文/署名無し
【明慧日本2020年11月17日】私たちは政治レベルで物事を考え、政治に関与せず、人の世に政治力を求めるのではなく、修煉と人を救うという視点で物事を考えています。
三蔵法師とその弟子が西方に経を求めに行った際、ある国を通過した時、王様が妖精によって変貌していることを知り、妖精を滅して真の王様を王座に戻したのですが、これは政治に参加しているのではなく、魔物を払ったのです。
また、大法弟子が世の人に共産党組織から脱退することを勧めることは、政治的な観点からは行われていません。中国共産党(以下、中共)は邪教であり、この邪教は大法と大法弟子を迫害しており、天は共産党を滅ぼすため、大法弟子は、人々に共産党組織から脱退することを勧めることは、人々を火から救っていることに等しいのです。この邪悪な共産党が国家権力を奪取したからと言って、大法弟子がそれを消滅させたり、脱退するように人々を説得したりすることはできないわけではないのです。
現在、2人の常人がいます。伝統文化を支持する常人と、大法を迫害する中共の悪しき社会主義を支持する常人がいますが、それでは、私たちはどちらを支持するのでしょうか? どちらも大統領になりたがっていて、どちらも次の大統領になれる可能性があることを除けば、私はもちろん社会主義を推進する人よりも伝統文化を推進する人を支持しています。これは政治に関わっているのではなく、宇宙の正の要素に責任を負う、善い人を支え、善い人の正念を加持しているのです。
常人は「政治」の定義を明確にしていないのです。常人の利益を競うような政治であれば、私たちは確かに参加しません。師父は政治についての説法を説かれたことがありますが、私たちは「政治」という言葉に思考を制限させる必要はないのです。