文/河北省の大法弟子
【明慧日本2025年3月7日】私は1997年に法輪大法と出会い、学び始めました。それから20年以上修煉を続けています。家族全員が大法の恩恵を深く受け、特に夫は大法のおかげで2度目の命を授かりました。私たち夫婦は共に返本帰真の道を歩み、お互いに励まし合いながら精進しています。
学法においては、厳しく自分を律する
学法をする際、私は自分を厳しく律し、できるだけ心を込めて学法しようと努めています。また、可能な限り足を組んで学法するようにしています。ある時、両足を組んで学法していると、急に足が痛くなり、足を下ろしたくなりました。しかし、私はその黒い物質を消し去ろうと決意し、続けて座り続けました。すると、不思議なことに、座れば座るほど足が楽になり、痛みは全く感じなくなりました。普段は1時間ちょっとしか座れなかったのに、その時は驚くほど楽に座り続けることができました。
確かに、足を組んで学法することは同修と比べてまだ足りませんが、しかし、足がこんなにも楽になるのを初めて感じました。ベッドから降りて歩くとき、体がとても軽やかに感じ、それ以来、足を組んで座ることに、もっと自信が持てるようになりました。
心から同修を助ける
10年以上前のことです。隣村の同修の夫が病気になり、その同修から電話がありました。「病院に行きたい」とのことでした。同修の夫は1999年以前に修煉していましたが、迫害を受けた際に修煉を止めてしまったのです。私は電話で同修に「今は遠方にいますが、戻ったらすぐに伺います」と伝えました。夜の8時過ぎに家に帰り着きました。食事も摂らずに急いで向かおうと思いました。その時、同修たちは集団学法をしていました。1人の同修が「こんなに暗い夜道だから、私も一緒に行きます」と言い、一緒に隣村の同修の家に向かいました。そこで私たちは集団学法をし、邪悪による同修への迫害を解体するために正念を発しました。夜12時の正念を発し終えてから、家に戻りました。
翌日、同修から電話がありました。「もう大丈夫です。病院に行く必要はなくなりました」とのことでした。その後、私は高齢の父と一緒に馬車に乗って水を運び、同修の畑で瓜の苗を植える手伝いをしました。同修の畑ではすでに瓜を植えるための穴が掘られており、それを無駄にするのは惜しいことでした。もし手伝わなければ、瓜を諦めて代わりにトウモロコシを植えざるを得なかったでしょう。私たち父娘の助けを借りて、同修の畑2ムー(約13アール)分の瓜はすべて植えられました。
同修の家族は、大法弟子の善良な心と大法の素晴らしさを目の当たりにしました。私はこれが大法の力であると深く感じました。
大法が同修を救う
私たちの学習グループの同修・Aさんは、頭痛と鼻血に苦しみ、洗面器一杯になるほど出血しました。家族は彼女に病院に行くように勧めましたが、彼女は断固として行きませんでした。私が畑でトウモロコシを収穫していた時、Aさんの姑が私の畑に駆けつけ、私の幼名を呼びながら言いました。「早くうちの2番目の嫁を見てやってください! 鼻血が止まらず、病院にも行かないんです。どうか見てやってください!」
私は農作業を中断し、同修の家に駆けつけました。同修の決意が固いのを見て、私はためらうことなく、学習グループの同修たち全員を呼び集め、同修の家に集まりました。私たちは一緒に学法をし、発正念をしました。夕方、奇跡が起こりました。同修の鼻血が止まったのです! 同修たちはもう大丈夫だと感じ、私たちはそれぞれ家に帰りました。
しかしその後、同修は自分がどのようにしてこの苦難を乗り越えたのかを詳しく話しましたが、大法の偉大さを軽視しました。その結果、彼女は数カ月間めまいが続きました。幸いなことに、仕事をするとき、彼女は絶えず「法輪大法は素晴らしい! 真善忍は素晴らしい!」と唱え続けました。そうするうちに、彼女の体は徐々に健康になりました。
年画を人を救う法宝として使う
数年前、私たちの学習グループは集団で学法し、三々五々(さんさんごご:自然に、無理なく動いている様子)で一緒に人を救いに出かけました。私と同修たちは資料を持って電動自転車に乗り、2人1組で一軒一軒に資料を配り、三退(中国共産党からの脱退)を勧めました。効果は非常に良く、三退する人も多くいました。家に入って話すので、真実を伝える時間が十分にあり、はっきりと説明できました。私はいつも母親と一緒に行動し、私が1人で話をして資料を配り、三退を勧め、もう1人が協力して発正念をしました。覚えているのは、コロナ禍が最も深刻だった時で、村は封鎖され、道路も閉鎖されていました。私は同修の家に行って資料をもらいました。ちょうど冬で、もうすぐ旧正月だったので、同修は年画を持っていました。その同修は、村が封鎖されて年画を配ることができないのではないかと心配していたため、私に持って行くように言いました。私は少し躊躇しましたが、断りませんでした。こんなに良い年画が重荷になるはずがないと思ったからです。それで私は持って帰りました。
私と母は、数日間さらに多く正念を発し、幹線道路の脇に立って通行人に配り、他のことは何も考えませんでした。私たち母娘は道端に立ち、母は正念を発し、私は人を見かけると正念を発し、真実を伝え、三退を勧めました。師父のご加持により、3日間で、たくさんの年画を有縁の人々の手に届けることができました。その時、親戚に代わって年画を取る人もいました! 私は真実の大きな冊子も持って行き、年画と一緒に配りました。
私たち自身にその願いがあれば、師父が私たちを助けてくださるのだと私と母は共に実感しました。
私は内へ向けて探すことを学ぶ
ここ2年間、私たちの学習グループの同修たちは感情やお金に奔走し、孫の世話をし、外孫をあやし、家政婦をしていたため、学法を怠り、人を救うことを急がなくなりました。ある同修は病業の仮象が現れ、医者に診てもらったり、薬を飲んだりして症状を緩和しようとしました。その同修は「普段からちゃんとできていないし、学法も少ないから、問題を起こして大法に泥を塗ってはいけない」という口実をつけました。
私がこれを聞いたのは決して偶然ではなく、私は自分自身を内へ向けて探しました。それは私がちゃんと修煉できていないからです。あちらから呼ばれればあちらへ行き、こちらから呼ばれればこちらへ行き、昼間は時間がなく、夜に出かけても、心を静めて学法や修煉をすることができず、旧勢力に付け入る隙を与え、自分の親族も迫害され、法にマイナスな影響を与えてしまいました。
しかし、私はこれが自分の修煉不足によるものだと知っており、大法を疑ったことは一度もありません。私の家族も大法を疑っておらず、高齢の父(大法を非常に支持している)は「ああ! あの時、あなたたち修煉者がもっとたくさん来て、子供たちの周りで法を唱えていれば、あの時間帯はいつのまにか過ぎて子供たちは大丈夫だったのに」と言いました。つまり、やはり自分の力不足が原因であり、大法を疑っているわけではないという意味です。
「現在、身近な同修は多くありません。私は学法し、人心を取り除こうとしていますが、なぜ修煉に対する決意が揺らいでいるのでしょうか? 私は、自分自身の人心が多すぎて、名誉や利益を捨てきれず、利益心が強すぎ、お金のために奔走し、自分の修煉を疎かにしていることに気づきました。例えば、自分の村の水管理担当者から、早朝2時に誰かの畑に水を引くように言われたら、時間通りに必ず起きます。では、朝の煉功の時間には、なぜ時々時間を間違えてしまうのでしょうか? 外孫を寝かしつける時、もし彼が寝なければ、私はどんなに眠くても、子供を落としてしまうのが怖くて横になることはありません。では、私が学法中に眠くなった時、なぜ睡魔を克服しようとせず、少し横になってから学ぼうと思ってしまうのでしょうか? 私は、自分が修煉を疎かにし、学法が少なく、法を学ぶときに心が落ち着いておらず、形式的になっていると感じています。
私は決心して法を書き写すことにしました。『轉法輪』と『洪吟』を書き写します。『轉法輪』は一通り書き写し終え『洪吟』はまだ2冊書き終わっていませんが、私は、向上しているのが速く、学法する時も心が静かで、人を救い、真実を伝えることも非常に順調になったと感じています。毎回真実を伝えに出かける時は、外孫と母を連れて田舎に行きます。前に外孫を連れて、後ろに母を連れています。もちろん、同修と比べれば、自分はまだまだ及ばないところがたくさんありますが、これは私が向上してきた体験です。まだ修煉を疎かにしている同修、様々な言い訳をして奔走している同修たち、どうか心を静めてもっと学法し、自分を修煉者として扱い、大法弟子としてなすべきことを行い、大法弟子の称号に恥じないようにしましょう。共に精進しましょう!
夫も精進するようになる
私は自分自身を内へ向けて探しました。同修を助ける責任を果たしておらず、無私無我を修めていませんでした。夫も大法の本を読んだことはありましたが、精進せず、常にスマホで常人の話題を見ていました。
昨年の晩秋、夫は入院し、良くない偽現象が見つかり、私は途方に暮れました。私は大法だけが彼を救えると思い、普段から親切な同修・姉の家に行き、共に学法し、夫のために発正念をしました(当時、次女が病院で夫に付き添っていました)。夫を迫害していた黒い手や悪鬼(あくき)は解体され、夫は正念を発し、毎日師父の説法を聞きました。再検査したところ、結果が変わり、彼の体は正常に戻りました。
現在、夫は毎日怠ることなく学法・煉功をし、すべての法輪大法の本を一通り読みました。2カ月前、次女が夫を病院に連れて行って再検査をすると、医師は「大丈夫です」と言いました。その後、次女が再び夫を連れて再検査に行くと、主治医は「あなたの状態はとても良いので、検査する必要はありません!」と言いました。
師父、私たち家族全員を救ってくださり、ありがとうございます! 弟子は精進して着実に修煉し、大法の素晴らしさを示し、より多くの衆生に真実を理解させ、より多くの人々を救うことを誓います。