泣く子供
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 【明慧日本2016年8月2日】数日前、クラスで期末模擬テストを行いました。試験開始後、大多数の子供たちは真面目に試験問題に取り組み始めましたが、ある子供がずっとそわそわして、ペンに問題があると言ったり、消しゴムを探したり、問題が多すぎると言って落ち着かない様子でした。担任の私は何回も彼の所に行って時間が足りなくなると注意しました。しかし、彼は依然としてペンを動かそうとしませんでした。

 試験終了のベルが鳴り、回答用紙が回収されたとき、彼は大声で泣きながら、「先生、私はまだ書き終えていません。まだです。まだです……」と言いました。ほかの生徒たちは見ていられず、「試験中に書かず、今になって泣いて何の意味があるの?」と言いました。

 その場面を見て、私はハッとなりました。試験中に遊ぶとは、まさに最近の自分の修煉状態ではありませんか? 学法すれば眠くなり、常人のことに気を取られてしまい、4回の正時発正念をきちんとできず、大法が迫害されている真相を長い間衆生に伝えることをしませんでした。「三つのこと」はしていないに等しく、解答用紙にあまり書けなかった子供と同じではありませんか? このままで行けば、泣いたその子供と同じく、後悔しても、泣いても意味がなく、補う時間もないでしょう。

 今から時間を大切にして、やるべきことをやっていきたいと思います。

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2016/7/25/331250.html)