文/中国の大法弟子
【明慧日本2025年3月29日】私は大法修煉の中で経験した一つの神奇な話を記し、大法の神奇さと素晴らしさを証明し、もっと多くの人々と生命が大法の救いと福報を得られるように願っています。
教訓
この話は2009年の4月に起こりました。その年の4月、私は仕事で故郷の県に出張していました。そこで幼少期の同級生から、ある同級生が末期の病にかかっており、長くは生きられないかもしれないという話を聞きました。仕事が終わった後、私はお土産を持って病気の同級生の家を訪ねました。私はそのとき、大法についてたくさん話しました。彼はそれを喜んで受け入れ、中共の党、団、隊の組織から脱退することを望みました。また、彼は私に法輪功の煉功30分を一緒に練習してくれるよう頼みました。私は、大法の五つの功法の名称と各功法の動作を紙に書いて渡し、1カ月後に師父の著作『轉法輪』を持っていき、彼が自宅で学べるようにすると約束しました。彼はそれを聞いてとても喜びました。その後、私は自分が住んでいる都市に戻り、仕事に専念しました。
約20日後のある朝8時、私は家のベランダで資料を読んでいました。その時、2羽の椋鳥が家のベランダに飛んできて、私がいる上の方でちょっとさえずった後、飛び去りました。その鳥のさえずりは理解できませんでしたが、伝えている情報は良くないものであると感じました。約10分後、故郷の別の同級生から電話を受けました。彼は、末期の病にかかっていた同級生がついさっき亡くなったと言い、必ず休みを取って帰って来るように言いました。
今でも、この出来事を思い出すたびに、私は自責の念、後悔、そして痛みを感じます。本当に、人を救うことは火事を消すようなもので、非常に急を要することだと痛感しました。慈悲深い偉大な師父は、救われるべき世人を私たち修煉者の前に現してくださったのに、私はなぜあんなにも責任感と緊迫感が足りなかったのでしょうか? なぜ病魔に苦しんで助けを待ち望んでいるその同級生に、一刻も早く大法の本を手渡すことができなかったのでしょうか? 私は、大法修煉の厳粛さと自分が担うべき重大な責任をあまりにも表面的で浅はかに認識していたため、彼に死の関門を設けてしまいました。なぜ私は、1カ月待たせたのでしょうか、命に関わる重要なことに対して何もしようとしなかったのでしょうか? 彼の命を奪おうとするのは、共産党の邪霊や悪霊たちであり、彼の肉体をできるだけ早く奪おうとあらゆる手段を尽くしていたのです。私はまさに魔鬼の罠にかかってしまったのではないかと思います。
奇跡
時間は2009年12月になり、誰かから、もう1人の子供の頃の同級生が治療不可能な病気にかかり、病院から治療を放棄されたという知らせを受けました。これまで、彼の家族の結婚や葬儀など、すべての重要な事柄に招待されていました。彼がこの不幸な知らせを受けたことを聞いて、私は身も心も震えました。以前、救助できずに命を失った痛ましい事実を教訓にし、今回は魔鬼との闘いを決意しました。どんなに難しくても、それを阻止するものは何もないと誓いました。
その週の金曜日の午後、私は仕事を終わらせ、大法の書籍を持ち、贈り物を買って、故郷の同級生の家に向かいました。同級生はとても喜び、何度も「珍しい客だ、珍しい客だ、ようこそ」と言いました。しかし、彼の妻は一切歓迎していない様子で、顔をしかめて「何しに来たの? 歓迎しないわ」と言いました。私はそれが邪悪な力によるものだと分かり、心の中で師父に加護をお願いしました。私は笑顔で彼女に「歓迎されなくても来ました。歓迎されなくても今晩は帰えりません。あなたたちの家に一晩泊まるつもりです」と言いました。彼女は「うちには泊まる場所がないです」と言いました。私は「泊まる場所がないなら、籠を吊るしてもいいです」と言うと彼女は「籠を吊るす場所がないです」と言いました。私は断固として「今晩、あなたたちの家で立ってでも一晩過ごします。棒で追い出しても絶対に帰えりません」と言いました。そして、私は優しく昔の同級生に言いました。「今日はあなたのために来たのですよ。どうするか良く考えて決めてください」と言うと、同級生は妻に向かって「口論はやめて、早くご飯を作って、同級生をもてなしてあげなさい」と言いました。彼の妻は嫌々ながらも料理を作り、私たちと一緒に食事をしましたが、とても気まずい夕食でした。
食事を終えた後、私は同級生に「一晩、2人で静かに過ごせる部屋を一つ借りられませんか?」と言いました。彼はとても決断力があり、「行こう、息子が市内でパソコンを修理している店に、そこにはベッドが一つある」と言いました。私は「それはいいですね」と答えました。私たちはパソコン修理店に到着した時、彼の息子は他の3人の若者と一緒に遊んでいました。私は善意で彼らに「申し訳ないけど、今晩は他の場所を探して休んでくれませんか? ここを一晩貸してもらいたいけど、いかがでしょうか」と聞きました。彼らは快く了承してくれました。
子どもたちが出て行った後、私は真心から慈悲の気持ちで同級生に言いました。「今晩、私は師父の大法の書籍『轉法輪』を最初から最後まで一字一句漏らさず読んで聞かせます。しっかりと精神を集中して聞いてください。これは非常に貴重な天から授かったチャンスです。私たち2人でこの貴重な時間をしっかりと大切にしましょう。大法を通読する間、あなたがどんな体の感覚を感じても、気にしないでください。ただし、心の中で常に自分はどんどん良くなっていくと考え続けてください。私が言っている意味、理解できましたか?」彼は「理解できました」と答えました。私は続けて言いました。「私の提案とお願い、実行できそうですか?」彼は「できます」と言いました。「良いですね。今はもう午後7時半です。私はすぐに大法の本を読み始めますので、しっかりと聞いてください」
私は慈悲と平和の心を保ちながら、大法の本を読み始めました。途中でとても眠くなり、うとうとしてしまいましたが、眠気やぼんやりした感覚は私を止めることができませんでした。私は師父と法に対する強い信念と、大法の修行を通じて培った強い意志を抱きながら、約束を守って一気に読み終えました。その過程で感じた大法の素晴らしさと美しさは、言葉では表現できないもので、ただ超常的に表現するしかありません。
同級生の反応も非常に素晴らしかったです。法を聞いている間、彼はずっと眠気に襲われていました。疲れて眠くなったら、布団の上にうつ伏せになって少しの間寝てしまい、また起き上がって聞き続けました。しばらくすると耐えきれなくなり、再び布団にうつ伏せになって少し寝てしまうのですが、また気を取り直して座り、聞き続けました……このように何度も繰り返し、眠気や疲れに負けず、法を聞き続け、私たちは事前に交わした約束を守り通しました。
その間、私たちは一度もベッドを離れることなく、トイレに行く必要もなく、喉も乾きませんでした。私の読む声はずっと澄んでいて、明瞭でした。そして翌日の午前9時近くまで、私は一気に『轉法輪』を読み終えました。その間、私は一瞬たりとも同級生について考えたことはなく、彼も一言も要求をしませんでした。まるで私たち2人は、その時空間において壊れることのない一体であるかのようであり、歴史の中でその時にこのことを成し遂げることが決まっていたかのようでした。すべてが自然で、まさにそのようであるべきだったのです。ここまで書いたところで、ふと考えが浮かびました。当時の状態は、師父が説かれた「求めずして自得する」(『シドニー法会での講法』)の境地に達していたかもしれません。それがその時、大法が私たちに求めていた基準だったのだと思います。
『轉法輪』を通読し終えた後、私は同級生にどう感じたか尋ねました。彼は感謝の気持ちを込めて「とても良かったです」と言いました。私は彼に、大法の本を自分で読んでみるかどうか聞きました。彼は「この本をください」と言いました。私は「それなら、必ず自分で学んでくださいね。本気で学んでください」と言いました。彼は「必ず学びます」と答えました。
半年以上が経ち、2010年7月、私は再び故郷に帰り、別の同級生の家での集まりに参加しました。そして私が『轉法輪』を読んで聞かせたあの時の同級生と彼の妻も参加していました。この時、その同級生は顔色が良く、元気いっぱいでした。彼は嬉しそうに、他の人と一緒に約1カ月間、レンガ職人として働いていることを教えてくれました。私は彼に、法を学び続けているか尋ねました。彼は「ずっと続けている」と答えました。彼の妻も以前の私に対して不親切だった態度を改め、たくさんの感謝の言葉を言ってくれました。私は「感謝する必要はありません。私たちは皆、師父の無限の慈悲と大法の無辺の力に共に感謝するべきです。これからは、彼にもっと大法の本を読むように言ってあげてください。それが一番の感謝の方法です」と言いました。彼女は「必ずそうします」と答えました。
後記
現在、その同級生は70歳になっています。数日前、私は再び彼を訪ねました。彼は「パンデミックの期間中、私は一度も陽性になったことはありません。家族全員がとても平安です」ととても誇らしげに言いました。彼は、師父と大法が彼とその家族を守っていることを理解しています。私は彼に、まだ法を学び続けているか尋ねました。彼は「私の命は師父によって延長されたものだから、法を学ばないわけがありません」と言いました。彼はまた、大法の真相資料を頻繁に受け取ることができるとも教えてくれました。私はそれを聞いて、とても嬉しく思いました。
ここに、師父に感謝の意を捧げます!