嫉妬心を取り除いたとき 競争相手は友人になった
■ 印刷版
 

文/中国遼寧省の 大法弟子  

 【明慧日本2020年5月13日】師父は私たちに「真・善・忍」の法理にもとづいて、良い人になり、さらに良い人になるように求めておられます。生活においても、仕事においても、私たちは屈辱や不公平に扱われる時も、相手と言い争うことなく、「真・善・忍」の基準で自分を律し、内に向けて自分の不足を探し、善と寛容をもって相手に接しなければなりません。

 私は、10歳年下の女性Aさんと一緒に、工具の管理員としてある会社に雇用されました。Aさんはその会社の職員の紹介で、私は2年前にこの会社で事務のアルバイトを数カ月したことがあり、偶然声をかけられました。Aさんはほかの会社の現場で働いたことがあり、工具や部品について私よりよく知っていました。Aさんの動きはとても機敏で、仕事はとてもよくできていました。しかもAさんは社員に溶け込んでいてよく話をしていました。一方の私は修煉して不必要な言葉は話したくなくなり、不慣れな環境になると、ますます話したくなくなり、人からは愚か者と思われていました。

 初めはAさんと一緒に仕事をしていました。Aさんの仕事ぶりはどれも私より優れており、例えば工具を取りに来た人がいれば、いつも私より先に動いて工具を渡していました。Aさんはいつも私の動作が遅いと言い、時には私が持っている工具を奪って取りに来た人に渡して、皆の前で私を叱責しました。2人の仕事ができるだけ早く自立できるように、教育担当者として年配の女性が派遣されました。Aさんはその女性に私の事を告げ口し、仕事ができないとか、よく間違うとか言っていました。特に主任が来ると彼女は自分を全面的に前に出しました。私に接する態度と、Aさんに接する主任の態度は異なり、Aさんにはいつも笑顔がいっぱいで、私に対する態度は冷たかったのです。

 パソコンにデーターを入力する時、Aさんはパソコンが使えないので私が教えましたが、しかし、Aさんは謙虚でなく、感謝の言葉はありませんでした。私の仕事がAさんを超えたら都合が悪いように感じました。私は法輪大法の修煉者で「真・善・忍」をもって自分に律していたため、すべての事をAさんに譲り、言い争うようなことはありませんでした。

 後になって私たちを教育している女性から、退職しようとしていた工具管理員が残る事になり、私たち2人は1人しか会社に残れないと言われました。Aさんは皆さんと仲良くしていたので、私はAさんが残されるだろうと思いました。

 師父は「自分のものなら、無くなることはないし、自分のものでなければ無理に争っても得られません」[1] と言われました。師父の話よく聞いて、そのように考え、自然に任せることにしました。

 しかし、Aさんはいつもと変わらないように私に接しました。私の心は少し動揺し始め、以前、知りあった同僚に出会うと話しかけるようになり、Aさんがどのように私に接しているか話しました。同修にもこの話をしていました。口では自分は内に向けて探し、Aさんの事を気にしていないと言いながら、実際は屈辱を感じ、苦しみを訴えていたのです。

 ある日、昼食を食べた後、洗ったガラス製の弁当箱をビニール袋に入れたとき、ビニール袋の底が破れていて、弁当箱はコンクリートの床に落ちて割れてしまいました。この弁当箱は高かったのすごく残念でした。Aさんは割れた音が聞こえて見に来られ、私は変な事を言われないように、「そろそろステンレス製の弁当箱に買い換えようと思っていました」と言いました。このことは特に深く考えませんでした。

 数日後、卵焼きを作ろうとしたとき、私は割った卵を茶碗に入れました。しかし茶碗の底に穴が空いていて、卵はテーブルの上に流れ出ました。茶碗を確認したところ、茶碗の底が欠けており穴から漏れていました。陶器の茶碗の底が欠けて穴が空いたのを見たことがありませんでした。そこで私は気づき、これはきっと師父が私に漏れがあることを悟らせてくださっていると思いました。師父は『轉法輪』の中で「突然仕事を失いました。こういう時、人はどんな気持ちになるでしょうか?」[1] と説かれました。この二つの出来事はいずれもご飯茶碗に関係しており、きっと私の仕事に漏れがあると思いました。

 私は自分の執着の根本は何か探しました。今まで同僚に対しては表向きの忍はできていましたが、師父の要求通りに真に内に向けて探していませんでした。だからAさんはずっとあのように振る舞っていたのです。すべては私の執着がもたらしたのでした。その執着の一つは嫉妬心です。私は覚えていますが、学校に入学した私は隠れて勉強していました。学校の寮の同室にほぼ同じ学力の人がいて、私は密かに勉強を競い合い、追い越されるのを恐れていました。

 パソコンにデーター入力をする際に、分からないAさんは私に聞いていましたが、私には怨恨の心があり、Aさんを嫌っていたので、心を込めてAさんに全部教えませんでした。さらに顕示する心によって、主任が訪ねてくると私も積極的に自分をアピールしていたではありませんか? 主任にこの仕事は私がしたことを知ってもらいたいという心で、実はAさんの現れは私の鏡だったのです。さらに闘争心、名利心、メンツを気にする心、自己を実証する心、人を見下す心などの執着を見つけた時、私は一つ一つそれらの執着を取り除きました。師父は「慈悲は天地の春を溶かし、正念は世中の人を救う可し」[2] とおっしゃいました。以後、私はAさんと真心で付き合い、善をもって接しました。

 Aさんが帳簿の記入の仕方が分からない時、私は根気よく丁寧に教え、私に分からないことがあれば、Aさんに謙虚にアドバイスを求めました。私はAさんに、「私たちの仕事は協力し合うことが大切で、2人とも新入りなので、互いに助け合いましょう」と声をかけました。私の分析では、会社が1人だけ残すということになれば、Aさんは残されるだろうと思いました。なぜならAさんは30代で私より10歳も若い(私は大法の修煉者で同僚から見ると私の方が若いと言われる)からです。退職を止めた人の事を考えず、Aさんの帳簿の記入は上手になり、できないところは時間が経つにつれ、全部できるようになりました。

 仕事の中で私達の関係が徐々に良くなり、仕事をする時も、食事をする時も、休憩する時も私たちはいつも一緒にいました。するとAさんは友だち関係から家族の事、仕事の事まで私に話し、相談するようになりました。私がAさんに法輪功真相を伝えると、Aさんは理解してくれました。私たちは競争相手から良い友だちになったのです。

 仕事の中で私は観念を変え、師父が言われたようにしました。「もちろん本当の薄のろではなく、われわれはただ現実的利益に無頓着でいるだけで、その他の面ではいたって頭がいいのです。科学研究のプロジェクトをやっていても、上司から任務を与えられて、何かの仕事に取り組んでいても、われわれはいつでも頭脳明晰で、立派に仕事をなし遂げます。ただわれわれの個人の利益に関しては、人と人とのトラブルや衝突においては、われわれは無頓着でいるだけです。誰があなたのことを薄のろだと言えるのですか? 誰もあなたを薄のろとは言えません。絶対にそうです」[1]

 仕事の中で話すべき事は話し、聞くべき事を聞き、そして仕事に慣れました。上司から与えられた仕事は真面目に行ないました。この過程で顕示する心、嫉妬心が再び現れ、上司に自分をアピールしたこともありましたが、これらの執着を取り除いた後、事は良い方向へ変わり、主任は、私たちは仕事をよく行なっていると言い、2人とも会社に残ることになり、私は別の倉庫の管理員になりました。

 師父の慈悲なる済度に感謝を申し上げます! 嫉妬心、顕示する心が強く自分勝手な私を、寛容と善をもって他人に接し、人の事を先に考える人に変えてくださいました。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』
 [2] 李洪志師父の詩:『洪吟二』「法正乾坤」

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2020/5/4/404690.html)