政治に関わらず、逸脱もしない
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文/宇澄(米国の大法弟子)

  【明慧日本2024年6月5日】最近、米国で通常では考えられないことが起きています。トランプ前米大統領が有罪判決を受けたことに続き、一部の海外の主流メディア(BBCやニューヨーク・タイムズなど)は、『大紀元時報』の最高財務責任者が「マネーロンダリング」などの容疑で米連邦検察に起訴されたことを「法輪功」の三文字と結び付けて大々的に報じています。個人的には、これらのことに正しく対応することができれば、修煉者として、私たちはもっと醒めた状態で修煉することができ、理性を保ったまま行動することができ、よりよく衆生を救う効果が得られると見ています。

 トランプ前米大統領が裁判にかけられ、刑事犯罪で有罪判決を受けた直後、米共和党の超富裕層は彼を支持するために次々と寄付を行いました。BBCの報道によると、トランプ陣営は評決後わずか1日で5300万ドル近くの寄付金が集まったと発表し、他の共和党員もこれに加わる可能性があるとのことです。本件には複雑な要素が絡み合っており、まだ発展中なので、観察していく必要があります。

 続いて起きた『大紀元時報』財務責任者が起訴された件ですが、法的結論がまだ出ていない状況の中、一部のメディア関係者は、当事者は個人的にテレビ局と新聞社の資金を調達するためにグレーゾーンに足を踏み入れたのが事実だと主張しています。政府がどのように対応するかについて、多くの選択肢の余地があります。

 大法弟子は何をするにも一筋縄ではいかないと思います。乱世の末、泥より出づるも染まらずにできる唯一の方法は、法に則て修めるしかありません。以下は、私が言いたいことです。

 1)まず、私たちがはっきり認識しなければならないのは、大法には修煉しかなく、組織がなく、経済的実体がなく、事業運営もありません。メディア会社やプロジェクトなどは、大法そのものではなく、学習者個人または個人の集まりであり、衆生を救い、迫害の実態を伝えるために設立されたものであり、個人の行為に過ぎません。

 2)メディア会社などの個人組織は、迫害と闘い、迫害の実態を伝えるために設立されたものです。もし中共が法輪功を迫害せず、1億人もの学習者とその家族を対象とした「名誉を貶め、経済的に破綻させ、肉体的に消滅させる」キャンペーンを行わず、全中国人の法輪功に対する憎みと恐れを煽り立てるための「天安門焼身自殺」を自演自作していなければ、海外のメディア会社も、自発的な非営利組織も設立される必要がなく、生まれることもなかったでしょう。中共による迫害がなければ、学習者はただ各自の仕事や勉強の中で黙々と心性を高め、徐々に「真・善・忍」の法理に求められる各自の次元に達していけばよく、メディア会社の経営方法を一から学ぶ必要もなかったでしょう。

 3)しかし、迫害が起きました。しかも25年間続いても未だに終わっていません。自由社会のメディアでさえ、法輪功の真実を報道せず、中共の中傷キャンペーンを転載するか、または利益のために声を上げずにいました。そんな中、海外の各業種の学習者が自発的にウェブサイトやテレビ局、新聞社を立ち上げるのも必然で必要なこととなったでしょう。

 また、衆生を救うメディアを運営していくには、莫大な資金が必要です。どこに資金があるのでしょう? 25年来、莫大な資金を保有する企業、組織、政府は、中共とビジネスしたい限り、法輪功に資金を提供する勇気がありません。会社を設立した学習者は、自ら方法を考えるしかありません。その際、十分な慎重さ、理性、知恵が必要であり、社会や民俗の実情を知っておく必要もあります。さもなければ、今回のように弱みを握られて、大法の評判にまで悪影響を及ぼすことになります。我々修煉者がみな知っているように、常人にとって金銭や感情に支配されないのは実に難しいことです。常人はすでに悪をもって悪を制し、「勝てば官軍負ければ賊軍」に慣れています。共産党の「闘争」はまさに人間性の悪の一面を利用しています。悪魔が世界を支配する環境の中で、善の念を啓発するには、より大きな善の念を備え、さらに大きな善行を行う必要があります。

 4)メディアの責任は重大です。なぜなら、メディアまたは個人メディアとなった途端、発言権を持つことになり、いつでも多くの人々に対し声を発していくことができるからです。迫害の実態を伝えるために設立されたメディア会社にいる修煉者が、十分な節制と理性を保つことができたかどうか、大法による知恵を持っているかどうかは、そのメディア会社の社会性と果たした衆生を救う効果にとって極めて重要です。私たちは利益に左右されず、金銭や権力に買収されなることもないなら、「欲無ければ則ち剛なり」のように、常人のメディアよりも理性的で、理念に則て円融して行う余裕があるはずです。

 西側社会の文化は独立した思考を奨励するため、人々はあなたの言うことに耳を傾けるだけでなく、あなたが何をどうするかを見る習慣を身につけました。私たちのメディアも見られています。メディアが何をどのように行うかは、私たちがどのような人間であり、修煉者が重んじる道徳的風貌、文化水準、精神レベルがどのようなものかを、そのまま社会と一般大衆に見せているのです。従って、具体的な問題、例えば党派の問題においては、左にも右にもつかず、赤も青も選ばずして、初めて道中に長く立つことができます。

 5)最後に注意を促したい点はとても基本的なもので、今も昔も変わったことがありません。それは、修煉者は政治には関わらないということです。

 修煉者は政治に加わることがなく、政治に言及しても、道を論じることを基点および目的としています。言い換えれば、たとえ新聞という媒体、経営という手法を用いても、善の念や善行を奨励し、善の縁を結び、世人が善悪を弁別でき、「法輪大法は素晴らしい!」という真相を分からせるためなのです。私たちが原則を守り、自らを厳しく律してこそ、道の力と法の知恵を体現させることができ、悪の念ではなく善の念を鼓舞し、敵を作るのではなく敵を味方にすることができるのです。私たち自身がよくできていれば、分かる人はきっと善を選ぶのです。なぜなら、善を選択して初めて未来があるからです。

 法を正す時期の大法弟子にとって、自らを修め使命を果たすことがもっとも大事です。どんなプロジェクトに携わっていても、どんなことが起きても、政治に加わらず、逸脱もせず、原則に従い、広く善縁を結び、善意をもって円融できるすべてを円融していくべきです。以上は個人的に思いついた点であり、ひとまず書き出して、意見のたたき台となれば幸いです。善意での注意喚起として共有させていただきました。

 
(中国語:https://www.minghui.org/mh/articles/2024/6/4/478410.html)
 
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