文/カナダの大法弟子
【明慧日本2022年2月15日】数カ月前、私は自分の主意識がますます制御できないことに気づきました。常人としての生活で顕著に現れた問題は、「眠気」でした。各地の説法を読んでいるときはまだ意識を保てるのですが、『轉法輪』を読むときは、ぼんやりして意識が飛んでしまいます。時には、眠ってしまうこともありました。私の読む順番が来ると、同修が私の名前を呼んで起こしてくれました。発正念のときは、2番目の5分間でぼんやりして、3番目の5分間で眠ってしまいます。また、真相を伝えていますが、他の同修のように十分な正念で慈悲心を保ちしっかりと行っていないといつも感じていました。そしてこの「眠気」は常人としての仕事にも影響し、パソコンの前ですぐに居眠りしてしまいます。
私はOLで、一日8時間仕事をし、睡眠時間は毎日だいたい4~5時間です。毎日朝4時半に起きて小グループの学法に参加し、各地での説法を読んでから『轉法輪』を読みます。1講まで読み終わらないまま、朝の準備をして仕事に行き、夜に帰って来ると残りの部分を読みますが、たいていの場合、心に入りません。煉功は基本的には終わらず、なんとかこの問題を突破しようと思っても、良くなったり悪くなったりで堅持出来ません。もし、煉功の時間を延ばすと睡眠時間を削るしかなく、そうすれば2~3時間の睡眠時間しかなくなります。こういった状況から、五式の功法を着実に行うことがずっとできませんでした。
多くの地区で神韻のプロモーションが2021年11月から始まりましたが、疫病の影響で、この人を救うプロジェクトはさらに難しくなりました。グループ交流の時、協調人の同修は、「これは全体的に向上する良い機会で、一人一人の修煉者が飛躍的に向上することで、神韻のプロモーションを成功させ、更に多くの衆生を救うことができます」と言いました。私は自分の状態を正すべきだと思い、全体の正法の進展について行けるように、自分の修煉を飛躍させようと決心し、法を暗記し始めることにしました。自分の主意識が本当に法を得ることができるよう法を暗記することは、師父を敬い法を敬うことです。私は、2008年に『轉法輪』を1年ほどかけて暗記したことがあり、法を暗記することで、当時の大きな魔難と試練を乗り越えることができました。私はその後、法の暗記を堅持しておらず、この十数年で、多くの向上の機会を逃しました。2度目の暗記の時も初めのうちはうまくいかなかったのですが、明慧ラジオの『法の暗記を堅持する』を聞いて再び自信を取り戻しました。今度こそ、私は必ず堅持します。
発正念では、私は全ての師父の発正念に関する法と、明慧編集部の発正念の要領を注意深く何度も読み返しました。「唯我独尊」という4文字が深く私の頭の中に刻まれ、毎回の発正念のとき、私はいつも自分に「唯我独尊」であるよう自分に言い聞かせました。私は自分の身体がますます大きくなり、宇宙の中で巨大で無類だと感じました。いつも「唯我独尊」の4文字を思い出すと、いつも自然に背筋が真っ直ぐになり、手の形も力強くなりました。もし背筋が真っ直ぐにならず、あるいは手の形が緩んでいたりすれば、それは精神が集中しておらず、思想業が隙に乗じていることになります。煉功も同じです。
修煉して向上したければ、心性を高めなければならず、私は自分にたくさんの執着心や人心があることに気づいていましたが、根源が何なのかをまだ見つけることができませんでした。私は心の中で師父に助けを求めました。「師父お願いします、弟子のどこに間違いがあるのかを教えてください。私は本当に向上したいのです」
ある日の朝、3つの夢を続けて見ました。1つ目は、男友達と一緒にどこかに行って、途中で彼は私の腕を引っ張りました。私は男女の距離を保たなければならないことを知っていましたが、はっきり拒絶しませんでした。2つ目は、夢の中で師父が来られて、今までこんなに近くで師父にお会いしたことはなかったのですが、師父は私に幾つかの言葉をかけられて、一つのテーブルに一緒に座っていて、少しすると立ち上がって離れていかれました。離れる時、その人は師父ではないかのようでした。3つ目は、今では忘れてしまいました。1つ目の夢はとてもリアルで、私の色欲が取り除かれていないことを啓示され、また異性との交流の中で、いくつかの変異した観念が頭の中でまだ完全に取り除かれていないことを悟りました。
2つ目の夢は、私に不二法門の問題を啓示されました。私は今まで気功をしたことがなく、気功の雑誌も読んだことがありません。大法は私が修煉した唯一の功法で、私もなぜこの問題が出現したのかはっきり分かりませんでした。翌日、明慧ラジオの『法の暗記を堅持する』を聞いたとき、私の問題が同修の問題と変わらないことに気づきました。なぜこのような問題があるのかを、即座に理解することができました。私は、大都会での生活が苦手で、とてもうるさく感じ、いつも小さな街に引っ越したいと考えていました。私たちの地区の修煉環境も好きではなく、人が多いと感じ、とてもうるさく、どんな人もいて、中には人の陰で噂話やゴシップを流す人もいて、共産党文化、官僚主義の方法で話を誇張していました。この数年間、自分を良く修めよう、全体で圓容しようと口では言っても表面だけにとどまっていることもあれば、同修とこの全体の環境が複雑すぎると愚痴をこぼすこともありました。法に則っていないこれらの行為そのものが、全体の修煉環境の破壊につながっていました。
私たち修煉者は、道の真ん中の「大道修煉」を歩みますが、私はこの「大道」を歩んでおらず、ずっと「小法小道」の道を徘徊していて、焦りもせず、自分の考えで修煉しており、苦をなめたくなく、安逸を追求していました。これもおそらく「不二法門」の問題になるでしょう。しかし根本は、実際は旧宇宙の法理が自分の向上を妨害しており、その旧宇宙の「私」が自分の神の一面を制御して、本来の力を発揮できなくさせて、自分の主元神を混乱させ、ぼんやりさせるのです。私がそのことに気づいたとき、自分の中の執着心が急に小さくなっていきました。
ある日、1人の年配の同修と交流し、修煉体験の文章を書いたときの話をしました。その時私は同修に、体験談を書くと自分の中の多くの良くない物質が消えるので、なるべく多く書くようにと励ましました。その同修は、文章を書くことは少々困難でも、心の中では本当に師父の啓示と守護に感謝しており、もし師父がおられなければ、彼女は魔難の中から抜け出せなかった、師父は偉大で法も偉大だと言いました。彼女の言葉は、師父への感謝と大法への尊敬に満ちあふれていました。私はすぐに自分の「私」が見えました。いつも大法の中から何かを得たいと思い、いつも「自我」の枠の中で回っており、私と同修との境界の差はどれほどでしょう。師父は私たちに多く学法するようにおっしゃられ、旧宇宙の「私」から抜け出すように導いてくださっています。師父の弟子に対する慈悲と守護に感謝します。
2月1日は中国の旧正月です。現在、私は朝起きられず煉功出来ない問題を突破しました。朝は2時15分に起きて、RTCシステムで同修と一緒に煉功しています。私の新しい1年の抱負は、修煉で飛躍し、全体を圓容し、神韻が再び多くの地区の衆生を照らすことです!
これは私のこの2カ月の修煉体験で、多くの方面でまだ突破中です。不足する所がありましたら、同修の慈悲なるご指摘をお願いします!
師父ありがとうございます!
同修の皆さんありがとうございます!