修煉の道は決して立ち止まらない
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文/天津の大法弟子

 【明慧日本2025年3月10日】1997年のある日、私は師父の説法のビデオテープを借りました。仕事から帰るとすぐにビデオデッキのスイッチを入れて見始めました。必要な家事をする以外、私は食事中もずっと見ていて、一気に見終わってしまいました。見終わった後、とても衝撃を受けました。「見つけた、見つけた。まさに私が探していたものだ」と言いました。その時の気持ちは言葉で表すことができないくらい嬉しかったです!

 当時の私はすぐにでも師父にお会いしたかったのです。師父がすでに外国にいらっしゃったという知らせを聞いたとき、私は少し落ち込み、残念な気持ちでした。その時、お姉さんみたいな同修が笑顔で私を慰めてくれました。「大丈夫よ。もっと本を読み、功を煉れば、得るものが多いよ」と言いました。その時から、私は法輪大法の修煉の道を歩み始めました。

 最初は家で1人で修煉していましたが、その後、同修に連れられて、大法弟子たちが修煉体験を交流する会に参加しました。その時、司会者がいました。その司会者は以前、車椅子に乗っていたそうですが、師父の講習会に参加した後、自分の足で会場から歩いて出たと同修から聞きました。司会者は顔色がよく、健康そうでした。交流会の後、私は彼女のそばに行き、「煉功点はたくさんあると聞きました。私の住んでいるところにもありますか?」と尋ねました。彼女は熱心に調べてくれて、正確な場所を教えてくれました。驚いたことに、煉功点は私が住んでいるところからとても近く、二つ隣のマンションにありました。それから、私は集団煉功に参加しました。

 法輪大法を修煉する前、私の家にはとても精巧に作られた菩薩像が置いてありました。私は40元を払って寺院でこの菩薩像を開眼してもらいました。ある日の昼休みに夢を見て、夢の中で師父が 「お供えしたものは役に立たない!」と言われたの聞いて、私ははっと目が覚めすぐに菩薩像を片付け、その後寺院に送りました。

 またある時、夢の中で私の目の前にたくさんの岐路が、まるで扇を広げたような形で現れました。どの道も熟知しているようで、どの道に行こうかと考えました。私は両手を合わせ、「私は師父のおっしゃることを聞きます。師父のおっしゃる通りとおりの道を歩みます」という念が生じました。その念が出てきたとたん、私の体が上に向かって昇っているのを感じ、耳には 「グルグル 」という風の音まで聞こえました! 本当に奇妙で、本当に素晴らしい感覚でした!

 またある日、寝ている時、前に人がいても制御できないほどのスピードでトンネルを突き進んでいました。やがて、目の前に白い紙を重ねたような明るい光が見え、早いスピードで突っ込んでいき、紙が破れる音が聞きました。その時、師父の「天を越えた」という声が聞こえました。その後、私は上へ上へと突進する体験を何度もしました。時には上へ上へと突進している途中で止まったりして、まるで空気中に舞う小さな羽のようになって転がっていました。不思議な体験をするたびに、私は修煉していく自信が倍増しました。

 その当時、毎日、仕事帰りに自転車に乗りながら、今日の行いは法の要求に従っていたのかと反省していたのを覚えています。一度も「よくできた」と言える日はなかったです。そんな感じでしたが、上へ進む感覚が多かったのです。

 しかし、1999年7月20日以降、そんな感覚がなくなりました。27年間の修煉で、私は嵐や浮き沈みを乗り越えて今日に至っています。私はパソコンの使い方を全く知らない状態から、印刷の仕方や資料の作り方、大法の本作りまでできるようになりました。最初、「天安門焼身事件」の真相のチラシを貼りに行く時、本当にドキドキしました。今は、慎重に大法の資料を配っていますが、どんな道でも平気で行けるようになりました。

 ある日、新しく建てられた二つのビルの前を通ってみると、人々が入居しているのを見つけました。私は法輪大法の資料を持って、建物に入り、ドアのノブにかけようとしましたが、ドアにかけるところがなかったので、仕方なく出てきました。建物の前では7、8人が談笑しているだけで、私は心臓がパクパクして、自分の顔つきが変わったのも感じました。師父のご加持のもと、私は徐々に勇気を持つようになり、人に会っても緊張しなくなりました。

 電話で大法についての真実を伝えることになると、始めは流暢に話すことができませんでした。初めて電話がつながったとき、あまりにも緊張しすぎたので、相手に大笑いされました。「何を言いたいのですか? 党から脱退することですか?」と相手が自ら私に尋ねました。私も笑いながら、「そうです!」と答えると、相手はすぐに 「OK、お願いします 」と言ってくれました。これは電話をかける最初の日の出来事でした。これは師父が私のために按排してくださったチャンスだと分かっており、大きな励みになりました。その後、少しずつ、落ち着いて電話で真相を伝えられるようになりました。

 その後、私は人に面と向かって迫害の実態を伝えるようになりました。始めはなかなか話すことができなかったのですが、徐々に伝えるコツを掴みました。ある日、真相を伝えに出かけ、自宅近くのバス停まで自転車で行き、そこで年配の女性に出会いました。彼女に大法が迫害されている事実を伝えました。彼女は「あなたたちは素晴らしい、本当に素晴らしい!」と言ってくれました。それを聞いたとき、私の胸に暖かいものが込み上げてきて、「ありがとうございます! ありがとうございます!」と言いました。

 またある時、ある中年男性に会いました。私が「天安門焼身自殺事件」は偽りなものだと話すと、彼は「私もそう思ったよ。突発的な事件なのに、カメラの遠近感や、高い所から低い所の撮り方を見てごらん。どうしてこんなに色んな角度から撮れるのかな」と言いました。彼は、嘘の焼身自殺事件をはっきりと説明しました。そして、大法が迫害を受けていることを人々に伝える時のヒントを与えてくれました。

 私が中国共産党から二度も迫害を受けたのは、法を深く学ばず、人心が重かったからだと思います。真剣によく行なっていなかったので、師父の名誉を傷つけたと感じ、いつも心がとても重くなっていましたが、しかし、修煉の道は決して立ち止まることはありませんでした。師父は私に命を与えて下さり、私に家への道を示して下さり、多くのことに耐えて下さりました。私はとても幸運です。

 特に、師父の経文『なぜ人類が存在するのか』と『なぜ衆生を救い済度するのか』を学んでからは、自分の持つ神聖で大きな責任がより一層理解できました! この2つの経文を暗記すると、真相を伝えるとき、相手の興味を喚起しやすく、相手も受け入れやすくなりました。

 最近、私は魔難に見舞われ、元々背筋をあまり伸ばせませんが、頸椎から胸まで重いものがかかっているようで、体が弱っています。少し前に高速道路で絡む玉突き交通事故に遭いましたが、師父の見守りのおかげで大きな怪我はありませんでした。修煉の道には縁もゆかりもないことは起こりません。正法修煉の中できっと妨害があるに違いないと思います。

 師父が発表された『法難』という経文は、私に正法の厳粛さをより意識させました。それが旧勢力によって加えられたものであろうと、自分の業力によるものであろうと、まず第一に、旧勢力の按排を認めないことであり、この苦しみ、この魔難がやって来たからには、この機会をうまく利用して、自分の業力を消去することができると思います。

 さまざまな苦痛に出会うたびに、私は師父の説法の「忍び難きは忍びうる。行ない難きも行ないうる」(『轉法輪』)を思い出します。師父の説法は、あらゆる障碍を突破するようにと私を導いてくれます。

 私は正念を守り、功を煉る時間を増やし、法をよく学ぶことにしています。法を学ぶ時によくない座り姿勢を正し、眠気の魔物、体の正しくない状態と要因を発正念で一掃しています。毎日、正念を発し、妨害が止まらなければ、正念を発し続けます。

 私は自分をよく修め、すべての執着心を手放し、あらゆる機会を掴んで、人に大法が迫害されている事実を伝え、より多くの人々を救い、法を正す時期、合格できる大法弟子になりたいのです。私は先史の誓約を果たし、師と一緒に家に帰ります。

 間違いがあれば、同修の慈悲のご指摘をお願いします。

 
翻訳原文(中国語):https://www.minghui.org/mh/articles/2025/2/13/485143.html
 
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