【明慧日本2020年12月29日】(前号に続く)
第三部分:繰り返して迫害され死亡
1、迫害された遼寧省の楊雪さん一家4人 相次ぎ死亡
遼寧省葫蘆島市の学習者・楊雪さん(41)は、2008年に夫を亡くし(拷問されて死亡)、両親も相次いで他界した。楊さんは12年間、肉親を失ったことで悲嘆に暮れ、さらに懲役4年の判決を言い渡された。楊さんは、国保の警官により長期的に監視と嫌がらせを受けた末、11月2日に亡くなった。
楊さんは河北省燕山大学美術学部を卒業後、デザイナーとして瀋陽で就職した。その後、楊さんは実家の綏中県前所鎮に戻り、学生向けの美術教室を開いた。多い時には50~60人の生徒がおり、保護者や生徒から良い評判を得ていた。
2008年2月25日、楊さんの夫の範徳震さんが綏中県国保の警官により連行されたため、やむを得ず美術教室を閉鎖した。その時、楊さんの息子はまだ生後7カ月だった。
2、遼寧朝陽市の林桂芝さん 7年の懲役を終え死亡
遼寧省朝陽市双塔区の林桂芝さんは真・善・忍の信念を堅持していたため、中共により残酷に迫害されて死亡した。林さんは懲役7年の実刑判決を受け、刑務所で酷く殴打され、ご飯に不明な薬物を投入された。そのために、意識が朦朧となり、2020年2月20日に冤罪が晴れないままこの世を去った。享年58歳だった。
林桂芝さん |
3、14年間拷問されたハルビン市木蘭県の商貴民さん 死亡
ハルビン市木蘭県の学習者・商貴民さんは、刑務所で14年間拘禁され、心身ともに大きなダメージを受けた。2013年11月に出所した後、商さんの身体はずっと回復せず、2020年2月29日に亡くなった。享年55歳。商さんは相前後して5回連行されたことがあり、牡丹江市刑務所で独房に閉じ込められ、ひどく殴られ、零下20~30℃の冬で服を着ることも許されず、コンクリートの床で寝かせられるなどの拷問を受けた。
4、12年間刑務所で残酷な迫害を受けた李恵豊さん 死亡
黒竜江省チチハル市の学習者・李恵豊さん(男性)はかつて、懲役12年の重刑を受けたことがあり、吊し上げられ、生殖器に電気ショックを与えられ、独房に拘禁されるなどの残酷な迫害を受けた。そのため、李さんは一度瀕死の状態に陥ったことがあり、2020年1月20日に脳出血を発病し、28日にこの世を去った。享年48歳の若さだった。
李さんはチチハル市鉄鋒区景新小区に在住していた。法輪功を学んでいるという理由だけで、2001年1月22日、同市建華区の警官らに連行され、10万ボルトのスタンガンで生殖器に電気ショックを加えられた。
5、10年間迫害され続け 成都市の教師・鄧小明さんが死亡
四川省成都市の鄧小明さんは長期にわたって何度も連行され、実刑判決を2回下され、10年間近くも刑務所に拘禁された。繰り返し迫害を加えられたことにより、鄧さんは2020年4月8日に冤罪が晴れないまま死亡した。享年55歳。
鄧さんは成都市双流県師範学校の教師だった。2001年、鄧さんは懲役3年の実刑判決を下され、刑務所に収容された。徳陽刑務所で鄧さんは信仰を放棄するように強要され、重労働を科された。また、法輪功への誹謗中傷のビデオを見せられたり、体罰を受けて殴打されたり、独房に入れられたりし、睡眠をはく奪されるなどの酷い拷問を加えられた。
鄧小明さん |
6、80代の朱治和さん 出所後まもなく死亡
重慶市長寿区の学習者・朱治和さん(81)は2018年2月、法輪功の資料を配布したとして、同市江北区裁判所に不当な判決を宣告された。そして、当時80歳の朱さんは、1年以上も拘禁され、迫害されたため意識が朦朧とした。2020年9月6日、朱さんは帰宅したが、わずか2カ月後の11月11日に無念の思いを晴らせないまま死亡した。
7、河北省の葛志軍さん 刑務所で迫害されたのち死亡
河北省涿州市の学習者・葛志軍さんは2019年2月5日、唐山市冀東刑務所に4年間拘禁された後、帰宅した。葛さんは法輪功を学んで健康な体と心を得たが、中共当局に2回拘禁され、計12年の実刑判決を下された。刑務所で精神的にも肉体的にも苦しめられた葛さんは精神異常になり、2020年11月29日に死亡した。享年42歳。
8、河南省の元医師・張栄煥さんが8年間の冤罪を経て死亡
河南省許昌市の元医師で学習者の張栄煥さんは、「真・善・忍」の信念を堅持し続けたことを理由に、中共の法曹部門の関係者により何度も迫害され、かつて二度不当な判決を受け、計8年間拘禁されたことがある。法輪功を放棄しないため、張さんは独房に閉じ込められ、吊るし上げられ、殴られ蹴られ、出所後も610弁公室、国保、派出所の警官らによる嫌がらせを受けた。
中共による法輪功への迫害が21年間続く中で、張さんは肉体的にも精神的にも大きなダメージを受け、私有財産も大きな損害を蒙った。2020年7月31日深夜、張さんは無念の思いを晴らせないまま亡くなった。享年72歳。
若い時の張栄煥さん |
9、河南省の陳孝民さん 出所して52日目死亡
河南省の学習者・陳孝民さんは、河南省労働教養三所で身体を丸めて縛り付けられ、スタンガンにより全身に電気ショックを与えられた。さらに、鄭州市新密刑務所第三監獄区で酷く迫害されて危篤状態になり、2020年1月18日、家族に迎えられ帰宅したが、衰弱が酷く、何も食べられない状態になり、3月10日に亡くなった。享年51歳だった。2人の兄の陳躍民さんと陳少民さんも迫害死した。
拷問の再現:身体を丸めて縛り付けられる |
10、懲役11年の判決を下された李国俊さんが迫害死
遼寧省朝陽市朝陽県政府機関の宣伝部部長で、学習者・李国俊さん(女性)は、法律に基づき、法輪功迫害を発動させた江沢民を告訴したが、報復に遭い懲役11年の重刑を言い渡された。朝陽市留置場と遼寧省女子刑務所に拘禁されていた期間中に、拷問を受けた李さんは危篤状態に陥り、仮釈放されたが、2020年5月5日、無念な思いを晴らせないまま、この世を去った。享年53歳。臨終の際、李さんは心から「法輪功は間違っていない」と言った。
迫害された後の李国俊さん |
11、迫害により植物人間にされた呉秀芳さん 死亡
遼寧省阜新市の学習者・呉秀芳さん(64)は懲役3年の実刑判決を受け、2016年末に遼寧省女子刑務所に収容された。情報筋によると、刑務所で迫害された呉さんは言葉もしゃべれず、目も動かなくなり、極度に痩せ、胃にチューブを挿入されて流動食を与えられた。自立生活が出来なくなり、昼も夜も介護が必要な状態になったという。2018年8月19日、満期出所した時の呉さんは、すでに痩せこけて、植物人間の状態になっていた。そして、2020年2月8日、呉さんは冤罪が晴れないままこの世を去った。
12、ハルビン市の王徳金さんが迫害死 妻は不当判決で拘禁
黒龍江省ハルビンの尚志市で心神喪失に至るまで迫害された王徳金さんは、11月に亡くなった。享年78歳。
生前に、王さんと妻は2人とも懲役4年を宣告された。王さんは認知症になるまで迫害され、自立生活ができなくなった。空腹か満腹か分からず、部屋の中で排尿、排便をしていた。外出すると家に戻る道が分からず、家族は派出所の監視カメラをチェックして王さんの行方を探すしかなかった。2019年、妻の杜貴英さんは法輪功迫害の実態を人々に伝えたため、懲役4年の実刑判決を宣告され、いまだに刑務所で拘禁されている。
13、13カ月不当に拘禁された大連の宋淑春さん 迫害され死亡
遼寧省の大連市沙河口区の宋淑春さんは、何度も不当に連行され拘禁された。2018年11月12日に連行された後、宋さんは懲役3年、執行猶予4年の判決を宣告された。そして、2020年5月30日に無念な思いを晴らせないまま死亡した。享年71歳であった。
14、安徽簫県のおとなしい農民の劉発庭さんが迫害死
安徽省簫県の学習者・劉発庭さん(74)は、懲役3年6カ月の刑期を終えて帰宅した後、常に血痰が出ており、診断の結果、肺がんだった。2020年5月2日この世を去った。亡くなる2日前、簫県の610弁公室と宿州政法委の関係者が劉さんの自宅にやってきて、嫌がらせをした。
劉発庭さん |
15、13年間刑務所で迫害され続けた趙成林さん 死亡
遼寧省本渓市の学習者・趙成林さんは2回の実刑判決を言い渡され、計13年間刑務所に拘禁され、体に大きなダメージを受けた。趙さんは2020年2月15日、冤罪の晴れないままこの世を去った。享年58歳。
趙さんは本渓橋頭高砲団の元軍医で、2002年10月、渓湖区裁判所に懲役9年の重刑を言い渡された。遼寧省瓦房店刑務所で、趙さんは暴力を振るわれて吐血し、歩けなくなった。瀋陽康家刑務所で、趙さんは冷水を浴びせられ、無理やり口を開けられ数本の歯を摘出された。
16、広東省汕頭市の呉佩文さん 迫害により死亡
広東省汕頭市の呉佩文さんは連行された後、結核を再発し、裁判を受けた最中に吐血したにもかかわらず、懲役1年の実刑判決と2000元の罰金を科された。2019年10月27日、病気のため2カ月早く解放されたが、4月4日に亡くなった。55歳だった。
17、湖南岳陽市の善良な女性の範文秀さん 迫害死
湖南省岳陽市君山区の学習者・範文秀さんは、懲役3年6カ月の実刑判決を宣告され、長沙女子刑務所で洗脳による迫害を受け、重症のため仮釈放された。2019年3月、君山区の警官らは範さんの借家に侵入し、強行して監視器を取り付けたり、恐喝をしたりした。精神的なプレッシャーの中で範さんは体調を崩し血便もあり、身体全体がむくみ、頻尿の症状も現れた。それにも関わらず、警官らによる嫌がらせは絶えなかった。2020年1月21日、範さんは死亡した。享年53歳。
範文秀さん |
(続く)