法輪大法は私を明るい未来へ導いてくれる
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文/中国の大法弟子  

 【明慧日本2024年12月21日】私は貧しい家庭に生まれました。小さい頃は、伯父の家の隣にある古びた小さな家で、5人家族が一緒に生活していました。その家には水もガスもひかれていなかったので、水は伯父の家から汲んでこなければなりませんでした。

 両親の帰りが遅いときには、私たちはその伯父の家で両親の帰りを待たなければなりませんでした。伯父の家の子どもたちはよく私たちをいじめ、私たちはいつも人の顔色をうかがいながら行動し、他人に依存しなければ生活ができませんでした。

 また、両親はよく喧嘩をしては手をあげるので、私は非常に恐怖を感じ、このような家庭にいる自分の境遇に、正面から向き合うのが苦痛でした。

 それに加えて、私は小さい頃から体が弱くよく病気をしていたため、父母から構ってほしく、いつも両親の愛情に飢えていたのです。しかしその頃、両親は仕事が忙しく、子どもの世話にまで手が回らず、私たちは父母からの愛情を十分に受けることができませんでした。

 私はこのような境遇から、自分に対して強い劣等感を持ち、自分の運命を恨み、他人に嫉妬し、幸福を渇望し、成功したいと強く望むようになりました。後に私は大学に進学し、比較的良い仕事に就き、その時代における優れた人材となりました。

 法輪大法は私に新たな命を与えた

 ちょうど自分の目標を達成し、人々の中で大きな成功を収めようと思っていた矢先のこと、私の体は警告を発しました。深刻な心臓病にかかり、心室頻拍を発症したのです。そのため、私は動悸、息切れ、全身の倦怠感を感じ、さらに深刻な不眠症、消化不良、便秘、貧血、月経不順、意識の低下などの症状も現れました。

 私は教育に携わる仕事なのですが、仕事のプレッシャーが大きく、仕事量も多く、競争の激しい環境でした。その上、名声や富に対する欲求が強く、闘争心も強いため、同僚との関係も非常に緊張したものでした。

 ちょうどそのころ、私は結婚を考える年齢に達していましたが、婚姻というものにどう向き合うべきか分かりませんでした。当時の私の大卒の学歴と就いている仕事の労働条件から見れば、条件の低い相手を選ぶのは嫌でした。人に見下され、恥をかくのが怖かったからです。反対に条件の良い相手に対しては自分が健康でないために結婚相手として選ばれないのではないかと恐れて、結局誰とも結婚できませんでした。

 住む場所もなく、当時私の兄がすでに結婚していたこともあり、両親と一緒に50平方メートルにも満たない2部屋の家で5人で暮らしていました。本当に苦しい日々でした。

 体調の悪い私は、あちこちの病院に行きました。漢方と西洋医学の両方を試し、少なくないお金を使ったというのに、回復の兆しは見えませんでした。それから気功の練習も始め、いくつかの気功を試しましたが全く効果がなく、むしろ体調は悪化してしまったのです。次第に、自分の体にも生活にも自信を失い、毎日絶望の中で暮らすしかありませんでした。

 そんな私でしたが、1996年の半ば頃、喜ばしいことに私は法輪大法の修煉を始めることができたのです。その時から私は、人間が苦しむのは、悪い思想と行動が原因であることを知り、人生の目的は「返本帰真」であり、真・善・忍に従って生きることこそが本当の幸福と光明への道であることを理解しました。

 それ以来、私の人生は好転し始め、人生が質的に変化したのです。修煉を始めて間もなく、私の体には変化が現れ、以前の様々な病気は徐々に消え去り、精神状態はどんどん良くなり、同僚との関係もますます円滑になり、毎日が充実し、楽しく暮らすようになりました。

 修煉を始めて間もないある日、私は以前煉功で知り合ったおばさんに会いました。おばさんは私に「あなたは以前病気だったから、結婚相手を紹介できなかったけれど、今やあなたは真に法輪大法を修煉しているんだから、もうあなたの健康を心配することはないわね。結婚相手を紹介してあげるわよ」と言いました。その結婚相手が今の夫で、それは私が34歳の時のことでした。私たちはしばらくの間お付き合いをして、結婚をしました。結婚してからしばらくして私は妊娠し、そして可愛い娘を授かったのです。

 師父が私の命を救ってくださいました。師父が私に人生の航路を示してくださり、家庭までも与えてくださったのです。

 名利にこだわらず、家を譲る

 私と夫が知り合ったとき、紹介者のおばさんはこう言いました。「あなたの夫になる人の家では新しく100平方メートル以上もある3部屋のマンションを買ったんですよ。その家はあなたの義父の名前で、結婚するあなたたちへの贈り物とするそうです」

 結婚後、私たちは義両親と一緒にその家で生活しました。当時、義理の妹はまだ独身で、海外で商売をしていましたが、その新居の3部屋のうち1部屋は義妹にとっておきました。義両親はその家を買うための資金の一部を義妹から借り、義両親が以前住んでいた2部屋の古い家をその借金の担保のために義妹に差し出していました。義妹はこれら新居と旧居の扱いについて、当時全面的に賛同してくれていました。

 しかし、私たちが結婚して間もなく、義妹はそれまでの考えを変え、新しい家は自分のものだから、私たちに出て行けと言い出したのです。義妹は、義両親が担保に差し出した古い2部屋の家はとっくに売り払い、売った代金はもう使い果たしていました。義妹がそう言い出した時は真冬で、義両親は義理の姉の家に遊びに行っており留守で、私たちの子供はまだ1歳になったばかり、という時でした。

 義妹は私たちに考える間も与えず、オフィス用のデスクを家に運び入れました。それからというもの、家には頻繁に「○○社ですか?」という電話がかかって来るようになりました。

 義妹は子供が眠っているかどうか、一家の都合の良しあしも構わず、いつも人を家に連れて来るのです。義妹が私たちと一緒に住んでいた時には、家は乱雑でした。義妹は、皿を洗ったり料理をしたり部屋を掃除したりすることは一切なく、私は彼らの家に入ったその日から、一日とて安穏な日を過ごすことがありませんでした。

 夫はそのことにとても怒り、義妹のしていることを私と子供に対してたいへん申し訳なく思うあまり、意に反してこんな風に言い出しました。「これ以上我慢できないようなら、離婚しよう」。その時、私のストレスも大きく、夫の同僚、友人、親戚もこの件について非常に怒っていて、「あなたの夫の家族たちはあまりにも無礼だ」と言っていました。

 もし修煉していなければ、私もとても怒ったでしょうし、義妹と喧嘩したり、言い争いをしたり、闘ったりしたと思います。しかし、私は大法を修煉しているので、真・善・忍の基準で自分を律しなければなりません。

 まず、私は夫のことについて考えてみました。それまで、夫は私と子供をとても大切にし、家庭のために多くのことをしてくれました。私は自分が面子を失ったり、利益を失ったりするからといって夫を切り捨てるわけにはいきません。夫の苦衷を察し、慰め、そして優しい親身な妻であるべきです。

 私は夫に「私は大法弟子です。私には師父がいらしてくださって、大法があるので、大丈夫です。人生にどんな困難があったとしても、大法に基づいて行動します。私は婚姻に対していつまでも忠実であり続け、中国の伝統的な美徳を守ります。どうか心配しないでください」と言いました。私は大法の基準に従って自分を厳しく律しました。徐々に、夫の心配は解消され、私たちは再び以前のように調和の取れた夫婦関係を取り戻しました。

 つぎは、義妹のことも考える番でした。実は義妹も決して楽な暮らしをしていた訳ではありませんでした。当時、義妹は商売で多くのお金を稼いだものの、そのほとんどを使い果たしてしまい、今ではその商売も失敗し、かつての栄光を失っていました。とてもプライドが高い彼女は、家を自分の見栄を保つ手段にしたかったのだと思います(当時、100平米もある家を持つ人は非常に稀でした)。

 また、彼女はその時、数年付き合っていた恋人とちょうど別れたばかりで、その心情は察するに余りあります。さらにその時期には、体調を崩してもいたのです。

 私は、自分の苦しみを忍び、人には善意を示すべきだと思いました。そして夫と相談し、まず私たちがこの新しい家から出ていき、新しい家を義妹に譲ることにしたのです。自分たちは何を要求することもせず、ただ結婚の際に自分たちで購入した家具一式だけを持ち出しました。

 私の多くの親戚や友人、同僚は、私があまりにも損をしている、あまりにも譲歩しすぎている、そしてあまりにもお人好しだと感じていました。夫の友人や同僚もこの件を知り、夫に「君は本当に運がいいよ。これは奥さんが法輪功を修煉しているおかげだ。そうでなければ、家を譲るなんて誰にもできないし、君と一緒に暮らし続ける人もいなかっただろう。とっくに離婚されていたはずだ。法輪大法は本当に素晴らしい!」と言いました。

 実は、私が家を譲る決断をしたのは、義両親の心情を思ってのことでもありました。当時、義両親はこの件を夫の姉の家で知り、とても怒り、心配して動揺し、私たち夫婦と義妹との板挟みになっていました。義父はこの件でひどく心を痛め、以前患った消化管出血の病気が再発したほどでした。

 また義父は、一方では私と夫がこの件をきっかけに離婚するのではないかと心配し、もう一方では義理の妹が苦しい立場に追い込まれ、それに耐えられなくなるのではないかと恐れていました。

 私は大法弟子として人に善意で接し、苦しみを耐え忍ばなければならないと思いました。それで、老人たちのことを優先して考え、私個人の利益を守るために老人たちに苦痛や心配を与えることは避けたいと思ったのです。そのため、夫と私は家を巡って一言も争わず、むしろ老人たちに「心配しないでください。私たちの関係は良好で、この件で問題が起こることはありませんから」と慰め、「彼女が家を望んでいるのなら、譲りましょう」と申し出ました。

 こうして、法輪大法の「真・善・忍」という法理に導かれて、老人たちは心配から解放され、義妹も満足し、家を巡る騒動は円満に解決したのでした。

 修煉を通じて、私はすべての出来事には因果関係があることを理解しました。私に対して良くない態度を取ったり、苦痛を与えたりする人々は、前世で私が害を与えたり、苦しみを与えたりした人々なのです。そのため、私は今その代償を払っているにすぎません。

 そして、私が背負っている苦しみのほとんどは師父が肩代わりしてくださったものであり、私自身が耐えているのは残されたほんのわずかです。

 他方、私はこの苦しみによって計り知れないほど貴重な「徳」を得ることができました。苦しみを与えてくれた人々は、実際は私の罪業を消し去り、私を向上させる手助けをしてくれたのです。そのため、私は心の底から彼らに感謝しなければならないと感じています。同時に、自分の過去の過ちを深く反省し、心から後悔しています。そして、彼らが私を許してくれることを願い、彼らが一日も早く本当の幸せを手に入れることを心から祈っています。

 母が法輪大法を認めて福報を得た逸話

 私の母は、90歳の年の大晦日の夜に転倒して骨折し、それ以来寝たきりになっていました。子供たちは病院に行くよう勧めましたが、母は頑として拒否しました。そのため、子供たちが交代で母の介護をすることになりました。

 母の怪我は深刻で、全身が激しく痛み、身動きも取れず、排便も困難で、尿失禁の症状もありました。しばしば「あれが見える」「こんなのが見える」と口にし、意識が明瞭な時と混濁している時が交互にありました。体はやつれて骨と皮ばかりになり、気持ちも非常に不安定で、「あまりにも苦しい。こんな年齢まで生きているのは罰のようだ。もう生きていたくない」と何度も口にするほどでした。

 そのような日々のなかで、母はほぼ毎日のように怒りを爆発させ、介護をしている子供たちを容赦なく罵りました。「料理がまずい、ほんとに役立たずだ」などと文句を言ったり、昔の些細なことまで持ち出して責め立てたりして、家の中は騒然とした雰囲気でした。特に、私たち子供が大法を修煉していることで、母は中国共産党(以下、中共)の要員に家に押しかけられるという恐怖を何度も経験しており、私が大法を学ぶことに強く反対しました。「そんなことは私が死んでからやっておくれ」と言い放ち、さらには私を家から追い出そうとさえしました。

 実は、私の家族は母にとても孝行でしたし、母も以前はこんな性格ではありませんでした。しかし、具合が悪くなった母は無理な言動をするようになり、対して私は常に母には寛容で忍耐強く接し、口答えせず、母の苦しみを理解しようと努めました。

 ただし、大法を学ぶことへの反対だけは受け入れませんでした。私は「たとえ天が崩れ地が裂けても、大法を修煉する決意は変わりません。誰が何と言おうと、私のこの心は揺るがない」と毅然とした態度で告げました。

 翌日、再び母の元を訪ねると、母はいつになく落ち着いた様子で私に謝罪し、「本当にごめんなさい。私が悪かった。どうか気を悪くしないでね」と言いました。私は母に、「私は本気で怒ったりしませんよ。師父が教えてくださった『真・善・忍』の基準に従って行動していますから」と伝えました。

 そして、「大法は素晴らしいものです。法輪功は迫害されているのです。心から『法輪大法は素晴らしい』『真・善・忍は素晴らしい』と念じれば、師父がきっとお母さんを救ってくださいますよ」と話しました。しかし、母は特に何も言わず、その場で念じることはありませんでした。

 ある日、母はとうとうあまりにもつらくて耐えられなくなり、「どうにかして助けてほしい」と私たちに訴えました。私は「今の母を助けられるのは、誰でもなく大法の師父だけです。だから、大法の師父に助けを求めてください。そして、心を込めて『法輪大法は素晴らしい』『真・善・忍は素晴らしい』と唱えてみましょう。私たちも一緒に念じますよ」と言いました。今回は母も本気になり、心からの9文字を唱え始めました。しばらく唱えているうちに、母は眠りにつきました。目覚めた後、母は「ずいぶん楽になったよ」と言いました。それから母は時間があるたびに心からの9文字を唱え、「大法の師父は本当に素晴らしい」と繰り返すようになりました。その結果、母の体調は日ごとに良くなっていったのです。

 この間、母は数々の不思議な体験をしました。ある晩、浅い眠りの中で、母は目の前に広がる運動場のような場所を目にしました。その中には非常に多くの人々が整然と立っており、その中の一人が手に棒のようなものを持ちながら母の名前を呼び、母の命を奪おうとしていました。しかし、その人はどうしても母を見つけられませんでした。母は非常に恐怖を感じ、心底怯えていました。その時、大法の師父がそばに現れて、「怖がらないで、私がここにいるよ」と声をかけてくださいました。その瞬間、命を奪おうとしていた人が忽然と姿を消しました。師父は母の命を救ってくださったのです。母は何度も「師父、ありがとうございます、師父、ありがとうございます」と感謝の言葉を繰り返していました。

 またある時、母は寝室で黒っぽい影をたくさん目にしました(それは他の人には見えませんでした)。どんなに追い払おうとしても消えませんでしたが、その後、ずっと身につけていた護身符を取り出し、それらに向けて振るうと、黒い影はすぐに消えてしまいました。母は中共の洗脳を深く受けてきており、中共を恐れて法輪大法の真相護身符を身につけることをためらっていました。しかし、今では護身符を毎日身につけ、大法の威徳と不思議さを体験しました。

 母はかつて、全身に発疹が出たり、脚の痛み、太ももの黒紫色化、発熱、咳、痰、耳の痛み、腰痛など、さまざまな症状に悩まされていました。これらの症状はかなり重かったのですが、母は「これは大法の師父が私の身体を浄化し、救ってくださっているのだ」と強く信じていました。母は注射も薬も使わず、ただ一度だけ、脚の痛みがあまりにひどかったときに薬を少し塗っただけでした。

 いくつかの症状はしばらく経って完全に治り、他の症状も何度かぶり返しがあったものの、回数を重ねるごとに軽減していきました。胃腸の調子も非常に悪かった母は、今では多くの食べ物を口にできるようになりました。さらに、母はずっと寝たきりだったというのに、褥瘡(床ずれ)には一度もなりませんでした。

 母は心の底から師父に感謝し、大法に感謝しています。今では時間さえあれば、「法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい! 大法の師父は素晴らしい!」と唱え続けています。

 結び

 法輪大法は、万古の時を経て出現した高徳なる大法です。それは人々の道徳心を高め、心身を浄化する力を持っています。この大法は、全ての衆生を慈悲深く救い済度し、真の幸福と光明への道へ導いてくれます。

 世の尊い人々よ、どうか早く目覚めてください。もうこれ以上、中共の虚偽の言葉に欺かれないでください。この万古一遇の機会を逃さないでください。そして、自らのために美しい未来を選び取ってください!

 
翻訳原文(中国語):https://www.minghui.org/mh/articles/2024/12/14/486035.html
 
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