3回の「忍」を経て トラブルはすべてなくなった!
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文/湖北省の大法弟子

 【明慧日本2016年10月21日】私は今年64歳です。1997年から法輪大法の修煉をはじめました。修煉した後に、私が大法に従って隣近所とのトラブルをどのように解決したかについて話します。

 私が自分の住宅用地を買った時、西側は同僚の宅地(別の村の土地)でした。その時、相手は同僚の宅地の境界から面積を計算していました。私は同僚に「これから隣同士になりますが境界の付近に4メートル幅の空間を作って家の修繕や出入りのために使うようにしたらどうでしょうか?」と提案すると、すぐ賛成してくれました。

 1996年の春、私は日光を遮るために西の壁から2メートルほど離れた所に木を植えました。ある日、知らない女の人(以下・Aさん)が自分の土地に誰が木を植えたのかと大声で言いました。尋ねると同僚が既に自分の宅地をAさんに売ったことが分かりました。

 2年後にAさんは家を建て始めました。ある日私が仕事を終えて帰ってくるとAさんは挨拶もしないで我が家の水道管から自宅に水を引いていました。職場の規定によると、職場以外の人は勝手に水道水を使ってはならないことになっていました。最初に私の家に来て罵ったAさんはとても凶暴な態度だったので、私はため息を付きました。我慢することにしよう! もう隣同士になったことだし、Aさんの家は水道水を引くのは困難だからと私は考えました。私は修煉者だったので、だんだん気にしなくなりました。Aさんが家を建築中に土砂を運ぶ時、我が家の排水溝を塞いでしまいました。雨が降ると排水できないことを心配して、Aさんに言うと、なんとAさんは我が家の水切り目地からは全部自分の宅地だと私に言いました。私はとても驚きました! 仕方がなく私は村の責任者とAさんの夫をレストランに招いて食事をし、宅地の境界線をはっきりさせてもらったので、一時的には何事もおこりませんでした。これが1回目の「忍」でした。

 間もなくAさんの家が完成しました。ある晩Aさんの家に大勢の人がやってきて、口々に我が家の水切り目地からはAさんの宅地だと主張しました。私は、もう境界をはっきりさせたと思っていたので、なにも言いませんでした。しかしひどいことに、翌日の昼にその人たちは我が家の木を根っこから掘り起こし、Aさんの家に植えました。しかも、私の家の水切り目地に沿って塀をめぐらし、私の家の窓を半分遮りました。私は、Aさんにはもう道理を話しても聞かないので、ただ私の家族にAさんと喧嘩しないように説得し、大きなトラブルが現れないようにしているだけでした! 

 その後私は村の幹部と話しましたが、「Aさんのお兄さんは共産党の書記だから、誰もAさんの恨みを買うことはできないのですよ?」と言われました。利益に目がくらむ周りの人たちは泥棒にはしごを立たせないため私の方には3尺も残さないなどと言っていました。私は師父の説法の「ですからわれわれは自然に任せるように言っているのです。時に、それが自分のものだと思い、他の人もあなたのものだと言ってくれても、実際はあなたのものではない場合があります。あなたは自分のものだと思い込むかも知れませんが、最後になるとあなたのものでなくなります。その点から、そのことに対してあなたが無頓着でいられるかどうかを見ますが、無頓着でいられなければそれは執着心なので、この方法を用いて利益にこだわる心を取り除かなければならないのです。そういうことです。常人はこの理が悟れないので、利益をめぐって争ったり、闘ったりするわけです」[1] を思い出し、これはちょうど今の状況に対しておっしゃっているのではないか? もし常人のように争ったり、戦ったりすると人身事故も起きかねない! 私はすぐ平静に戻りました。再度師父に感謝しました。これが2回目の「忍」でした。

 「しかし、往々にしてトラブルが発生する時、それが人の心の奥深いところを刺すような激しいものでないと効果が上がらず、向上につながりません」[1]と師父はおっしゃいました。私の心の中は穏やかになりましたが,恨みは残りました。どう考えても自分があまりにもひ弱で女々しいと感じました。職場の上司さえ「ここまで我慢するのは、やりすぎじゃないか?」と言っていますし、もう1人の上司も理解できず「あなたは煉功をして朴訥で薄のろになったね」と言いました。

 Aさんの家の塀は我が家の壁に近いため、私の家の壁はいつも湿っぽく、漆喰もはげ落ちました。これだけではありませんでした。Aさんは塀に雨よけをかけたので、雨が降るとそれが私の家の網戸に跳ね返ってきました。そのうえ鶏と犬を飼い始めたので、暑くなると鶏小屋から糞の悪臭と、犬の尿の匂いがプンプン漂ってきます。私の家は毎日ドアも窓も閉めなければならなくなりました。また犬小屋を掃除するたびに我が家のドアの前まで汚水を流しました。そのことで孫は帰るといつも早くドアや窓をしめてと言ってきました。その時私はいつも彼らに「もしかしたら私は前世Aさんたちになにか悪いことをしたのかもしれない」と言いました。これは師父が私に心性を高めることを要求しておられるのかもしれないと思いました。ですから私は忍耐し、家族全員も忍耐しました。これは3回目の忍でした。

 「一歩引き下がれば世界が広々と開ける」[1]。心性が向上したため、状況も少しずつ変わっていきました。Aさんの家の犬は亡くなり、鶏小屋も移動されました。以前はAさんの夫に挨拶しても聞こえないふりをしていましたが、今は真相が書いてあるカレンダーを受け取り、互いに何のもめ事もなく20年が過ぎました。 

 昔の人は「漢字を見ても心に刃が刺してあり、忍は確かに難しい!」とよく言っていましたが、これはあくまでも常人の忍です。師父は次のように教えて下さいました。「忍の中に捨があり、捨てることができることは、修煉の昇華です」[2] 「まったく怒り恨むことがなく、不平に思わないことこそ修煉者の忍なのです」[3]

 私は偉大なる宇宙大法をもっと深く理解することができました。

 注:
 [1]李洪志師父の著作:『轉法輪
 [2]李洪志師父の著作:『精進要旨』「漏れるところなし」
 [3]李洪志師父の著作:『精進要旨』「忍とは何か」

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2016/9/14/333672.html)
 
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