文/鑒識
【明慧日本2023年8月16日】(前文に続く)
修行への道 度重なる試練
杜子春に会うと、老人は尺八をやめ、杜子春を連れて華山の雲台峰に登りました。山に入って20キロ余のところに来ると、大きくて立派な邸宅があって、普通の人が住むような家には見えませんでした。鶴が飛び、彩雲がたなびき、部屋の正面中央には九尺余りの煉丹炉があり、炉の中には紫光が光って建具を映しています。9人の仙女が炉を囲んで立ち、炉の前後には青龍、白虎が見張っていました。
夕方になって、その老人を見ると、凡人の服ではなく、赤い道袍を着て黄色い道冠をかぶった道士でした。道士は白石丸3個と酒1杯を杜子春に飲ませました。道士は虎の皮をもう一枚持って奥座敷の西壁の下に敷き、東を向いて座り、杜子春に「決して声を出してはいけない。ここに現れた大神、悪鬼、夜叉、あるいは地獄、猛獣、そしてあなたの親族たちが罪に問われ、縛られて拷問されることは、真実ではなく、幻です。あなたはどんな恐怖場面や惨状を見ても、じっとして話さないでね。安心して怖がらなくてよい。それは決してあなたに危害を加えることはない。その時は、私が今日あなたに言った言葉だけを覚えなさい!」と諭しました。
道士が行った後、杜子春は庭の中を見ると、水を入れた大きな甕(かめ)のほかに何もありませんでした。しばらくすると、外から人の叫び声や馬の鳴き声が天を震わせているように聞こえてきて、山や谷いっぱいに兵士がいて、旗を振り、矛(ほこ)がきらきら光って押し寄せてきました。大将軍と名乗る人物がいて、身長は1丈(約330cm)余りで、本人も馬も光り輝く金の鎧を着ていました。大将軍の衛士だけでも数百人おり、みな剣を持って弓を張りながら家の前に来て、「お前は何者か? 大将軍が来られてもなぜ去らないのか?」と杜子春を大声で叱りました。
衛士は杜子春に剣を向けて「名前は何か? ここで何をしているのか?」と質問しても、杜子春は黙っていました。彼が声を出さないことに激怒された衛士たちは、大声で「殺せ! 撃て!」と叫び、その音は雷鳴のようなものでしたが、杜子春は泰山のようにびくともせず、腰を下ろし、耳を貸さなかったのです。最後に、大将軍はいくら怒っても仕方ないと、兵士を率いて撤退しました。
やがて猛獣の虎やライオン、それに毒の龍や蛇、サソリの群れが現れ、一斉に杜子春に襲いかかって、彼の頭の上で爪を広げて飛び回るものもいましたが、杜子春は依然としてじっとしていて、声を出しませんでした。しばらくすると、これらの猛獣や毒蛇もすべて散っていきました。
その時、急に大雨が降ってきて、手を伸ばしても指が見えないほど空が暗くなりました。しばらくすると、大きな火の輪が彼の左右に転がって前後で輝き、眩しくて目を開けることができませんでした。それからあっという間に、庭の水の深さは一丈余り(約3m)にもなり、稲妻の中で雷の音が響き、山が崩れ、川の水が逆流するような勢いで押し寄せました。杜子春の心には道士が念を押した言葉が浮かんでいたので、動じずに正座して、まばたきしませんでした。さらに前述の大将がまたやってきて、地獄の牛頭馬面と怖い鬼の群れを連れ、沸騰したお湯を満たした大きな鍋を杜子春の前に置き、槍とフォークを持った怪物が現れ、「名前を言えばお前を放す。言わなければ、鍋に入れて煮てやる!」と脅しました。それでも、杜子春は口を開きませんでした。
すると、鬼たちはまた杜子春の妻を捕まえて階段の下に縛り付け、彼の妻を指さして「お前の名前を言えば、彼女を放す」と大声で言いました。それでも杜子春は黙っていました。すると鬼たちは彼の妻を鞭で打ち、刀で斬り、矢を射り、さらに焼いたり煮たりして、あらゆる苦しみを嘗めさせました。彼の妻は耐えきれず「私は不器用であなたにはふさわしくないかもしれませんが、妻として十数年も寄り添ってきました。今、私は鬼に捕まって、こんな拷問を受けていて、とても耐えられません! あなたが彼らにひざまずいて助けを求めることまで望んでいませんが、ただ一言言ってくれれば、私は生き残ることができます。誰もが情があるはずですが、あなたは一言も言わずに、私が苦しみ続けるのを見ていられますか?」と、妻が庭で泣きながら叫びました。ずっと見て見ぬふりをしていた杜子春に、大将は「これでも口を開こうとしないと、もっとひどい手段を見せてやる!」と言って、鬼に大きなやすりを運んできて、足から少しずつ前進まで彼の妻をこするようにと命じました。妻の泣き声はますます高くなりましたが、杜子春は終始動じませんでした。
大将軍は「こいつはすでに妖術を身につけたので、この世に長く生かせてはならない!」と言って、杜子春を斬る命令を出しました。杜子春は殺された後、魂は閻王に連れて行かれました。閻魔大王は杜子春を見ると、「これは雲台峰のあの妖民ではないか? 地獄にぶち込んでくれ!」と命じました。杜子春は油の鍋、鉄のテント、錐でつき砕く、研磨、火の穴、最後に、刀の山と剣の海など、数々の地獄の拷問を受けました。しかし、杜子春は道士の注意を心に留めていたため、歯を食いしばって、呻くこともなく忍耐しました。最後に、地獄の鬼は閻魔大王に「すべての刑罰を使い果たしました」と報告すると、閻王は「こいつは陰毒であるから彼を男にしてはいけない。来生、彼を女にしろ!」と命じました。
そこで、杜子春を宋州単父県の知事王勤の家に生まれ変わらせました。杜子春は女性に生まれ変わりましたが、生まれつき病弱で、注射と薬は日常茶飯事で、そのほかにも火の中に落ちたり、ベッドから転落したり、数え切れないほどの苦しみを受けましたが、一度も声を出したことはありませんでした。やがて杜子春は美しい女性に成長しましたが、話したことはありませんでした。彼女は口がきけない人完だと思われ、家族や親戚にもひどくいじめられましたが、常に黙っていました。
情を放下できず、修行が失敗
知事の同郷人で進士に合格した盧珪という人がいて、知事の娘の美貌を慕い、仲人を頼んで結婚を求めましたが、口が聞けない理由で辞退しました。盧珪は「妻としては、やさしくて賢ければいいのです。話ができるかどうか関係ありません。逆に、おしゃべり女のお手本になります」と表明しました。こうして知事は結婚を承諾しました。二人はとても仲がよく、数年後には男の子が生まれました。その子が2歳になった頃、頭がよくとても可愛く、盧珪が子供を抱いて妻に話をかけても、彼女はいつも無言のままでした。
ある時、盧珪は妻の態度に激怒し、「昔、賈大夫の夫人は彼が無能だと思い、彼を軽蔑して笑顔を見せることはなかったが、彼が山鶏を撃ったのを見て、彼に対する恨みを晴らした。私の地位は賈大夫に及ばないが、私の才能や知識は山鶏を射るより百倍も強くないのか? しかし、お前は私と話すのを嫌がっている。夫として妻に馬鹿にされているなら、その子どももいる必要がない!」と言いながら、男の子の足をつかんで投げ出すと、子どもの頭が石にぶつかって破裂し、血が一気に飛び散ったのです
愛する我が子が目の前で亡くなったことに心を痛めた杜子春は、道士の忠告を忘れてしまい、思わず「あ、あ!」と叫んだのです。
声を出した瞬間、杜子春は自分がまた雲台峰の道観に座っていて、道士が目の前にいることに気づきました。明け方になると、突然紫色の炎が梁に飛び火し、瞬く間に燃え広がって建物を焼き尽くしました。道士は「この意気地のないやつ、大事なことを無駄にしてしまった!」と叱りながら、杜子春の髪を持って水がめに投げ入れると、たちまち火が消えました。
道士は「あなたの心の中では、喜びも、怒りも、哀しみも、恐れも、悪も、欲も捨てることができたが、子供に対する情を忘れることができなかった。子どもが投げ出された時、あなたが声を出さなければ、仙丹を煉ることが成功したはずだ。とても残念だ。修煉の人材を得ることは本当に難しい! 私の仙丹は再び煉ることができる。あなたは今人間界に戻らなければならない。これからも一生懸命に修行しなさい」と話しました。
道士は遠くを指さし、杜子春に家に戻る道を教えました。帰り際、杜子春は焼けた建物の基礎に登り、そこに煉丹炉が壊れているのを見ました。煉丹炉の中には鉄の柱が腕ほどの太く、数尺もの長さがありました。道士は服を脱いで、刀でその鉄の柱を削っていました。杜子春は家に帰った後、道士への誓いを忘れたことを悔やんで、自分の過ちを償い、戻って道士を探して、微力を尽くそうと思いました。しかし、彼は再び雲台峰に来ましたが、何も見つからず、悔しい思いをして帰りました。
(『太平広記』による)
(完)