明慧法会|勇猛邁進し 師が法を正すことを手伝う(二)
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文/中国広東省 浄蓮口述、同修整理

 【明慧日本201277日】娘からの難関も多くありました。以前は娘とは仲が良く、父親と喧嘩しても私達の間はずっと平穏でした。しかし修煉を始めて以来、娘の私に対する態度は一変してしまいました。ある日、娘からゲームの相手に誘われたとき「ゲームは全く分からない。学法したいし暇がない」と断ると、娘は拳を振り上げて叩いて来ました。回りに起きた良くない事は、必ず自分に非があると分かっていました。「悪かった。慈悲心が足りなかったわ」と言いながら、「早く彼女に勝って学法したい」と思いました。ところが、いざゲームを始めてみると、なかなか勝負が付きませんでした。しばらくその原因を考えた時、負けず嫌いの心、挑発する心、慈悲のない心などの執着がたくさん見つかりました。ちょうどその時師父は娘の口を借りて「学法をしましょう」と示してくださいました。

 ある日、娘はボールペンで書いた線を指差しながら「何色?」と私に聞きました。私が「黒」と答えると「違うよ」と娘は反対しました。「師父、私はまた間違えました」と反省して「本当だ。黒ではなくて他の空間では青にも見えるね」と言い直すと、娘は静かにおとなしくなりました。また「師父はどこにいらっしゃるの?」と娘に聞かれました。「長春だよ」と何気なく答えました。「そこはどこ?」と娘はしつこく諦めませんでした。「北のほうだよ」と答えた途端、娘はまた騒ぎ出しました。「師父、また言い間違えました」とすぐ気づき、「北ではなくて宇宙には常人の言うような方位はない」と話すと娘は落ち着きました。すべての事を法に沿って考えなければならないと悟りました。

 色欲の心は取り除きやすかったのです。ある日娘が箪笥にあった弟の洋服を引っ張り出して、「男性用? 女性用?」と私に質問しました。「あなたの叔父さんのものだから、もちろん男性用でしょう」と話すと、娘は「違う! 違う!」と騒ぎ出しました。内心では「師父、また間違えました」と反省しながら、「そうね、元神が肉体の性別と違っていたりするので、同じ性別とは限らないね」と、このようにして私色欲の心を取り除きました。男女の概念は段々なくなりました。

 難関を乗り越える際の強烈な場面もありました。ある日娘は私の足を縛り付けて一晩中跪かされて眠れませんでした。朝になって母は紫や青色になった私の足を見て心を痛めながら「そんな事をお母さんにしては駄目だよ」と娘を怒りました。私の内心では「その原因は今まで犯してきた業力にあった。一部の業力を娘が代わりに耐えてくれている。責めるどころか感謝している。業力が消えると彼女も良くなるので、自分自身を真に修めることは彼女の為でもある」とよく分かっていました。まさに「修煉者の理は常人の理とは相反するものです。人間は気持ちよくいられることが良いことだと思っているのに対し、大法弟子はこれが向上にとって良くはなく、気持ちよくないことが向上にとって良いことだと思っています。(拍手) この根本的な観念を変えたのでしょうか?」(『二〇〇五年サンフランシスコ法会での説法』)で師父説かれた通りでした。

 「重錘之下精進を知る」

 天目が開いたまま修煉しているため、師父は私に対して非常に厳しかったのです。例えば買い物に出掛ける時は様々な品物を見て心が揺れました。その時、私は他空間の槌に叩かれ、それは師父のご教示だと分かりました。

 今も時々、私の背後に静かな師父が見えます。師父は頭を叩く槌を手に持っておられます。最初は気づきませんでしたが、「重錘之下精進を知る」(『洪吟二』「鼓楼」)で言われた槌の用途が分かりました。心を修めていない時は体のあちこちが痛くなり、槌か鞭で示してくださいます。

 たまに他人の売り言葉を買ってしまって我慢できなかった時に、師父は本当に容赦なく槌で叩かれます。いくら「師父、私は間違えました」と反省しても、それは弁解する心、冤罪を恐れる心などの執着心の現われで、とうとう関を乗り越えることができませんでした。せっかく師父が与えてくださった向上するチャンスを逃してしまい、またいつに恵まれるか分からないと、悔しい気持ちでいっぱいで、夜帰宅後に大泣きしました。「師父、ぜひまたのチャンスを与えてください」とお願いしたところ、やがて本当にその時が来ました。知らない人から何のいわれもなく名指しで罵られたのです。前回より勢いは猛烈でしたが、これは関を乗り越える時だとすぐ分かりました。私は「いいわよ、いいわよ。ありがとう、ありがとう」と言いました。合十! (私はこの作法が大好きで皆も見ると喜んでくれる)彼はそれを聞いて黙ってその場を去って行きました。私は他人の態度を気にせずに、ひたすらに心から感謝しました。師父は「実は、前世にあなたはもっと酷い言葉でその人を罵ったのです。これで清算されたのでとてもよい事です!」と明かしてくださいました。

 魔難

 私が座禅する時、あるいは寝ている時は、他の空間における魔難が非常に目立ちました。修煉を始めて4カ月過ぎたころ、大きな魔難に遭いました。とても高次元の魔が師父の姿に扮して妨害に来ました。全滅させられそうになりましたが、1997年に入ってやっと脱出する事ができました。

 師父に扮して目の前に現れた魔に、「師父」と私は声を掛けました。「あなたの修煉は、今どこまで進んでいるの?」と聞かれた私は「口を修めるところまでです」と答えました。「ちょっとそこを読んでみて」と命令されるままに読み始めました。そうすると「あなたは口を修めていないところがたくさんあるのに、どうやって向上するのか?」と偽者の師父が言いました。「師父、私はしっかりやりますから」と私が慌てて答えても、「駄目だ。どん底まで落ちているのでもう無理だ」と決め付けられた上、私がどのように悪かったとか、誰々に借りがあると言われ、私は悲しい限りでした。「それなら、いつになったらまた修煉が再開できるでしょうか?」と聞くと「その時になったら決める」と言われました。

 私は妨害する魔だと全く気がつかず言われるままに修煉を中断しました。修煉をしなくなった途端、師父は本当に守ってくださらなくなりました。業力が全部自分に返されて体のあちこちが痛くなり、魔は地獄に落ちて苦しんでいる私を見ていました。私は息苦しくなるほど殴打され、尋常ではない苦痛に耐えました。

 1997年の初めに、突然母から「早く実家に帰るように」と言われました。憔悴していた私はその訳がよく分かりませんでした。「何をやっているの?」と母に聞かれて「師父に修煉させていただけなくなった。もう修煉出来ないと師父に言われた」と話を切り出しました。「本当に馬鹿だね。たくさんの同修があなたの事を心配しているよ」と言いながら師父の法像を目の前におきました。私はすぐ師父の前で跪いて「師父、私はまだ修煉できるでしょうか? とても修煉したいのです」と泣きながら尋ねました。「私は40年も師父を探しました。やっとお会いできて4カ月にしかならないのに、もうどん底に落ちてしまい、これ以上修煉ができなくなったなんて……師父、また修煉は再開できるでしょうか?」という私の話を聞いて師父も泣かれました。「師父、もう許してくださったのでしょう?」という私の切なる願いに師父は頷かれました。私は言葉にならないほど喜びました。師父は私のたくさんの業力を消してくださいました。「師の威徳が高ければ、つまり師の功力が強ければ、業を滅することができます。師の功が高ければ、たくさん滅することができますが、師の功が低ければ、滅する業も少ないのです」(『転法輪』)と説かれました。あの魔は私の業力を消す力がなく、私を耐えさせることしかできませんでした。

 (続く)

 (明慧ネット第8回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2011/11/10/248890.html)
(English: http://www.clearwisdom.net/html/articles/2011/11/18/129551.html)
 
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