文/河北省の大法弟子
【明慧日本2020年11月28日】私は69歳です。幼い頃に母を亡くし、家は貧しく、学校には1日も行くことができず、惨めな少女として育ちました。嫁ぎ先では、全てのことをしなければなりません。夫は体調が悪い上に気性も悪く、私は頻繁に夫に殴られました。殴られるたびに、体に紫色のアザができ、顔が腫れることもありました。何度か離婚しそうになったり、本当に死にたいと思ったりしたこともありました。
1996年に私は法輪大法の修煉に入りました。ずっと辛い人生でしたが、大法により幸せになりました。そして、夫は私を殴ったり罵ったりしなくなっただけでなく、修煉を支持してくれるようになりました。
修煉後の最初の難関は、文字が読めないことでした。 同修と一緒に大法の本を読んでいる時、私は真剣に文字の発音を記録し、帰宅後、習った単語を何度も復習しました。このようにして、2、3年後には、自分で『轉法輪』を読むことができるようになっただけでなく、他のすべての大法の本も読むことができるようになりました。以前は視力が悪かったのですが、大法を学んでから、とても小さな文字でも見えるようになりました。
修煉者である私は、それまでの恩讐をすべて帳消しにし、恨みや嫉妬もなくなりました。他の人にひどい仕打ちをされたとしても、それは過去に私がひどい仕打ちをしたからに違いありません。師父は「あなたは、『どうしてわたしにこんなひどいことをするのだろう?』と言って心のバランスをくずすかも知れませんが、しかし、あなたはなぜ前世でその人にあんなことをしたのですか? 『あの時のことは知らない。現世は前世と関係ない』とあなたは言うかも知れませんが、そういうわけにはいきません」[1]と説かれました。法を学ぶことで、どうすれば善い人になれるかを理解しました。夫の衣服、食事、住、交通の手はずなど、あらゆる面で配慮しています。そして、復讐心、闘争心、恨み、嫉妬心などの人心も取り除きました。
同修を助けることも自分を助けることになります。同修に何かがあった時には、私は責極的に手伝います。例えば、農作業や力仕事は夫と一緒にします。同修が病業で料理ができない時には率先してしたり、時には自宅で料理を作って夫が同修の家まで届けに行ったり、同修が法を学べない時には、私が法を読んであげたりもします。これらのことは、平凡で単純なことではありますが、簡単にできることではありません。時が経つにつれ、私の修煉の意志に磨きがかかってきました。私はもうすぐ70歳になりますが、家ですることはたくさんあります。自分が修煉しなければ、人を助けることなどできないことです。
師父は私の世界観をすべて徹底的に変えてくださり、完全に生まれ変わったことに感謝いたします。すべてが一新しました! 私はしっかり法を学び、自分を修め、文字の読めない同修を助け、合格した大法弟子になりたいと思っています。
個人的な体験です。適当でないところがあれば、同修の皆さんの慈悲なるご指摘をお願いします。私は改めます。
師父、ありがとうございます! 同修の皆さん、ありがとうございます!
注:
[1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』