文/中国の大法弟子
【明慧日本2025年3月18日】ゼレンスキー氏とトランプ氏の交渉が2月27日に決裂した後、何人かの同修のセルフメディアの動画を見たところ、トランプ氏に肩入れして支持するような感じが少しありました。コメント欄も見たところ、常人に対してもあまり良くない影響を与えているようで、中には感情が大法への攻撃に転じている人もいました。ここで私の個人的な見解を共有したいと思います。
まず、私個人が見た出来事そのものを紹介します。フランスのマクロン大統領とイギリスの首相がそれぞれホワイトハウスを訪問し、トランプ氏と交渉・意思疎通を行った後、ゼレンスキー氏もホワイトハウスを訪問し、米国のトランプ大統領とホワイトハウスで鉱物資源協定を締結することを強く求めました。当初の計画では、トランプ氏とゼレンスキー氏が共にメディアの前に立ち、その後、非公開で会談し、昼食を共にし、契約締結後の記者会見を共同で開催する予定でした。しかし、短時間の記者との対面の段階で両者は決裂し、ゼレンスキー氏はホワイトハウスから追い出され、昼食と記者会見はすべてキャンセルされました。一体何があったのでしょうか?
報道機関が参加している公式な発表の場での冒頭、トランプ氏は礼儀正しい挨拶をし、ゼレンスキー氏を歓迎し、署名される協定とその中に含まれる米国の重大な約束を簡単に紹介し、その後プーチン氏に言及し、ロシアとウクライナ両国が早急に停戦(両国兵士がそれぞれ毎日数千人の死者を出す戦争を終結させ)、和平協定に達することを望んでいると述べました。
米国の価値観とは「生命を尊重し、戦場で米軍兵士が捕虜になった場合は直ちに降伏し、命を守るべき」ということです。これは共産主義国家が国民に「胸で銃弾を塞げ」(訳注:共産主義国家において国民に対して教え込まれた自己犠牲の精神)と教育するのとは全く対照的です。しかし、当時のトランプ氏の口調や考え方は、どちらかといえばビジネス交渉のようであり、少なくとも発言の中に反共産主義や反侵略の意図は含まれていませんでした。もちろん、反共産主義問題については、米国側は記者会見後に密室で話し合いたかったのかもしれないし、今回はいわゆる「鉱物協定」のみに署名し、他の問題は別の機会に話し合いたかったのかもしれないし、また、ウクライナ戦争の停戦を実現することを重視しすぎていていたのかもしれません。いずれにせよ、まだ起こっていないことについては、外部の者は忍耐強く、性急に結論を下すべきではありません。
しかし、ゼレンスキー氏は想定されていた外交的な姿勢とは異なり、非常に強硬な態度を示しました。ゼレンスキー氏は戦時下の大統領として、プーチン氏の名前を聞くと不快な感情と非協力的な態度を示し始め、その態度は何度もエスカレートしました。まずプーチン氏を非難すべきだと主張し、次にヴァンス氏やトランプ氏に反発し、ついにはトランプ氏の言葉(ウクライナ人が戦争に勇敢に立ち向かっているという一言を除いて)ほとんどすべてをメディアの前で公然と論争し、会議の主題を完全に忘れ去ってしまいました。最終的に米国側は、ウクライナ大統領がウクライナを和平に導くための合意に署名するために来たのではなく、米国を味方につけ、戦争におけるウクライナの勢力を強化するために来たのだと判断し、会談を中止しました。
実際、ゼレンスキー氏が侵略に反対するのは道義的に容易に理解できます。ましてやロシアは常に中国共産党(以下、中共)と結託しており、ロシアにいる大法弟子を正しく扱い『轉法輪』を尊重するという問題において、非常に良くない対応を行っています。しかし、結局のところ、感情や態度では物事を有利な方向に進めることはできません。特に大国間の外交の場においては、やはりある程度の戦略と交渉を考慮すべきです。会談する双方とも、個人的な感情を避けるべきです。
そのため、ゼレンスキー氏とトランプ氏の会談が決裂したことについて、多くのセルフメディアの同修が無条件にトランプ氏を支持し、ゼレンスキー氏は政治家としての能力が十分ではないなどと主張しました。コメント欄の状況から判断すると、これが一部の一般の人々の怒りを買ったようです。人々は私たち大法弟子のセルフメディアが政治的傾向を持っていると考え、さらには「私たちがなぜ真・善・忍の原則に従って真に侵略戦争を起こしたプーチン氏を非難せず、ひたすらトランプ氏を擁護するのか」と非難し、大法弟子のセルフメディアの同修は基本的な是非の判断力がない、と人々は考えています。この一部の常人のネットユーザーは私たちの信仰に疑問を呈し、中にはコメント欄で直接大法を攻撃する人もいます。特殊な背景を持つ人々が一般のネットユーザーを装ってコメント欄で騒ぎを起こしている可能性も排除できませんが、私たち自身が分別をわきまえ、偏らず、顕示心を抱かず、常人社会に干渉せず、人々の善悪の常識にかなった判断や感情に理解を示すことによって、私たち自身の理性と善をより良く示すことができます。
修煉者の立場から言えば、常人社会の事は結局常人社会の事であり、私たちの使命は自分自身を修め、世の人々を救い済度することです。私たちも知っているように、中共こそが真に人類を脅かす存在であり、人々が真相を理解することを妨げ、法輪大法の素晴らしさを知ることを妨げています。ですから、米国の影響力を分散させるような他の混乱は、早期に終わらせるべきです。ですから、私たち自身が妨害され、常人社会の事柄に巻き込まれるべきではありません。
メディアを通じて情報を得る常人の立場からすると、彼らの目の前にあるのは侵略戦争です。もし常人が侵略戦争そのものを嫌悪せず、抵抗勢力のリーダーであるゼレンスキー氏に同情しないのであれば、もし彼らがこのような基本的な常人としての是非の判断力を持たないのであれば、彼らは大法弟子が迫害を受けているのを見た時に、同様に同情の気持ちを抱かないのではないでしょうか? 同様に中共の行動を容認するのではないでしょうか。善良な人だけが救われる希望を持ち、善良な人は当然侵略者であるプーチン政権に反対するでしょう。それなのに、なぜ私たちはこのような問題でこれらの一般の人々を遠ざけ、彼らとこれらの問題で争わなければならないのでしょうか?
善良な常人は、何はともあれ常人であり、修煉者ではありません。私たちは天象の変化について独自の考えを持ち、天によって選ばれた人が中共を終わらせることに主体的な気持ちを持っています。しかし、私たちは常人が持つ侵略者に反対する最も基本的な感情を無視するわけにはいきません。
ゼレンスキー大統領の件に関して言えば、私たちは完全に中立の立場を取り、双方の行為を穏やかに評価することができます。ゼレンスキー大統領は勇敢な戦時下の大統領であると言えますが、その感情や態度は交渉に影響を与えました。結局のところ、米国は支援の手を差し伸べた側であり、このような時こそ謙虚な姿勢を見せることで、真の偉大な英雄として、自国民のためにできることをするべきです。一方、米国はウクライナを最も支援している国であり、トランプ氏もこの問題のために奔走しています。歓迎会では当然、ゼレンスキー大統領が米国に感謝の意を示し、米国側がゼレンスキー大統領に対して敬意を持つべきです。このように人に話すことができれば、同じ見解でも常人の反侵略の感情を刺激することなく、どちらかに肩入れすることもなく、常人の善悪の価値観を真に理解し支持した上で報道された出来事を論評することになります。
私はセルフメディアの同修として、現実社会の出来事を論評する時には、あまり高尚なことを語るべきではなく、最も基本的な普遍的価値観に基づいて判断を下すべきだと思います。そうすれば、皆さんのメディアはより多くの善良な人々の共感を呼び、彼らは自然と大法弟子にもっと信頼を寄せるようになるでしょう。ある同修のセルフメディアのコメント欄に「以前は良いと思っていたが、今は疑問を抱き始めた」という常人の書き込みがありました。それを見て、私はとても悲しくなりました。セルフメディアの多くの同修が私よりもずっとしっかりと修煉していることを知っています。皆さんの見解は核心を突き、中共の数々の嘘を暴いています。しかし、私たちは社会に向けたセルフメディアであり、修煉者内部のセルフメディアではありません。ですから、常人の理解の範囲を超えることを言うと、かえって彼らの心を動揺させ、人々を遠ざけてしまいます。
このようなことは初めてではありません。以前にも、あるセルフメディアの同修が中国のBMWアイス事件を論評し、救われる可能性があった多くの中国のネットユーザーの心を揺さぶりました。その事件は、中国のBMWの展示ブースで、数人の中国人女性販売員が中国人がアイスクリームを求めてきた時には冷たい態度で「ない」と言い、外国人が来た時にはすぐに笑顔で迎え、アイスクリームを贈呈したというものでした。これに対し、多くの中国人男性ネットユーザーが非常に憤りを感じ、数人の女性販売員に対してネット上でバッシングを行い「彼女たちが外国人に媚びへつらっている」と非難しました。
ネットでのバッシングは確かに良くないことで、中共の闘争文化の直接的な表れです。しかし当時、その同修が論評した内容は大まかに言うと、女性販売員に対してネットバッシングをした人は非常に悪いと言及した一方で、もう一方に対しても同様に公平な評価をしなかったことは、私たちが救い済度する必要のある人々の心理状態を考慮していなかった、つまり「一方に肩入れした」ということだと思います。皆さんは中国の人々を救いたいのであれば、中国の人々の心理をもっと理解し、共感する必要があります。中共は自分たちを「中国」と結びつけて中国人を洗脳し、中国人の民族を愛する感情を中共への愛にすり替えています。これこそが問題なのです。中共に深く毒されたこれらの人々に対して、私たちはこのようなことで彼らを攻撃する必要があるのでしょうか? 人々の執着に沿って話を続け、彼らに「中華民族は偉大です。中共という邪悪な党の横暴な行為こそが、中華民族の地位をますます低下させているのです」と伝えるべきです。そうすれば、人々は自然と受け入れられるはずです。
最後に、セルフメディアの同修に注意喚起したいことがあります。多くのセルフメディアの同修、特にフォロワーが多い同修のコメント欄を見ると「純化」(訳注:特定の意見を持つ人だけが集まり、それ以外の意見が排除される現象)されている兆候が見られます。つまり、ほとんどがその同修を好む視聴者(多くは同修)であり、そのセルフメディアを好まない人々(本当に救われる必要のある人々)は同修のセルフメディアの集まりに入って来られなくなっているということです。皆さんの見解は、救われる必要のある人々に向けられたものではなく、彼らが全く受け入れられないようなことを語っており、皆さん自身も徐々に感覚を失いつつあります。それに比べて、面と向かって真相を伝える同修は、毎日罵倒され、さまざまな道徳レベルの人々に会うことで経験を積むことができます。しかし、皆さんはそうではありません。セルフメディアを発信する同修の心理状態は、深く毒された人々から徐々に遠ざかり、彼らを助けるのではなく、刺激するような言葉を発しやすくなってしまいます。
このことについて、私は「逆向きにネット封鎖を突破」(訳注:中国国外にいる人が中国国内でしかアクセスできないウェブサイトにアクセスすること)して中国の一部の動画サイトにアクセスし、2種類のブロガーのコメント欄を見てみることを提案します。一つは、中共を称賛するブロガーで、彼らのコメント欄は最も深く毒された中国人の状態の反応です。もう一つは、中共による検閲の範囲内でどこまで真実を伝えられるかを試行錯誤しながら、中国のネットユーザーに真実を伝えようと試みているブロガーで、彼らのコメント欄で支持している人々がどのような状態なのか、逆に、罵倒したり通報しようとしたりする人々がどのような状態なのかを見てください。これらの人々こそが、中国のネットユーザーの本当の状態です。中国国内のインターネットユーザーがいつか偶然に壁を乗り越え、初めて皆さんの動画を開いた時、彼らは心理的な抵抗感を感じるでしょうか? それとも、本当に救い済度の役割を果たす真相を聞いたと感じるでしょうか? 私は、このことを常に検討する価値があると思います。常に検討することで、毎日自分を支持するフォロワーからの無条件の称賛を見ることによって、救い済度を必要とする人々の現実的な状況や心理状態を理解できなくなってしまうことを防ぐことができるからです。
以上は個人的な観点であり、ネットユーザーの感情に比較的精通している立場から論評しました。至らない点がありましたら、同修の慈悲深いご指摘をお願いいたします!