90歳の同修:老齢を認める観念を見つけた
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 文/河南省の大法弟子が口述したものを、同修が整理

 【明慧日本2022年10月11日】私は幸運にも1996年に法輪大法に出会いました。 当時、私は「黒病」と呼ばれる非常に珍しい病にかかり、あちこちで医療機関の助けを求めたましたが、中国の多くの医師はこの病気を聞いたこともなく、完全に治すこともできませんでした。 大法を修煉してから、私は間もなく健康を取り戻し、家族、同僚、近所の人々も皆、大法の奇跡を目にしました。 そのため、家族は私が大法を修煉することにとても協力的で、家に、学法のグループを立ち上げました。26年間、師父の慈愛のもと、最も厳しい迫害の時期にも、法輪功の集団学法は中断されることはありませんでした。

 私は今年で90歳になりますが、指を折りながら数えてみると私の周りには同年代の人が少なく、自分が年をとっていることを実感していました。私は次第に外出しなくなり、法輪功の五式の功法を一度にこなせなくなり、足腰も弱ってきました。

 あるとき、私はトイレに行ったとき、突然意識を失い、床に倒れました。家族は急いで医師を連れてきました。 医師からは、「血圧が高い」と言われ、降圧剤を大量に処方されました。 自分の修煉がよくできていないと分かっていましたが、そうは言っても私は修煉者であり、長年の修煉の中でずっと私を守ってくださったのは師父なのです。 私は薬も飲まず、病院にも行っていません。

 しかし、それ以降は「私はまた倒れるんじゃないか」という不安を常に持つようになり、家族は私を心配して、私のそばから離れることはありませんでした。時には夜中におしっこを漏らすこともあり、家族の足を引っ張っているのではないかと思い、申し訳ない気持ちになりましたが、家族は「この程度は良いほうだよ。年齢の割にはそんなに悪くないよ」と言って慰めてくれました。

 私は修煉者の角度からこれらの問題を考えていなかったので、いつも無力感を感じ「自分はもう年だから」と思いました。そして「親があと数年遅く私を産んでくれていたら、修煉に間に合ったのに」と、師父の法像の前で愚痴をこぼしたりもしました。

 ある日、私は寝室のラジエーターを踏んで一番上の窓を開けようとした時、激しく転倒してしまい、足が動かなくなりました。一日中ずっとベットに横になったままだったので、学法も煉功もできず、正念も自信も完全に失っていました。でも、心の奥底では、「師父はいつも私のことを守ってくださっている」と確信しており、その思いは決して揺らぐことはありませんでした。

 ある日、ふと師父が「ご存知のように、張三豊は七十歳あまりの時、道を得て百三十歳まで生きました。七十歳あまりから修煉し、正式に修煉を始めたのです」 [1] と仰ったことを思い出しました。私はまだ90歳です。それに宇宙の大法を修煉しているので、私は老齢ではありません!

 私が内に向けて探したところ、「根本的に自分を真の修煉者として考えなかつたため、完全に師父を信じ、法を信じることができなかった」ということに気づきました。私の最大の執着は「自分はもう年だから、師父と共に帰るのは無理だ」とずっと思っていたことでした。正念から外れたこの考えが、このようなトラブルや苦難を招いたのだとわかりました。

 老齢を認めてはいけません。私は普通の人ではなく、修煉者であり、大法弟子なのです。私の全てについては師父に権限があり、すべては大法の支配下にあります。 私はさらに学法をし、同修たちも発正念をしてくれました。すると足はすぐに回復しました。 この年齢で普通の人だったら、転んだら半身不随になっていたかもしれません。

 私はこれらのことを経験した後、この間経験したことは修煉の過程であると分かりました。慈悲深い師父が私を悟らせ守ってくださったのです。修煉の中での自分の足りないところを認識させてくださり、悪いことが良いことに変わり、心性が向上できたのです。

 師父の慈悲なる救い済度に感謝いたします!

 師父にお礼を申し上げます!

 注:
 [1] 李洪志師父の経文:『米国中部法会での説法』

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/10/4/450281.html)
 
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