この直接の被害者である僕は彼を許します。あなた達はまだ口論しますか?  現在学習がとても緊迫していて、このことのために私たちの大学受験が影響を受け、私たちの人生が影響されるのはとても値しないことです。もし私たちの堅持の下で彼が除名されれば、彼の性格ではその結果は想像もつかず、更に多くの人が害を受け、更に多くの人が安心できないでしょう。ですから私が提案したいのは、この事はここまでにしてはどうでしょうか。学校に対しても、私たちに対しても、彼の家庭の子供に対しても良いことです」

 このようにして、この事は風が吹いたように何事も無く消えました。それから校長、学年主任、クラス主任は私を訪問して感謝を示し、「(息子さんが)こんなに寛大だとは思わなかった。胆力があり、見識があり、母親の教育が良い」と言いました。私は「私たちの師父の『真・善・忍』の法理が、息子の心身に溶け込み、言行の規範に繋がったのです」と彼らに言いました。

 師父の法理が息子を変えて下さったことに感謝します。社会で1人の狼が消えました。現在息子は大学を卒業し、すでに働いて数年になり、独学で大学院の卒業証書を獲得し、現在は美しい省都で仕事をし、結婚して家を購入しました。昔は問題児だった息子は、今は立派に成長しました。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2016/12/22/339204.html)
 
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