【慶祝513】法輪大法は私の娘に最高の教育を与えた
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文/中国の大法弟子

 【明慧日本2021年3月7日】娘が5歳の時、法輪功すばらしさを伝えたために、父は中国共産党(以下、中共)の迫害を受けました。強い圧力の下で、私の夫は出て行くことを選びました。ある友人が私に「ひとり親家庭にはいろいろ問題があり、覚悟しておかないといけませんよ!」と心配そうに言いました。私は「法輪功の修煉を、私と娘は必ず歩みきるだろう」と密かに考えました。

 娘が3歳の時、私はいつも娘に「お母さんと一緒に大法を修煉する?」と聞きました。娘はいつも「しない、大きくなってから修煉する!」と言いました。そして笑いながら走り去りました。その時、私は悟性があまりに悪く「機縁がまだ来ていないのかもしれないので、やはり常人の子供のように面倒を見て娘を育てよう」と思いました。特に幼児教育や就学前教育のさまざまな誘惑に直面して、私は娘を連れて参加しても疲れを感じませんでした。結果的に娘は多くの問題を抱え、世話をするのが非常に困難で、夜寝る時に泣きわめき、いつも寝小便をし、いつも風邪をひいて医者に行き、幼稚園に行ってもすぐに泣き……。いつも私たち家族は疲れてくたくたになりました。

 父はとても心配し、私に「お前は一日中この理念で、あのような教育をして、お前は彼女を修煉に導く必要がある! 法輪大法こそ世界で最もよい教育だ」と言いました。

 軟膏がなくなり娘が修煉を始める

 娘が4歳の年、ある奇跡的な出来事がこのすべてを変えました。娘が幼稚園でギョウ虫病にかかり、私は薬局で軟膏剤を買い、娘に塗りました。数日でよくなると思いましたが、6カ月軟膏剤を塗ることになるとは誰も思わず、役に立ちませんでした。そして母がさらに奇怪な現象に気づき、娘に軟膏剤を塗ったばかりの時、数分後に再び娘を見ると、なんと気がついたら軟膏がなくなっていました。何てことでしょう! 軟膏はどこに行ったのでしょうか? この時、私は突然「私が娘を修煉に導くよう悟らせているのではないか」と悟りました。

 そこで私は母に小声でこのことをささやき、ベッドの上の娘が聞いていたとは誰も気づかず、寝返りをして、ベッドから飛び起き、今までの拒絶の態度を変え「お母さん、私は今から大法を修煉します!」と言いました。私たち一家はみな喜びました! 続いて、私は娘に師父の説法の録音を再生し、2日後、娘は薬を使わずに治りました。

 この奇跡的な経験に娘は興奮しました。この時から、娘は寝る前に師父の説法を聞き、寝小便や幼稚園に行って泣きわめいたり、いつも風邪をひくなどの良くない状態はすぐにみな、気づかないうちになくなりました。その後、娘はさらに時々発熱の症状が出ることがあり、師父の説法を聞きさえすれば、いつも一晩で快復し、翌日はいつも通り登校し、慈悲なる師父が子供のために体を浄化してくださったと私は知っていました。このようにして、娘は修煉を始めました。

 轉法輪』を読み奇跡的に字を認識する

 娘が修煉を始めた後、私は『轉法輪』を学ばせることにしました。娘は幼すぎて字がわからないために、一言ずつ私が読んで、一言ずつ娘は学びました。当初、娘はやんちゃで、いつも数行を学ぶと部屋を飛び跳ねていました。法を一段落学ぶたびに、いつも何度か止めなければならず、私が娘を説得し続ける必要があり、心を悩ませました。母も私に「子供が小さすぎるので、受け入れられないのだから、方法を変えてみたら?」と勧めました。しかし私は「もし娘が学校に行き字が読めるようになってから『轉法輪』を学ぶのなら、さらに2年あり、時間が長すぎる」と思いました。初めて娘に法を読ませるのは大変で、その間に数回停滞しましたが、最終的に私はやはり頑張って娘を導き、だんだんと娘は静かになり、むやみやたらに走らなくなり、ついに1年以上の時間をかけて、娘は私と『轉法輪』を一回読み終えました。

 『轉法輪』を一回読み終え、娘も5歳を過ぎました。それは晴れた日だったのをはっきりと覚えているのですが、私は娘を連れてバスに乗って出かけ、娘は嬉しそうに車内の広告を読み始めました。私はそれを見て驚き、娘は何と字が読めるようになっていました。バスを降りた後、娘は道中で通りの店の看板を読み続け、ほとんど間違いがありませんでした。私は今まで娘に字の読み方を教えたことはなく、私と『轉法輪』を読んだ時でも、私が一言読み、娘は一緒に一言学び、特にやんちゃな時、娘はまったく読みませんでした。私は娘に「どうして看板の字が読めるの?」と聞きました。娘は「私にもわからないけど、看板の字が突然よく知っているように感じて、すぐに読めるようになったの」と言いました。私は娘に「『轉法輪』は佛法で、これはお母さんと一緒に頑張って『轉法輪』を読み終えた奇跡ですよ!」と伝えました。娘は驚き、そして喜びました。

 そこで、私は再び娘と『轉法輪』を読み始めました。この時私は「娘はなんと自分で本を読むことができ、一冊の本の中で読めない字はない」ことに気づきました。数カ月後、娘は再び3回目を読み始めました。今回、娘は声をひそめて、法を読む時に目の前に大きな画面があり絶えずシナリオのようなものが現れてすべての言葉の表面的な意味を理解するのを手伝ってくれている、と私に伝えました。たとえば師父が説かれた「匹夫が辱められると、剣を抜いて相闘う」[1]の場合は、娘は2人の古代の男性が剣を振っているのを見て、娘はすぐに意味を理解しました。師父の子供弟子に対する慈悲とお気遣いを私は感じ、娘が幼いころから佛光を浴びることができたことを感じました。

 娘が小学校に上がり、学法する時間の保証がなくなりました。私は娘に「もし毎朝起きて法を学んでから、登校したいなら、何事も遅れることはなくなります」と言いました。母は微笑んで「1年生の子供が、毎朝起きて法を学ぶなんて、できますか?」と言いました。素朴な娘は声を大にして「できるよ!」と言うとは誰が知りえたでしょうか。私たち一家全員が再び喜びました。そこで、1年生の初日から始め、娘は本当に頑張って毎朝法を学びました。これだけにとどまらず、クラスの領読(訳注:先生の代わりに一人の生徒が読み、全員にその後について読ませる)委員を担当していたので、毎日早朝読書を準備するために早めに学校に行くには娘がさらに早起きしなければならないことを意味していました。思いもよらなかったことに、娘はこのようにしてずっと頑張り続け、その間に多少の反発はあったものの、毎日法を勉強し続ける習慣を身につけました。これが「大法の中で修煉している子供は一般の子供とは完全に違う」と私の母の観念をも変えました。

 名を求める心を放下し補習クラスの悪循環から抜け出す

 現在の中国の子供は、毎日いつも小学校を卒業して中学校に進む悪質な競争という教育の悪循環の中で奮闘しており、苦しんでいました。

 低学年の時、私たちはどの補修クラスにも娘を参加させず、毎日の学法を堅持しましたが、娘の学業成績はとても良かったのでした。高学年以降は、小学校を卒業して中学校に進むので、入学前学習のプレッシャーが大きく、さらにもし補習クラスを受けなければ、普段の授業にもついて行くことができませんでした。娘はこの変形した教育の中でも、実力が伴わないと感じ、補習クラスを受けることを提案しました。私は娘に続けて作文、数学と英語の補習に行かせました。しかしすぐに「高強度の補習は娘の自由時間を失うだけでなく、最も重要なことは学法と修煉が完全に保証できなくなった」ことがわかりました。娘は一日中落ち込み、学習効率が低下し、補習クラスを受けてもかえって成績が下がりました。

 師父は「実は、個人の努力は人生の小さい部分なら変えることができ、小さな部分は個人の努力によって確かに何らかの変化を受けます。 しかしまさにその変える努力によって、あなたは業力も得てしまうかも知れません。 さもなければ、業を造ることや、良いことをする、悪いことをするとかの問題が起こりません」[1]と説かれました。

 私は「この道を私と娘は正しく歩んでおらず、さらにまた悪質な競争の変形した教育の中で、煽られている」ことに気づきました。学法を通して、私と娘は内に向けて探し、名を求め、体面を気にする私たちの強い執着心を見つけ出し、私たちは少しずつ自分を正していこうと決心しました。

 法理の上ではわかっていましたが、実際の名利の前では、やはり時おり放下できず、近年の補習クラスの悪循環の中で、私と娘は何度も苦労を舐めて鍛え上げられました。また慈悲深い師父が絶え間なく私たちに「名利に淡白であり、流れに逆らって上って行かなければならない」と悟らせてくださっているのを感じました。娘は私に、点数に執着すればするほど成績が下がっていく、と伝えました。現在(訳注:2020年5月)、数学を除いて、その他の補習クラスを、娘はすべて放棄しました。入学前の困難極まりない内容を、私は流れに任せて、娘に無理に学ばせないようにしました。同時に、娘に毎日の学法を保証するように督促し、さらに大法弟子の修煉交流も、娘にとって大きな助けとなり、娘の精神状態は大いに改善しました。意外なことに、もはや補習クラスを受けなくなった国語と英語で、娘は期末テストでも再び優れた成績を達成しました。

 この2年間、中国は名門学校を受験するために子供を抑鬱し、勉強嫌い、自殺、突然死などのことがだんだん多くなり、学校教育の悪い文化を娘に反省させるきっかけにもなりました。修煉の法理を認識するにしたがって、娘は小学校を卒業して中学校に進み名門校を受験することをだんだん放棄して淡々となり、補習クラスに対してもそんなに執着しなくなりました。娘は「お母さん、私は家の近くの学校に行くわ、学法と修煉が保証できるから」と言いました。

 師父の慈悲深いご加護に感謝し、もし大法を学んでいなければ、人生の宿命の道理がわからず、私と娘は混乱の中で誤って正道から外れ、肉体的にも精神的にも疲れ果ててしまっていたかもしれません。

 伝統へ回帰し電子的な誘惑に抵抗する

 高性能に電子化された現代社会の中で、子供たちが最も好きな娯楽活動はゲームや漫画やドラマに追随しアイドルを追いまわすなどでした。娘は大法を修煉していましたが、それでもこの染めもの甕の中で、誘惑されました。

 かつてしばらくの間、娘も携帯電話で遊んだり、漫画を読むことにおぼれ、修煉を完全に緩めてしまいました。結果その間、学習がまったくできない状態で、作業効率が極度に低下しただけでなく、性格も極端に怒りっぽくなりました。しかし、師父の説法を聞かせさえすれば、娘はだんだんと落ち着いてきました。しかし一度このようなものに接触してしまうと、再び性格も大きく変わり、娘は疲れてくたくたになってしまいました。本当に師父が説かれた「パソコンやゲームに依存する場合も同じ作用が働いています。同じ仕組みです。やめてしまえば、この私を死なせる気かと承知せず、どうしても画面を見るようにあなたをコントロールするのです。見ないのですか? 仕事に対しても勉強に対してもやる気がなく、頭はパソコンやゲームのことでいっぱいで、夢にまで出てくるようにするのです」[2]のようでした。

 娘は法に則って理解しましたが、娘の生活環境はすでに完全に高性能に電子化されたものにあふれてしまい、法に則って正すことが娘はとても難しいと感じました。よい修煉環境を保証するために、私たちの家ではスマートフォンを1台だけ置き、不必要な生活用途では、一律に電源を入れませんでした。暇な時間に、大法弟子のメディア上の真相番組や伝統文化の番組を娘に見せ「悠遊字在」、「三字経」、「小乾坤」、「笑看風雲」(訳注:共に新唐人テレビの番組)などのような優秀な番組が娘の成長に寄り添い、娘を伝統へ回帰するよう導きました。私も娘を連れて手仕事をし、多く手を動かすように娘を励ましました。娘の手作りの作品を、同級生たちはみな喜び、ある時に学校の交易会(訳注:展覧会)で、意外にも完売しました。これも娘に大きな自信を与え、電子製品で遊ばず、違った素晴らしさを持つことができました。

 けれども、現在(訳注:2020年5月)電子製品に対してまだ完全に防止できておらず、特に今回の中共ウイルス流行中のオンライン授業は、再び娘にぶり返しが起こりましたが、娘は以前に比べて自制心があり、また全クラスで唯一テレビゲームで遊ばない人になりました。娘はいつも私に、師父がいつも娘を見守り気づかせてくださり娘が電子製品を使いすぎると、わけがわからず鼻水が出て耐えがたくなり全身にかゆみを伴って発疹ができるのだ、と言いました。すぐに正し、学法と煉功を強めさえすれば、数日で正常に快復しました。常人にとって、これは不思議なことかもしれませんが、大法修煉中の子供は、このように師父のご加護の下で、自分自身を抑制し、誘惑に抵抗することを学びました。

 自分を変えて他人を大切にする

 学校は利己的な気風が多く、くやしさと不公平に直面し、娘にもいつも乗り越えられない時がありました。それにもかかわらず、私はやはりいつも娘とお互いに励まし合い「真・善・忍」の基準に基づいて少しずつ自分を正し、師父のご加護の下、娘は苦労を舐めて鍛え上げられる中で少しずつ前に進んでいました。二つの出来事があり、ずっと心配なことが私の記憶に残っていました。

 はっきりと覚えているのですが2年生のある学期で、娘は朝の読書を担当しました。もう一人のパートナーの同級生は毎日遅れて学校に来て、たとえ学校に来たとしても、いつもこっそりおしゃべりをし、サボっていました。このような状態が数カ月続き、娘は毎日一人で規律と領読を担当し、いつも喉がからからになり、とても大変でした。ある日、娘は本当に耐えられなくなり、家に帰って私に文句を言い、私は「私たちは大法弟子で、苦難に耐えることは悪いことではなく、他の人にもっと寛容でなければだめですよ!」と言いました。私が娘を理解していないと娘は感じ、なんとくやしくて大声で泣きだしてしまいました。そこで私は娘を慰めて「それならどうすればいいの? 先生に言うの? その同級生の父兄に言ってみる?」と言いました。娘は力いっぱい頭を振りました。私は再び「それなら明日あなたも遅れて登校して、少し休んで、心のバランスをとりましょう!」と言いました。娘は涙を拭き、少し考えてから「そんなことをしたらトラブルはもっと大きくなるわ」と言いました。

 翌朝、娘はやはり重い鞄を背負い、バスを追いかけて行きました。その後、私が知る限りでは、このような状態が1学期の間続きました。しかし娘が再び文句を言うのを聞くことはめったになく、娘はやはり毎日早めに登校して早朝読書の準備をしました。しかし驚くべきことに、二学期、早朝読書を担当するその同級生もなんと早めに登校し、まじめに領読したのでした。娘はその同級生に「どうしたの?」と聞くと、その同級生は「本当に不思議で、理由はわからないんだけど、私は今毎日早起きして、早めに学校に行きたくなったの」と言いました。

 娘のクラスにある男児がおり、まじめに勉強せず、毎回いつも成績が最下位で、先生も同級生もその男児のことを嫌っていました。多くの同級生がみなその生徒のために「小さな先生」になり、同級生たちは怒鳴ったり叩いたりしてその生徒をせきたてて宿題を終わらせ、最終的にすべてみな敗退し、最終的に同級生はその生徒を助けようとしなくなりました。ある日先生が「まだ同級生の誰かが同級生の○○君(この男児)の小さな先生になりたい人はいますか?」と聞きました。クラス全体が水を打ったように静まりかえり、誰も手をあげませんでした。先生が再び尋ねると、娘がそっと手を上げ、クラス全員が驚きました。誰も自分の時間を無駄にしたがらず、このようなやっかいなことに進んで取り組むことはないからでした。緊張と学業のプレッシャーに直面し、それでも娘はその男児のための心を持つことができ、自らを振り返り娘と比べて私も自分が恥ずかしくなりました。

 それから、娘はその生徒の勉強の指導を担当し、休み時間になるたびに、同級生たちはみな遊び、娘はその生徒に間違いを訂正するように促し、質問をしました。最初はその生徒も協力せず、娘も私と「修煉者として、もしその生徒を怒鳴ったりひどい扱いをすれば、ただ人を傷つけるだけであり、自分も徳を失います」と話し合いました。なので生徒がさぼる時はいつも、娘はただ善意でその生徒に注意して「もしこんな風に続けるのなら、私は手伝えなくなるし、同級生も手伝えなくなるよ」と言いました。そう言い終わると、娘は黙って立ち去りました。思いもしなかったことに、娘の善意での説得が本当にその生徒を感動させました。その生徒は態度を改め、真剣に勉強し、娘の手助けに対しても協力的になりました。期末試験で、その生徒は最優秀進歩賞を獲得し、先生はとても喜びました。娘も最高の小さな先生に選ばれました。

 大法の修煉の中で、娘は責任を理解し、他の人のことを気にせず、自分を正しました。さまざまな経験で師父が説かれた善の力を娘も本当に体験し、本当にすべてを正すことができ、他の人をも変えました。

 娘は大法の佛光の中で成長し、一般の子供の悩みは、娘にとっては苦しみをなめることであり、乗り越えるべき関でした。期末になるたびに、娘はささやかな贈り物を用意して先生にあげ、感謝の気持ちを表しました。父親の一家と遊びに出かけ、娘も祖母をとても尊重し、妹の世話をしました。娘のまじめさと善良さは、周りの人の目に認識され、先生の小さな助手にもなりました。最も多い時は、娘は自分の学習課題をこなす以外に、さらにクラス活動、朝の読書、宿題の回収、本を運ぶ、牛乳を運ぶ、給食、さらに先生を手伝って宿題を添削してまとめ、同級生のために宿題を終えられるように助けなければならず、さらに同級生のために作文を手直ししなければならず……、毎日教室棟で楽しく忙しく駆け回っていました。ある時私も「一人の小学生がどうしてこんなにも多くのことを引き受けることができるのか、しかし大法の中で修煉した娘は本当に行った」と感動することもありました。

 昨年(訳注:2019年)、小さな集まりで友人が私の家に来て、娘が楽観的で自信に満ちており、頭がよく手も器用なのを見て「私は以前あなたに片親家族の子供は問題が多いと言いましたが、自分が間違っていたことがわかりました。要はやはり人の心にありました。どのような家庭であろうと、子供に良い教育を与えていれば、子供は美しい心を持つようになります」と感慨深げに言いました。私は「私の娘は大法を修煉しており、法輪大法こそこの世界で最もよい教育です」と微笑んで言いました。友人は微笑んでうなずき、とても承認しました。

 広大な佛恩を、近年の娘の成長過程の中で、私は何度も感じ、それは師父が自ら娘を教育してくださったのであり、小さなことであったとしても、みな師父のお導きを感じ、私と娘が一歩一歩前に進むように導いてくださったのでした。法輪大法の慈悲と素晴らしさは、泉のように、娘の心に浸透しています。

 注:
 [1] 李洪志師父の著作:『轉法輪』
 [2] 李洪志師父の経文:『二〇一九年ニューヨーク法会での説法』

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2020/5/15/406308.html)
 
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