台湾法会|一人のカトリック教徒が大法に出会う
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文/台湾の大法弟子

 【明慧日本2022年11月21日】

 一、大法を修煉したきっかけ

 私は54歳になった2018年12月に法輪大法の修煉を始めました。それまでは法輪功を知らず、誰に紹介してもらったこともなく、インターネットで大法に出会い、それがきっかけで修煉を始め、そろそろ4年になります。

 私は幼い頃に両親に捨てられ、カトリックの修道院で修道女たちに育てられました。それにしても、成長の過程で私が受けた愛と尊敬は、家庭を持つ子供よりも多いかもしれません。私は病気も少なく、生活も順調で、いつも自分が恵まれていたと思っています。親に捨てられたことに感謝すると人に言ったこともあります。元の家庭なら、これほど良い成長環境はなかったかもしれません。修煉してから、全てには因縁関係があり、神はすでに全ての人の一生を按排されたことが分かりました。現在、私はカトリック幼稚園で園長を務めながら、短大の幼保・幼教科部の講師を兼任しています。

 幼い頃からカトリックの教えを受け、カトリックには輪廻の説がないことを知っていますが、読書が好きな私は輪廻を信じています。仕事上の必要から、常にパソコンを使い、ネットで資料や最新情報を探しています。暇な時はインターネットで予言や神、霊などの関連動画のほかに、中国共産党(以下、中共)関連の報道にも注目しています。インターネットで中共の臓器狩りの悪行が私を驚かせ、恐怖を感じました! 「世界にどうしてこのような政権があるのか? まったく極悪非道の極みだ!」と思いました。ある時、ネットの動画で「創世主はすでにおられる」と聞いた時、心に響きました。「これは本当か? どこで創世主を見つけることができるのか?」と自問しました。

 私は子供の頃から『聖書』に触れ、創世主が天地万物を創造する主宰者であることや神が再び降臨し、末世に大審判があることを知っています。神は本当にもう来ておられているのでしょうか? ネットの動画で「法輪功」と聞いた時、とても興味深く探した結果、ついに「法輪大法in台湾」のサイトを見つけました。私は車での出勤や帰宅の時間を利用し、数日かけて大法師父の九編の説法録音を聞き終えました。それから自分でネット上の煉功動作を見ながら五式の功法を習いました。印象的だったのは、第一式の功法を煉った後、すぐに就寝しましたが、しばらくすると、下腹部に力が押し込んでくるような感じがしました。以降、そのような感覚がなくなりました。後になって、それは師父が私に法輪を植え付けてくださったのではないかと思いました。本当に不思議な体験でした! 私は約半年をかけてインターネットで師父の各地での説法を読み、集団学法と煉功の重要性が分かりました。しかし、家庭からの抵抗が大きいため、たまにしか参加できず、ほとんど独自で修煉しています。私にとって、このような状態を突破しなければなりません。

 二、修煉後、心身に現れた変化

 修煉する前、私は敬虔なカトリック教徒でした。しかし、自分が長い間教会で感じてきたことは、礼拝に参加した後でも、神に懺悔をした後でも、元の木阿弥で同じ過ちを犯し、トラブルの中で自分を修めることができず、最後まで争う執着心を捨てられませんでした。ですから、私は宗教の中にいても、本当の平安を得ることができませんでした。法輪大法を修煉して、やっと大法だけが本当に人を変えることができると分かりました。それは本質からの真の変化です。

 師父は「われわれはねらいを定めて、本当にその心を指摘し、その心を取り除くわけですから、修煉がきわめて速いのです」[1] と説かれました。

 修煉後、私は大法の真・善・忍に同化することが分かり、できるだけ他人のことを考え、人のためになる良い人を目指すようになりました。例えば、ある時、苗木を買う時、私は新しい品種の苗木を買いに行きましたが、店長は古い品種と勘違いをして90元少なく受け取りました。私もその場では気づかず、帰り道で支払った金額が間違っていることに気づきました。店からすでに遠く離れていたので、私は別の時間にわざわざ店に行き、店長に当日の状況を説明した上で差額分を補いました。たいした金額ではありませんでしたが、店長は何度も感謝してくれました。大法に出会う前、このような場合、その場で自ら差額分を払うことができても、離れた後わざわざ戻って不足分を納めることはないと思います。なぜなら、大法の修煉を通して、私は「「失わなければ得られず」[1] という理が分かっているからです。少し残念なことは、当時私が法輪功の修煉者であることを告げず、大法の素晴らしさを伝えるチャンスを逃してしまいました。

 三、心性の試練

 修煉してから、時々心性を試されることがありますが、基準に達していないと感じた時もよくあります。「先ほど、どうして心性を守らなかったのか?」と、いつも後から悔やんでしまいます。 例えば、幼稚園の仕事で、保護者には夜の6時前に子供を迎えに来るようにと頼んでいます。私は園長なので、6時以降は私が子供たちの面倒を見なければなりません。ですから、心の中で遅く迎えに来た保護者に対して不満がありました。ある時、6時過ぎに来た保護者に「どうしてこんな時間に来たのですか?」とついに文句を言ってしまいました。すると、その保護者は「先生はどうして人のことを考えてくれませんか? 急いで来るため事故にでも遭ったらどうしますか?」と反論しました。その時、私は師父が彼女の口を借りて、私に「自分のことより他人を優先的に考える」という法理を悟らせてくださっていると思いました。それ以降、私は「二度とこのようなことをしてはいけない。迎えが遅くなった保護者も大変だっただろう。もっと人を思いやる気持ちを持たなければならない」と常に自分を反省しました。

 また、自宅を建てる過程の中で、心性の試練が絶えませんでした。我が家の向こう側の家も建築中で、初期の工事から、向こうの作業員は私たちの空き地に泥やゴミを捨てたり、用を足したりすることさえありました。最初は腹が立って、向こうから捨てにきたゴミを相手のところに返そうかと思いました。しかし冷静に考えると「そのようなことをすると、修煉者どころか、ただの常人ではないか? 善と忍を修めていないのではないか? 実は、すべて私に業を消し、心性を向上させるために按排してくださったことではないか?」と自分に聞かせました。それ以降、私は工事中に現れたトラブルや厄介なことに直面した時、心を動じずにいることができました。

 セメント工事の時、担当者が必要以上に多めに注文し、残りの材料はすべて彼に持ち去られたそうです。最後に建材ショップと決算する時、やっと十数万元の材料費が多く出たことを知りました。大法弟子として、大法の導きがあるからこそ、穏やかな心を保つことができます。修煉していなかったら、私は毎日不平不満を感じていると思います。

 四、人々に大法の真実を伝え、神韻公演を広める

 修煉してから、大法弟子として学法と煉功、それに真相を伝えなければならないと分かりました。

 師父は「真相を伝えることは大法弟子にとって本当に重要であると、皆さんははっきり分かるべきです。あなたはただ個人の修煉をしているのではありません。あなた個人の修煉は自分が代表している厖大な天体の中の生命を救い済度しているのです。真相を伝える中で、あなたは更に多くの、ひいては更に大きなその他の厖大な天体及びその天体の中の生命を救い済度しており、それは大法と歴史が皆さんに賦与した責任だからです」[2] と語られました

 夫は修煉しておらず、大法に対して理解していないため、私の活動に反対する時もあります。私は夫が少しずつ大法の素晴らしさと真実を知ることを望んでいます。現在、私は出かけて真実を伝えてはいませんが、資料を郵送したり、SNSで情報を発信したりして、人々に大法の真実を伝えています。

 神韻公演を推進することにも徐々に積極的になりました。最初はただ家族を連れて観に行きましたが、今は周りの人たちにも紹介するようになりました。私の側には幼稚園の先生や大学の教師がたくさんおり、保護者の中にも主流社会の人がたくさんいます。しかし、正念が足りないため、なかなか薦めることができませんでした。今年はやっと一つの突破がありました。幼児教育協会の理事、監事はみな幼児教育界のエリートです。私は理事、監事の会議中で、理事長に神韻説明会をお願いしました。理事長はすぐに同意してくれました。嬉しいことに、説明会の現場では7人の理事、監事が高額券を購入しました! しかしその後、中共ウイルス(コロナ)の状況が厳しくなり、感染してしまうと園児に影響を与える恐れがあるためキャンセルとなりました。それを聞いて残念でなりませんでした。「どうしてこのようなことになったのか?」と私は内に向けて探しました。今年私は恐れる心を克服して積極的に神韻公演の推進に参加することができました。しかし、歓喜心が生じたため、邪悪に隙を乗じられたと分かりました。残念な気持ちもありましたが、今回の躍進で、来年はより良い宣伝活動ができ、より多くの衆生が神韻を観賞できると思います。

 五、結び

 修道院に54年間もいたカトリック教徒が大法弟子になれたことは、なんと幸運で光栄なことでしょう!

 師父は「皆さん知っていますか? 皆さんは大法弟子であり、天上で無数の生命、無量の生命が皆さんのことを羨ましく思っています。私は今日、どの高次元の神に対しても、その神の次元の高さに関わらず、大法弟子になるようにと話したら、一秒も経たないうち、私の話が終わったとたん、彼は即座に飛んできて、嬉しくてたまらないのです。分かる人なら誰でも分かっていますが、それは自分を救っただけではなく、彼の世界にいる無量の衆生を救うことができ、これは未来の宇宙で最も素晴らしいことです」 [3] と説かれました。

 この説法を読み、私の感動と師父の慈悲なる済度に対する感謝は、人類の言葉では言い切れません!

 法輪大法を修煉して4年近くなりました。私にとって、それは生まれ変わり再生する過程です。一方、自分の修煉状態を見る限り、まだまだ精進しなければなりません。心から真剣に学法し、毎朝の煉功を続け、そしてもっと集中して発正念をする必要があります。人々を救うために、表面的なものではなく、さらに力を入れて大法の真実を伝えなければなりません。また、周りの同修たちの協力と助けのお陰で、私は順調に修煉の道を歩むことができました。皆さんに感謝します! これから、私はさらに精進し、合格した大法弟子になりたいと思います。

 師父、ありがとうございます!

 同修の皆さん、ありがとうございます!

 以上は私の修煉体験です。不足しているところをご指摘お願いします。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪
 [2] 李洪志師父の著作:『北米での巡回説法』
 [3] 李洪志師父の著作:『各地での説法十一』「大法弟子とは何か」

 (2022年台湾法輪大法修煉心得交流会原稿)

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2022/11/15/451875.html)
 
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