文/中国の大法弟子
【明慧日本2025年3月30日】私は1998年に『轉法輪』という本を読んで法輪大法を学び、インターネットでビデオを見て煉功を学びました。法輪大法の創始者・李洪志師父に対する私の印象は、明慧ネットの『師恩を偲ぶ』というシリーズから師父が中国で法を伝えておられたときの実際の生活と仕事について学びました。私は明慧ネットの特別報道『私たちの師父』(2025年1月4日)を読んで、長年にわたって師父はどこにいても変わっておられないことを理解し、感動しました。
記事は師父についてこう書かれました。
「工事現場で働く学習者なら分かりますが、李先生は休むことなく働き続けておられます。龍泉寺の工事現場で、最も困難な場所に李先生の姿があります。最も体力のいる場面に李先生の姿があります。木を運ぶ時、李先生は重い方を持ち上げています。李先生はいつもゴミを集めています。李先生は誰よりも動きが速いので、周りの人の気が緩んでしまうと、李先生はすでに片付けを終えます。汚い水溜りは誰も清掃したくないのですが、李先生はためらうことなく、速やかに掃除します。道路にある小石は、車に踏まれると、路面が傷ついてしまう恐れがあるため、李先生はいつもさっと拾い上げ、道端に寄せています。工事現場や路上に落ちた釘は李先生は見かけるとすぐに拾い上げ、分類したあと倉庫に預けるのです。芸術団の創作活動への指導、服装や道具のデザイン、声楽指導、演目制作、品質確認など、忙しい合間を縫って、移動中にも李先生は時間を作り、安い紙製のファイルに歌詞を書いたり作曲したりしています」
「李先生は皆さんに修煉を教えている以上、自分自身が模範を示さなければならないとはっきりおっしゃったことがあります。歴史上、お金に関する教訓が多くあったため、李先生は一銭たりとも受け取らないと決めています。また、自ら範を示し、皆さんに節約を教えています。例えば、舞台機材、照明など練習や公演に必要な機材について『必ず値下げ品を購入してください』と李先生は担当者に伝えています」
「この学習者によると、龍泉寺にいても旅行中でも、李先生は朝ご自身で洗濯しています。朝食を取らずお水またはコーヒーを飲むだけです。昼食は龍泉寺の食堂で簡単に済ませ、夕飯はガーダータンと呼ばれる中国のすいとんを食べたり、残りもののご飯にお湯を注ぎ漬物と一緒に食べたりします」
師父はこう説かれました。「わたしは皆さんに大法を教えただけではなく、わたしの行ない方をも皆さんのために残していますが、仕事のときの口調、善の心、それに加えて、道理で人の心を変えることはできても、命令では永遠にできないのです!」(『精進要旨』「はっきりと目覚めよ」)
法輪大法の弟子として、師父の行いを見て、私は、突然とても恥ずかしい気持ちになりました。例えば、毎食、私はテーブルに野菜と肉をうまく組み合わせた料理がいくつかあるようにしています。新鮮な食材を買うためにいろいろな市場に行くのが楽しみです。私は道路を渡るときは、安全を考えずに時間を節約するために横断歩道を渡りません。
師父はこう説かれました。「…大志を懐きながら細かいことに配慮し…」(『精進要旨』「聖者」)
師は私たちに模範を示してくださいましたが、弟子である私は師父から学びませんでした。
師父は宇宙を滅亡から救うために法を伝え、修煉者が圓満成就して衆生を救う使命を成し遂げられるよう助け、師父は修煉者と世の人々のために苦難を負い、苦しまれています。師父は大法プロジェクトの運営を指導し、神韻が世界中でできるだけ多くの人を救うように保証します。私が行うことは、師父のたゆまぬ努力に決して匹敵しません。
『私にたちの師父』を読んでから、私の心は澄み渡りました。私は三つのことをしっかり行うだけでなく、細かいことにも気を配ろうと決心しました。さまざまな観念や、安楽や恨みへの執着をなくそうと思います。
次元に限られていますが、適当でないところがあれば、同修の慈悲なる指摘をお願いします。
【修煉者同士の理性的な交流は、一般的に、その修煉者がその時点で修煉を通して得た認識に基づいたものであり、善意を持って交流し、互いに向上することを目指すものです】