名利に淡泊になり 着実に衆生を救う
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文/河北省の大法弟子

 【明慧日本2018年3月9日】

 慈悲で偉大なる師父、こんにちは!
 同修の皆さん、こんにちは!

 今年79歳の私は1996年に近所の人の紹介で法輪功を修煉し始めました。今まで自分が高齢で文化的レベルも低いと思って、明慧ネットの大陸法会に投稿しませんでした。今回、この観念を突破し、80歳近い古い弟子として師父に自身の修煉状態をご報告し、同修の皆さんと交流したいと思います。 

 上司「自ら昇進の機会を他人に譲るなんて、聞いたことがない」

 法輪大法を修煉してから私はいくつかの大法の法理を知り、徐々に常人の名利に淡泊になり、物事に遭遇する際は「修煉者である自分は他人のことに配慮すべき」と真っ先に考えるようになりました。

 当時、私はまだ在職中でした。ある日、私の副職から正職への昇進が決定され、上司に呼ばれました。信頼を受けたことに対する感謝の気持ちを伝えた後、私は自分の考えを次のように述べました。「法輪功を修煉し始めた今、物事に遭遇すれば私はまず会社と他人のために考えなければなりません。そこで、今回の昇進の機会を同僚の某某さんに譲りたいのです。彼女はまだ30歳代で能力も学歴も私より優れていて、仕事を通じてもっと鍛えたら成熟してきます。私はただ実経験が若干多く、同僚の間で良い評判を受けているだけです。年齢、そして学歴の面においても、その同僚は私より遥かに優秀です。彼女を抜擢すれば会社の発展にもっと有利です」

 議論の後、上司たちは私の提案に同意しました。その後の実践でも、私の提案が正しいということが証明されました。後に、上司は私にこう言いました。「私たちの仕事に協力してくれて感謝しています。今の時代に昇進の機会があれば、誰もが奪い取ろうとします。他はさておき、給料がまず上がります。こんな良いチャンスを自ら他人に譲るなんで聞いたことがありません。あなたのような人は少な過ぎます!」。私は「法輪功を修煉してから私は心身ともに受益し、職位や給料に対する欲求が少なくなりました。それに、あと数年で私は退職しますので、会社にはやはり安定して働く人がいた方が良いと思います」と言いました。上司は「法輪功って素晴らしいですね。皆が法輪功を習ったらどんなに良いでしょう!」と言いました。

 私が採った行動によって、会社の上司は皆法輪功の良さを知りました。そのため、法輪功が迫害されるようになった後も、私は会社からまったく妨害を受けませんでした。私の退職後も、上司はわざわざ訪ねて来て、社内の現職のリーダーたちを集めて、私が昇進の機会を若者に譲ったことを聞かせました。私の推薦を受けた当人もその場にいました。さらに、会社は記念として私に表彰状をくれました。

 兼職分の手当を辞退する

 上司は正職にならなかった私の品徳を高く評価し、私を労務サービスという子会社の責任者に就かせ、親会社の資金で社員たちの仕事に就いていない子供たちの面倒を任せました。そこで務めた3年間、子供たちの面倒を見る以外に、私はさらに会社に200万元以上の収益をもたらしました。 

 この業績を見た上司はさらに私を信頼し、多種経営という子会社のマネージャーまで任せました。通常なら、両方の子会社がそれぞれのマネージャーを持ちますが、上司は両社の財政管理権を私1人に委ねました。退職間近の私は昇進の機会も譲り、引退前の時間を利用して学法煉功に励もうとしたのに、上司がどうしても手離してくれませんでした。

 退職間近に重用されたのは、私に特別な才能があるからではなく、修煉している自分には大法による智慧があるからです。マネージャーを勤めてきた私にどうして経営などがわかるでしょうか? しかも、同時に二つの会社を経営していかなければなりません。私はただ師父と大法の指導があって、真・善・忍に従えば必ず物事をよく行なうことができると思っていただけでした。

 仕事の中で私は上司に信頼され、同僚たちにも支持されていました。系列会社と良い協力関係を築くのも仕事をよく行なっていく必須条件でした。「接待しない、贈り物をしないしもらわない、規則に沿って事を処理し、最後まで成し遂げる」のが私の仕事の信条だと誰もが知っています。仕事を通じて私と接する人々は皆、私が法輪功修煉者であることを知り、私の言動を通して法輪功を習う人たちは皆良い人だと分かって、誰もが私たちとの付き合いを好んでいました。

 二つの会社のマネージャーを勤める私は系列会社と通常の業務取引を行なう中で、どうしても接待しなければならない時、必ず社内の関係人員を連れて行き、食後に経理担当にその場で会計をさせ、会社の名義で独自に誰かを接待したことは1回もありませんでした。

 会社の規定では、マネージャーには手当がつきます。私は二つの会社のマネージャーを勤めていますが、手当は1社からしかもらいませんでした。労務サービス会社の方に手当を返した時、会社の経理とオフィス責任者は納得いかず、こう言いました。「会社はこれだけ大幅な増収になって、私たちの福利厚生と給料も増えました。あなたがこの手当をもらわなければ、もらう側の私たちは恐縮に思います」。私は彼らにこう言いました。「法輪功を修煉している私は真・善・忍に従って物事を処理すべきです。私は1人でどうして2人分の仕事をこなすことができるでしょうか? この仕事は皆が一緒に成し遂げたのではありませんか? それに、私はすでに多種経営の方からマネージャーの手当をもらっています。こっちの額より高いですよ」

 両方の会社の社員たちは大法弟子の言動を見聞きし、皆は法輪功を修煉する人たちが良い人で、名利において他人と争ったりしないことを知りました。

 「泥棒は良い人のお金を盗まない!」

 師父は「自分のものなら、無くなることはないし、自分のものでなければ無理に争っても得られません」[1]とおっしゃっています。

 ある土曜日の夜、私のオフィスに泥棒が入りました。私のオフィスは門衛室から10メートルも離れていませんが、やはりやられました。泥棒は壁を超えて入ってきたそうです。 

 泥棒は私のデスクのほぼすべての引き出しを開けて中身を全部浚って行きましたが、一番上の引き出しだけ触れませんでした。しかし、私のすべての現金はその引き出しに入っていて、1元も無くなることはありませんでした。

 現場検証に当たる警官も不思議そうに「お金を盗まない泥棒がいるなんで信じられない」と言いました。

 「良い人には常に良いことがあって、良い人のお金は泥棒も盗まない!」、「泥棒は良い人のお金を盗まない!」などの話が社内で広がりました。

 常人は理解しませんが、私は師父が見守って下さったとはっきり分かっていました。

 真相を理解した村の書記が福報を得る

 1999年7.20、中国共産党による法輪功への迫害が始まった後、私は不当に拘禁されました。圧力に耐えきれず、私の修煉を支持してきた家族も反対の立場に転じ、私が外に出て真相を伝えることを阻みました。当時の私自身もひどく恐れていて、真相を伝えに表に出ませんでした。

 学法や同修との交流、そしてネットにある同修たちの交流文章を読むことを通じて、徐々に私は恐れる心を取り除き、外に出て衆生を救う緊迫性を感じました。

 外に出るには、まず家での修煉環境を切り開かなければなりません。私は修煉者の基準に従って自分の言動を厳しく要求し、少しずつ家族の考えを変えることに努めました。私は家族に大法の素晴らしさを伝え、家族も私が大法を修煉する中で受益してきたことを思い出して、大法の良さに賛同しました。真相がはっきり分かった後、家族の態度も変わりました。子供は親戚や友人たちにこのように言っていました。「私のお父さんは法輪功を習ってから健康になって、二十数年間薬を飲んだことがなく、注射を受けたことがなく、病院に行ったこともありませんでした。80歳を超えた今も、歩く姿は若者のようで、人にもすごく優しいですよ」

 私のすべての親族は法輪功の真相を理解し、全員が三退しました。

 社内で真・善・忍に従って自分を律する私は、社員にも大きな影響を与えました。これが後に彼らに真相を伝え、三退を勧めるときの良い基礎になりました。今、社員のほとんどは三退しました。

 私はよく帰省し、故郷の人々にも真相を伝えました。帰る度に、私は法輪功の資料を持って行って、各家庭に配りました。

 村の現職と引退した幹部たちの全員に、私は『共産党についての九つの論評』を送りました。そうすれば、次回に法輪功の真相を伝えやすく、ほぼ全員を三退させることができました。ある日、真相を理解した村の書記は私にこう言いました。「毎回の上層部会議で配られていた法輪功に関する良くない資料を、私は村民に伝えず、全部燃やしました」。このお陰で、この村の村民たちは今までずっと法輪功を正しく認識し、法輪功が良いと思ってきました。

 この村の書記は後に福報を得て、家はますます繁盛しました。彼の息子は大学を卒業後にすぐに銀行に採用され、成績が良いことで早速貸出の職場に配属され、まもなく子供も生まれました。この書記は周辺の人々に「法輪大法は素晴らしいですよ。私はいつも『法輪大法は素晴らしい!』と念じています。今、福報まで得ました!」と言っています。その後、彼は交代が行われた際に自ら引退しました。

 村の幹部たちに『九評』を贈る際、こんなこともありました。鎮に異動になったある村の元書記に『九評』を持っていた際、私は彼の家の門の外に本を置くや否や、彼の奥さんが門を開けました。私は「門が閉まっているので、もしかするとお休みされていると思って、あえて声を掛けませんでした。良い本を持ってきました。ぜひ弟さん(彼女の夫は私より若い)に読ませて下さい。あなたたちのためになります」と言いました。次回、彼を訪ねた際、彼は自分が読んでから息子にも読ませ、全員が三退したと言ってくれました。

 2人のおばあさんのストーリー

 1. 甥っ子の岳母 

 ある日、帰省の途中で甥っ子の岳母に会いました。彼女は脚を骨折したため、娘の家で療養していました。私は彼女に大法の真相を伝え、法輪大法がよいと心から信じて、真心から「法輪大法は素晴らしい!」と念じれば福報を得ることができると教え、大法のお守りを渡しました。字が読めない彼女に、私はさらにお守りに書かれている「法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!」の読み方を彼女が読めるまで繰り返し教えました。

 その後、甥っ子はこんなことを教えてくれました。「岳母は法輪大法の良さを堅く信じています。彼女は家に帰るや否やお守りを壁に掛けて、毎日お守りに向けて線香を捧げてからおじぎをし、常に『法輪大法は素晴らしい!』と念じ、福報を得ましたよ。骨折した脚はまもなく治りました。80歳を超えた彼女はいつも村の外の田んぼまで散歩しています。彼女の60歳の息子が急に病死した後、その影がいつも目に前に現れてくるので、彼女はほかのことを何も考えず、ひたすら『法輪大法は素晴らしい!』と念じているうちに息子の影が消えました。今の岳母は以前よりさらに元気になっています」 

 一度、甥っ子が冗談で岳母に「このお守りは伯父が私にくださったものなので、返して下さい!」と言うと、岳母は「だめだめ、これは私のものだ。私の命綱だよ!」と言ったそうです。今、彼女の家族や近隣の人は皆、法輪大法が良いと知っています。

 2. 80歳の同僚

 五十数年前に一緒に働いていた同僚たちを訪ねて行った際、皆温かく迎えてくれました。ある80歳近くになった女性の同僚は私が近くに来ていると聞いて、孫に支えられて私に会いに来て、会うや否やこう言いました。「あなたは本当に健康そうだね! 私はもうだめだ。脚がいつも痛くて、歩くのが一苦労だよ。これは働いていたときの職業病かもしれない!」

 私は彼女に「私も多くの病気を持っていて、法輪功を煉ってから健康になった。法輪功は佛法修煉で、病気治療と健康保持に特効があるのよ」と話しました。彼女は私の話に真剣に聞き入って、羨ましがる表情を見せていました。私は彼女に大法のお守りを渡し、「『法輪大法は素晴らしい! 真・善・忍は素晴らしい!』と常に念じれば、きっと福報を得て健康になりますよ」と言いました。彼女は敬虔な態度で「分かった。毎日念じる」と言いました。 

 旧正月のとき、彼女は電話を掛けてきて、「今年の冬は脚がまったく痛くなかったし、普通に歩けるようになったのよ! 人から『脚がどうやって治ったの?』と聞かれたとき、私は『法輪大法は素晴らしい!』と念じてから治ったと伝えた。友人たちは私のことを知ってから法輪大法が素晴らしいと言って、法輪功が中国共産党によって迫害されている事実も分かったのよ。国民を騙すなんで、酷すぎる!」と言いました。 

 私も『轉法輪』を暗記できた

 私にとっての法の暗記は難しすぎることでした。同修たちが法を暗記しているのを見て、私も暗記しようと、『轉法輪』から始めました。しかし、1段落1段落と暗記していくうちに、「難しい! 難しい! 難しい!」とばかり感じていました! 後ろの方を暗記できたら、前の方の内容はもう忘れているので、いつになった全部暗記できるのかと悩んでいました。「歳だから記憶力が悪い。暗記できない」としか頭になくて、覚えることができず、自信もありませんでした。

 両目を失明している同修から、感動と啓発を受けました。 

 彼は目が見えませんが、法の暗記がとてもよくできていて、師父の4冊の『洪吟』を全部暗記できているだけでなく、『精進要旨』、『轉法輪』およびその他の説法の多くの部分も暗記しています。彼はどのようにして暗記してきたのでしょうか?

 グループ学法のとき、私たちが一句を読み、彼は一句を繰り返して、聞きながら暗記していました。彼がしっかり覚えていないと気づいたとき、同修はまたその句を読み聞かせました。彼の毎日の睡眠時間は少なく、時間があれば暗記し、暗記出来た分を繰り返し暗唱することによってしっかりと記憶に定着させていたのです。

 彼と一緒に学法するとき、私はこう思いました。「法の暗記は確かに難しい。彼はほかの誰よりもっと難しい状況に置かれている。しかし、彼は1回も難しいと言ったことがなく、ひたすら暗記するだけだ。彼は師父を堅く信じ、大法を堅く信じ、とにかく師父の法を身体に取り入れ、すべての細胞に溶かせようとしている。私にとっての難しさは何だろうか? やはり彼と比べて、師父と大法に対する信念が足りないからだ!」 

 それから私は自分を厳しく律し、毎日半日くらい真相を伝えに出かけ、半日はグループ学法に参加し、残りの時間を暗記に集中し、堅持してきました。結果的に、1年ほどで私も『轉法輪』を全部暗記しました。

 今の私は『洪吟』と『洪吟四』の55編の詩を暗記できて、続けて暗記しています。年内に『洪吟四』の暗記を終えてから再び『轉法輪』を暗記し始めようと考えています。心性が向上して人間の観念から突破し、さらに恐れる心を取り除けば、本当に師父がおっしゃる「柳暗花明又一村」[1]が現れてくると実感しています。

 今日、私は「歳老いたから書けない」という観念を突破し、自分の一部の修煉体験を書きました。

 恥ずかしいことに、師父から多過ぎるほどの恩恵を頂きながら、古い弟子である私はあまりよく修めておらず、師父の要求にまだほど遠く、師父に申し訳ないと感じています。今後、私は師父のお話に従って正法の進展について行き、多くそしてしっかりと学法し、より多くの衆生を救い、師父の要求に従って三つのことをきちんと行ない、師父について家に帰りたいと思います。

 師父の慈悲なるご済度に感謝します!

 同修の皆さんに感謝します!

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』

(明慧ネット第14回中国大陸大法弟子修煉体験交流会)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2017/11/9/356202.html)